ひばり
「それで他に商売に影響しそうな事はなかったかな」
「はい、それは私から説明を」
俺の問いに答えたのは20代前半の若手エースの雰囲気のある青年ハーラルトだ。今、俺の執務室に来ているのはブリギッテさんだけでなく、俺が不在の間に彼女が雇った彼もいた。他にも彼女が雇った者は数人いて、皆ダーミッシュ商会からのリクルート組だ。
ほとんどが年配だが能力的には微妙でダーミッシュ商会に居づらくなっており、ユリウスさんとも揉める事無く移籍していた。ただ、ハーラルトだけは有能で最後まで渋られたらしいのだが、彼はブリギッテさんの直弟子のような存在で、結局彼女に逆らえなかったらしい。
マニンガー公国へは彼を中心に移籍組で行ってきたようで、その旅程はブリギッテさんによって計画された弾丸ツアーだったらしい。それで俺の時よりもしっかり利益を出しているのは、ブリギッテさんとハーラルトさんの優秀さのお陰だろう。もちろん、彼らの人件費を十分上回る収益が出ている。
それで彼によると、うちの表向きの主力製品アントナイトの売り上げはマニンガー公国との貿易以外では下がってきているようだった。まあ、ここら辺ではもう飽和してるから仕方ないだろう。彼はマニンガー公国でも大量に売れる物ではないので、取り扱い品種を増やす事を提案してきた。
その新商品は古巣のダーミッシュ商会から鉄を仕入れるとの事だが、公国には鉄を求めてインカンデラ帝国の商船が来ているので妥当だろう。この辺はブリギッテさんとハーラルトさんの二人に任せれば問題無いだろう。
それから彼の話では、ペルレ周辺でも俺達が出会ったような不死者騒ぎがあったようだ。それによりペルレ周辺の物流が止まる事はなかったが、細かい村々を回るような行商人達は怯えて頻度を落としたり、経路を変更したりして一部の流通に支障が出て、景気が下がっているようだ。
その後、二人と話したところ、後日王都からやって来るベルントさんがペルレでの業務を任せられるようなら、ブリギッテさんがマニンガー公国へ行き、ザックス男爵領へはハーラルトさんが行くことになる。ハーラルトさんは貧乏くじを引かされた感じだが、ブリギッテさんに丸め込まれていた。
ハーラルトさんを執務室から出した後、二人で真の主力製品であるミスリルについて話した。いずれハーラルトさんにも話す事になるだろうが、今はまだ秘密になっている。とにかくミスリルについてだが、ユリウスさんを中心に採掘量の拡大を図っているが、上手くいってないらしい。
また、ペルレでミスリルについて探ろうとする者達の動きは増えいるようで、ウチの商会からは漏れていないが、どこかから漏れるのは時間の問題らしい。それで変な輩も増えているので、俺も気を付けてくれと注意を受けた。
「レン会長ぉ~、この子誰ですか~」
「レン様、ごめんなさい。私、まだ奥の序列が分からなくて」
俺の執務室からブリギッテさんが出て行くと、レオナが入って来た。彼女はマニンガー公国へとアントナイトを売りに行った時、ダーミッシュ商会の会頭の次男ユリウスさんに付けられたスタッフだが、実は俺を篭絡する為の娼婦だった。
それも10代前半に見えるが実は18歳の合法ロリ。しかし俺の篭絡に失敗してユリウスさんに見限られ、年齢的にもその手の客が付きにくくなって来た為、あえて俺のところに押しかけて来た。愛人としてはともかく、コミュ力高めだったので見習いとして採用していた。
彼女と一緒に入って来たのは、夫人に預けられたザックス男爵の娘ヘロイーゼ7歳。没落寸前の貧乏貴族家で、敵対しない証として預けられ、夫人は将来的に彼女を俺に嫁がせる事を考えているらしいが、俺にそのつもりはない。
「ああ、レオナ。お疲れ様。
その子はザックス男爵の娘でね。商人見習いとして預けられたんだ。
そうだ、君とペアを組ませるから、ここでの仕事を教えてやってくれ」
「ええ~っ、貴族の娘。無理無理無理」
「じゃあ、頼んだよ」
うん、俺も立場が微妙な貴族の娘を預けられるなんて御免だが、君のボスは俺だから俺の代わりに面倒を見て欲しい。なおも抗議するレオナをスルーした。その後、『銀蟻群』の事務所を見回っていると、物置でゴソゴソと荷物整理をしているハイモを見つけた。ハイモはマニンガー公国から米作りの為に連れて来た男だ。
文句言いの彼は不平を言っていたが、彼の希望を聞いて冬場に寒い農場ではなく、屋内の仕事をさせているので聞く必要は無いだろう。そうして見回りを終えた俺は、待機していたヴァルブルガ達ザックス男爵領への同行者達とレオナ、ヘロイーゼを連れて外に出た。
ペルレの夜道を歩く俺は、美味そうなシチューの匂いが漂って来る店を覗く。割と客層も内装も不衛生な感じは無いが、気取った上等過ぎる事もない。それに客たちは旨そうにシチューを掬っている。その店に入った俺達は、久しぶりに美味い飯を堪能した。店名は『グリル・レルヒェ』、ひばりグリルか。




