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商談は、はじまるか

「お前、ミスリルの鉱脈を見つけたらしいな。

 詳細を話せ」


 男爵と思われる中央の男が偉そうに言い放った。挨拶、自己紹介なし。俺ら立ったまま。うわ~っ、タチ悪ぅ~。それにしてもペルレから20日近く離れたこんな辺境の弱小貴族が、どうして俺とミスリルを関連付けられるんだ。誰かがワザワザ教えたとしか思えない。


「ザックス男爵様でしょうか。

 お初にお目にかかります、トルクヴァル商会の会頭レンでございます」


「俺が呼び出したんだから、そんな事は分かっている。

 それよりもグズグズしないで、サッサと話せ」


「全く卑しい商人は頭も悪くて困る」


 俺の挨拶に既にお怒りモードの男爵。そして長男が侮蔑したような嫌な笑みを浮かべてせせら笑う。うん、これアカン貴族だね。


「男爵様にはアントナイトの調度品などをお求めと伺って参ったのですが」


「ええい、察しの悪い。

 そんな方便などどうでも良いから俺の聞いた事にだけ喋れ」


「全く、その頭には藁でも詰まっているのか」


 うわ、田舎の大将過ぎる。街でこんなことやったら、商会から相手にされなくなるぞ。そして長男はただ悪口を言うだけだ。ただ、こっちも経費を掛けてここまで来ているんだから、その分くらいは売り上げを上げないと帰れないぞ。商品を見せても怒りに任せて壊されるだけな気もする。


「王都の貴族様がたは、大事なお話は小さな商談を進めながらする習わしです。

 まずは我々が男爵様のためにお持ちした商品をご覧いただけませんか」


「ふん、こざかしい事を。我が家を田舎貴族と愚弄するか」


 ああ、劣等感を隠すために高圧的に出ているのか。そういう所が余計田舎者だというのに。


「旦那様、この商人の言う事もそれほど的外れではありません。

 我が家の威信の為にも、多少は譲歩も必要かと」


 そう思っていると、夫人がそっと男爵に声を掛ける。要望の商品を見せるだけで譲歩というのも馬鹿な話だが、男爵本人よりだいぶマシか。


 ぱしん


 しかし、それに男爵が激高して夫人の頬をはたく。


「女が当主の話に口を出すな。

 もういい、お前は離れに行っていろ。誰かを呼びにやるまで出て来るなよ」


 おいおい、この男爵そうとうヤバイぞ。ハッキリって話にならん。すると夫人は立ち上がって腰を折り、謝罪する。


「申し訳ございません。

 ここで中座することをお許しください。カルステン、あなたもいらっしゃい」


「…はい、母上」


 夫人と次男はそそくさと逃げるように部屋を退出する。長男は自分の母親が叩かれたのに気にも留めず、弟を見下して笑っているようだ。次男は父親達を完全に怖がっている雰囲気。家族関係もヤバそうだな。もう暴力沙汰になる前に帰った方が賢明だな。ち、無駄足だったぜ。


「男爵様、私は」


 俺が辞去の挨拶をしようとすると、それを遮って男爵が話し始める。


「お前達は街道で死者達に襲われたと言っていたな」


「はい。何とか逃げ切りましたが、全くひどい目に遭いました」


 なぜここで、と思いつつも俺は素直に返事をした。だが、すごく嫌な予感がする。


「馬車が村に来てから、このハーゲンをやって調べさせたが、

 大量の遺体が散乱していた。


 お前達にはこの周辺の村々を襲った盗賊の容疑が掛かっている。

 態度次第では罪の軽減も考えていたが、どうやら慈悲はいらんようだな」


 男爵は顎でハーゲンを指すと、横柄にそう言った。その際、ハーゲンは顎で指されて嫌そうな顔をした。弟だろうに、本当にギスギスしてるぞ。


「そんな、無茶苦茶でございます。

 遺体を見て頂ければ、普通の死体でない事は分かるはずですよ。


 確かに私達は死者に襲われたんです」


「ふん、馬鹿馬鹿しい。

 死者なんぞ、いや、お前達が妖術師なのではないか。


 やはり拘束して尋問する必要があるな。大人しくお縄に付け」


 うわ~っ、話にならない。そして敵の戦力はハーゲンと男爵、長男、後ろの扉近くの大男。男爵は座ったままで、ハーゲンと大男がゆっくりと近付いて来る。そして長男が無警戒にズカズカと寄って来た。そんなに強そうにも思えないが、余裕があるのか。


「醜い女、大人しくしろ。あぺっ」


 長男は無造作にヴァルブルガに手を伸ばし、ヴァルに顔面を殴られて鼻血を出して倒れる。


「ひ、ひぃ~。父親にも殴られた事なかったのに」


 ぶほっ、ちょ、おま。いや、笑ってる場合じゃない。


「ご主人、いいですね」


「ああ、もうしょうがない。

 なるべく殺さずに逃げ出そう」


 ニクラスの問いかけに即返事を返すと同時。がきん、とハーゲンとニクラスの剣が打ち合わされた。ヴァルは剣を抜いて、俺の横で男爵と大男の両方に警戒を向けている。ちょっと、こっちの手数が少ないか。俺は窓から外に声を掛ける。


「クルト、ヤスミーン、来てくれ。襲われている」


「ウゴッ」「コーチ!?」


 二人が入って来るなら、入口にいるあの大男が邪魔か。だが、単純な力比べならクルトに分があるはず。男爵は剣を抜いてこちらまで3歩の距離で止まり、長男は鼻を抑えて部屋の隅に這っていく。そして入口の内側で入って来たクルトと大男がガッチリ腕を組み合う。

 二人が邪魔でヤスミーンは部屋に入れないようだ。ちょっと位置取りが悪いな。そう思っていると、男爵が口を開く。


「ふん、往生際の悪い。

 エッボ、アイツらを出せ」


 え、周りに敵の反応はないけど。

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