配合率
「あ、えっと、俺、いえ私は」
あれ、これヤバくね。迷いの森って、余所者をこの都に入れたくないからあるんだろうし、それもエルフですら弾くくらいの重要拠点。それで俺ってそのセキュリティを破れる余所者で、しかも破った実績があって拠点の場所も知っちゃってる。
「何故か分からない、
いえ神、いえ、も、森の精霊のお導きなのか、
昔から何となく行っちゃいけない場所とか、安全な場所とか分かる感じでして」
く、苦しい言い訳だ。エルフなら森の精霊とか言っとけば見逃して貰えるかも、っていうのは厳しいか。でも、他に考え付かなかったし。
「…」
スヴェンエーリクは無表情に俺を見続けている。相変わらず表情筋がピクリともしない。
「わ、私はその、昔から物語で聞く、美しく優れたエルフの方々とは仲良くしたいと」
「…」
無表情だ。ひょっとして滅茶苦茶怒ってます? 場所を知っちゃったから?
「決してここの事は他では言いません、いえ忘れます、脳みそからすっかり消し去ります」
「…」
無表情だ。怒ってるの? 考えてるの? 何を言うのが正解なのよ。
「…」
ねえ、何か言って下さいよ。俺が本気でパニくっていると、やっとスヴェンエーリクが口を開いた。
「同胞が世話になったようだな、感謝する」
ほんとか、良かった。未だに表情がピクリとも動かないが、大丈夫なんだよな。我々の感謝を示そう、死ね!とか言わないよな。
「その槍を」
スヴェンエーリクが部屋の端に立て掛けられた槍を指さす。う~ん、エルフの槍にしては地味な槍だ。なんか普通の門番さんが持ってそうな、木の柄に鉄の穂先が付いたような。見回すとビリエルさん達は膝を付いたまま動かない。
「コーチ、私が持ってくるわ」
俺が立ち上がろうとした気配を感じたのか、ヤスミーンが先に立ち上がる。ま、まあ、行くというなら、行ってもらおうか。お礼をくれるってだけだし。俺が頷くと、ヤスミーンはそろり、そろりと周りを窺いながら槍へと近付く。
そして槍を持ち上げた彼女は、またゆっくりと戻って来て俺に槍を手渡す。よし、鑑定! って使えないから普通に見るだけだが、やっぱり地味な槍だ。柄にも装飾は無いし、穂先もシンプルだ。だが、尖った先端と両刃の刃先は僅かに青く仄かに光っているような。これはまさか。
「ミスリル3%、銀7%、鉄90%で出来たミスリル合金を、
このクレヴィングの塔で鍛えた槍だ。
悪霊や魔族など邪な存在に特効と成る」
うお、マジか。スッゲー槍じゃねぇか。本当に貰っていいのか。ヴァルブルガ、ヤスミーンだけでなく、ビリエルさん達もビックリしている。あ、まだスヴェンエーリクが白けた顔、いや相変わらずの無表情で見ている。
「このように素晴らしい宝を、謹んでいただかせて頂きます」
ぐへっ、変な言い方になった。いや、めっちゃ緊張してるって。幸いスヴェンエーリクは、気にした様子もなくビリエルさんへと目を向ける。俺が周りに倣って膝を付いて控えると、テーブルの上にあった銀の角笛を手に取った。
「ビリエルはこれを。
黄昏が夕闇に変わる頃、これを吹き鳴らせば夢の道は開かれるであろう」
「ありがたく」
ビリエルさんが前に出て、角笛を受け取る。あれもミスリル製だろうか。
その後、大人しく塔を出るビリエルさん達。俺達も大人しくそれについて外へと出る。そしてまた、異常に感じるが、誰とも話すことなく、何処にも寄ることなく都を出る。途中、ヤスミーンがフラフラと離れて店先を覗きに行こうとしたが、探知スキルでそれを察知した俺が手首を掴んで止めた。
もし、ヤスミーンを止めていなければどうなっていたか、それは今となっては分からない事だ。だが、そうして俺達は妖精達が歌い踊る夢のような、あるいは悪夢のような都を後にした。そこが夢でない事は、ヤスミーンに持たせたミスリルの槍とビリエルさんの持つ銀の角笛で分かる事だが。
妖精の都エインズワースを出た俺達は、また都を囲む高い崖を上がり迷いの森の出口へと戻る。そこにはすでに緑竜はおらず、大した問題も無く迷いの森を通り抜けて入口まで辿り着く事ができた。日が暮れて来たので、俺達はそこで野営する事にした。
焚火は2つ作って、1つをエルフ達が囲み、そこから少し離れてもう1つを俺達が囲む。それぞれがそこで食事をし、毛布を敷いて寝る事になる。迷いの森に入ってから出るまでに、俺の体感で丸一日くらいだったのに、実際には半日しか経っていなかった。
その事をヴァルブルガ達にも聞いてみたが、彼女達も俺と同じように感じている様で不思議がっていた。まだエルフ達と馴染んでいるとは言い難いので、自然小声で話すのだが、そこにビリエルさんが一人で近付いて来た。
「人間、いやレンと言ったか。
我らをエインズワースへと導いてくれて感謝する。
この礼は村についてからしよう。
ただ、村にお前達の欲しがる物があるのか心配ではあるのだが」
それだけ言うと彼は自分達の焚火に戻って行った。村を出る時の刺々しさはすっかり消えているので、恩には感じてくれたのだろう。やれやれ、これなら村に戻ったところで殺される事は無いだろう。




