死にそう
エルフの弓は差が良く分からないが、以前ロッホスやニクラスが戦った時と比べると、ヤスミーンの方が少ない手数でゾンビを倒している。技量的には逆の結果になるはずなので、これはミスリルの槍の効果か。しばらくするとほとんどのゾンビが矢に倒れるなどして、沼に沈んでしまった。
そして聞くに堪えないような罵り声を上げている、といっても喉が掠れているのか、口が麻痺でもしているのか、かなり聞こえ辛い声だが、とにかくあの小男が沼に沈むゾンビ馬の背から、沼の外の俺達の前に転がり落ちてきた。
ヤスミーンが槍を構えて前に出て、ヴァルブルガが俺を背の後ろの隠す。もうほとんどゾンビ達もいないからか、何人かのエルフも森から出て来て小男に矢を向けて囲む。もうここから逆転される可能性はないだろう。だったらなるべく情報を聞き出したいものだが。
「ビリエルさん、もう大丈夫ならなぜ私を狙っていたか聞きたいのですが。
いいですか」
「こんな奴はサッサと殺した方がいいと思うが、少しなら待とう」
よかった。ビリエルさんの許可を取って、俺は質問を開始した。
「さて、まずは名前とどこで何をしていた人か教えてもらっていいですか。」
その俺の言葉に悪態を付いていたが、ヤスミーンやエルフが武器を近づけると、多数の武器を向けられている状況に流石に怯んだのか、少しずつ話し始めた。
いわく名前はフーゴ、ペルレの街のゴロツキであった。死者を操る干からびた指を、山羊頭の男に貰った。まず、こき使われていたゴロツキのボスに復讐しようとした。ペルレのスラムの犬の死骸などを最初にゾンビした。ペルレの外で盗賊を攻撃したのは、別に俺達を助ける為ではないらしい。
その後、ボスが受けていた仕事を奪って金を得ようとした。ペルレを出てから村々を巡って死体を集め、ゾンビに変えていった。ゾンビにする方法は、干からびた指で刺す方法と、ゾンビ化した虫などを放って死体に潜り込ませる方法があるという。
これらの説明を聞いている間、小男はしきりに顔を掻いていた。この男、実は顔が半分崩れていて痛々しいというかグロく、生きた人間とは思えないところがあった。
鼻が曲がるほど臭く、ボロボロの服から見える肌はシワシワに干からびているように見えるし、所々が傷つき、剥がれ、血も固まって流れてさえいない。
そうして俺を攫おうと依頼した奴とか、俺達を先回りできた理由、山羊頭の男の詳細を聞こうと思っていたところで、おおおぉぉぉっ、という奇妙な声を出して倒れてしまった。倒れてからもしばらくバタついていたが、すぐに動かなくなる。
その後、念入りに確認したが、それ以上動く事は無かった。その手には人間の指とは思えない、長い指のミイラみたいな物が握られていた。持ち帰って調べれば何か分かるかもしれないが、気持ち悪いし呪われてそうだったから、小男の遺体と一緒に燃やした。沼はとっくに消えていた。
エルフ達とは二人を除いて野原で別れた。一度、村でも見送ってもらっているせいか、その別れはあっさりしたものだった。そして街道に出たところでアスビョルンとアンブリットさんの二人とも淡白に別れた。アンブリットさんが一緒に来るパターンを少しは期待していたが、そんなことはなかった。
俺とヴァルブルガ、ヤスミーンの3人になったが、エルフ達とも約束通り彼らに出会ったことは内緒にする事、槍は森で拾ったことにする事などを確認してザックス男爵の住む村へと向かう。そこは街道に出てからほんの2時間ほどで見えて来たが、想像していたより小さな村だった。
その村は比較的平たい土地に数軒の家とそれを囲む畑があり、少し離れた丘の上にちょっとだけ大きい家があった。まだ夕方というには早い時間だったので畑では作業をする村人の姿も見られ、村の外にはどこかで見たような馬車が3台停まっている。
街道を歩いて来た俺達に気付いたのか、馬車からは人が出て来てこっちに歩き始めた。誰か俺達が戻って来れた事に歓喜して走って来るかとも思ったが、そんな事はなく3人程がノロノロと歩いて来るだけだった。いや、いいけどね。来たのはニクラスとミリヤム、クヌート少年か。
「ご主人、ご無事で何よりです。
お怪我などはありませんか」
「レン様、私の元に戻って来てくれたんですね」
最初に声を掛けて来たのはニクラスだ。まあ、順当だろう。ミリヤムには軽く手を挙げておく。
「ニクラスも無事か。被害などはどうなってる。
それとザックス男爵とは何か話したか」
「ヤスミーンの姉ちゃん、無事で良かったよ。
ヴァルブルガさんも」
「ええ、みんなも無事そうでよかったわ」
俺とニクラスが状況を確認し合う横で、クヌートとヤスミーンが互いの無事を喜びあっている。何かヴァルブルはオマケのように話しているが、ちょっと彼女は取っつきにくいところもあるからな。馬車の近くではロッホスが座って手を振っており、クルトもいる。御者達もいる。
まあ、あれだけの事があって全員無事で良かったぜ。




