男爵夫人
ハーゲンがニヤリと口角を上げ、ヴァルブルガの眉間に皴が寄る。ヴァルブルガが素早く短剣を抜いた時、ハーゲンは笑い顔のまま前へと倒れた。ハーゲンの後ろには同じような笑い顔の巨漢が立っていた。
「ガーハッハッハッ。
ボス、お待ちかねの俺様だぜ」
『疾風迅雷』が到着した事で俺達の勝ちは決まった。今はソファセットに座って夫人と今後の話し合いをしている。男爵と長男は死んでいたので部屋の隅にシーツを掛けて寝かされ、ハーゲンは生きていたのだ縛られて転がされている。
俺の正面には夫人が座り、その左右に次男と娘。横に大男エッボが立っている。さらに壁に並んでスケルトンが立っていた。ニクラスにはエルフからもらった薬を飲ませ、長男のベッドを借りて寝かせている。いわゆるヒーリングポーションという奴だが、初めて使うし一瞬で回復するわけではないようで様子見だ。
この場にはヴァルブルガ、ヤスミーン、クルト、ロッホス、ミリヤムがいて、クヌート少年には馬車の方に戻ってもらっている。
「一週間前、王都から戻って来た男爵さまがこれを持っていたんだ」
スケルトンの件は、夫人や子供達も知らなかったようで、まずはその話に確認となった。何しろ男爵とついでに長男も死んだし、主戦力のハーゲンが信用できなくなった。
このオルフ大森林のすぐ隣の男爵家では、魔物や害獣を追い払う戦力は死活問題なのだから、エッボのスケルトンの素性は重要だ。最悪、夫人はハーゲンにゴメンナサイしてハーゲンに男爵家を譲るしか、村を存続させられない可能性もある。
エッボは男爵がどこからか手に入れた、人間の指とは思えない長い指のミイラを手に入れて来た。それは今、応接テーブルの上、俺の目の前にあるがいかにも不気味で呪われていそうだ。男爵は詳細は話さなかったが、山羊頭の男という言葉を聞いたという。やっぱり、ソイツか。
エッボは夜中、村人に知られないように墓を掘らされ、白骨化した死体を館に持ち帰ったという。そして指を持って死体に立ち上がれと言うと、それだけでスケルトンは立ち上がって来たという。その時、何か力抜けるような感じがしたそうだ。
男爵に命じられるまま、毎晩スケルトンを1~3体作り続けたエッボだったが、だんだん体の疲労感が増して行き、それを男爵に訴えたところ10体で中止となったらしい。とはいえ、この辺境の村にそんなに沢山の死体は無いのだが。ちなみ男爵が腹に仕込んだ腕だけのスケルトンはエッボも知らなかったという。
「レンさんと言いましたね。
あなたにはこの村の支援をお願いしたい。代わりに娘のヘロイーゼを預けます」
そう言った夫人に一同はビックリしたが、一番驚いたのはまだ6、7歳と思われる少女本人だった。夫人は俺達が彼女らを殺す気が無い事を前提に、男爵の死亡は俺達と関係のない野盗のせいにするから、代わりにこの貧しい辺境の村の支援して欲しいと言って来た。
夫人は次男を次の男爵とするつもりだが、何にしろ金策なくば村は詰んでしまう。俺達も身を守る為とはいえ、貴族殺しは夫人の行動次第で物凄い面倒ごとになる。そこで金で手打ちにしようというわけだ。これだけだと俺の損にしかならないが、今後エルフの村と取引するならここを抑えられるなら悪くない。
なお、夫人としては長期的な支援を得る為に、俺からの信用を得なければならない。そこで娘を俺に預けようと考えたらしい。娘は7歳なので12歳で俺と婚約させ、15歳で嫁がせるとさえ言っている。俺は幼女ヒャホーッペロペロという趣味はないので、これは遠慮したい。
こんな貧乏村を半支配してもどうしようもない。ラノベみたいに領地経営して発展させるか。いや、そんなしんどい事なんて、俺にはそんな知識も根性もないからやり切れそうもない。なら、俺らがここに来る原因を作った奴に、責任をとらせるか。新規事業の立ち上げとか得意って言ってたし。
トルクヴァル商会のナンバーツー、ブリギッテさんは実際に優秀だ。そんな彼女が今回ミスした理由は夫人にある。男爵もハーゲンも力づくでぶん殴れば何とかなると考える人間で経営なんて出来なかった。そんな中、夫人も経営は出来なかったが、王都の社交界、ロビー活動で取り繕う事は出来た。
誰も目もくれない、僻地の男爵領。夫人は男爵領存続の為、破綻間際の領地経営を健全に経営が出来ていると誤魔化す事はできた。彼女の粉飾で領地の破綻はより早まったかもしれないが、それがブリギッテさんさえ騙し切った。
夫人も領民に腹いっぱいまで飯が食えるくらい支援しろとは言ってない。ただ、ギリギリでもいいから、死ぬ者が出ないように支援して欲しいと言う事だ。俺はこれらを全部まるっとブリギッテさんにスルーパスするつもりで、夫人の提案を受けた。
俺達が立ち去った後、支援の第一弾が到着するまで、夫人はエッボとスケルトンだけでこの領地を守っていかなければならない。ここで俺は夫人の恐ろしさと、男爵に負けない執着を知る事になる。ハーゲンを殺す、これは分かる。生きていれば自分達が危ないし、そもそも領地を立て直す能力がない。
しかし夫人は領地を守る為、男爵、長男、ハーゲンの死体を自ら指を使って不死者にする事を選んだ。




