妖精の都
俺達が崖の上から妖精の都を見ていると、都から4騎の馬が飛んで来た。もちろん、普通の馬が空を飛ぶわけがなく、自分の体長の倍もある様な白い鳥の様な翼が生えている。まあ、翼の羽ばたき自体は非常に優雅、かつゆっくりしていて物理法則に従って飛んでいるわけではないのは明らかだ。あれも魔法か。
そしてそれぞれの馬には、白銀の鎧を纏った騎士が乗っている。たぶん、乗っているのはエルフなのだろう。俺達の目の前まで飛んで来た騎士達の内、先頭のエルフが崖の上でホバーリングしながら問いかけてきた。それに探索隊隊長のビリエルさんが答える。
「エルフ、いや人間もいるのか。
お前達はエインズワースに何をしに来たのだ」
「我々はオルフ大森林の外縁のウッドエンド村に住まうエルフです。
最近、我が村のエルフ達が夢の中からここに来れず、弱ってきています。
ハイエルフ様にお助け頂きたくここに参りました」
ビリエルさんも、村のエルフ達もマジで言っているようだが、イマイチここに夢の中から来るというのが俺には信じられない。まあ、ここに辿り着けた事でエルフ達に恩を売れたわけだから、村に戻っても無下にされるような事もないだろうが。
それにしてもハイエルフの住む都ってのは、なんてところだ。森に住むエルフ達を見た時は、原始時代の様な生活をしている未開の種族だと思っていたが、ここに住むハイエルフ達は恐らくカウマンス王国やマニンガー公国の人間よりも、数百年は進んだ文明を持っているのだろう。
当然兵器も、それが科学な物であれ、魔法的な物であれ、とてもカウマンス王国が対抗できないようなレベル差があるのだろう。ハイエルフ、超怖いな。そう思っていると、先程の天馬に乗った騎士がビリエルさんに指示を下した。
「そうか。
ならばクレヴィングの塔のスヴェンエーリク様を訪ねるがよい」
「ははーっ。ありがとうございます」
ビリエルさんと簡単なやり取りをすると、天馬に乗った騎士達は帰っていった。それから崖に沿った長い階段を降り、都へと入る。
「人間、ここでは我々以外の誰とも話すなよ。
そして我々の傍から決して離れるな」
都に入る前にはビリエルさんに厳しい口調でそう言われた。
カウマンス王国の王都やペルレ市は街壁内にギッチリと建物が建っているが、エインズワースの中はどこかメルヘンチックな街並みが広がり、広場や公園のようなスペースが多い。そしてエルフと思われる人々があちこちでおしゃべりをしたり、歌ったり、踊ったりしていた。
この都に慣れているであろうビリエルさん達だったが、誰か知り合いと話すことなく、むしろ人々を避けて進んで行く。商店のようなものを見た時は、何が売られているか見てみたい気もしたが、ビリエルさん達には話し掛けられそうもない雰囲気だったので諦めた。
そうして進んで行くうちに、俺達は鋭角なシルエットの塔の前へと辿り着いた。塔の入口には衛兵もなく開かれており、ビリエルさん達はそのままズカズカと入っていく。塔内はガランとして誰もおらず、内壁も無く、ずっと上まで吹き抜けで外壁に沿った階段が続いていた。
何だろう、この無言感。ビリエルさん達も緊張しているのかもしれないが、無言のままさらに塔に入って階段を上がっていく。ヴァルブルガとヤスミーンもその空気が伝染したのか、無言のまま俺の後ろに従って階段を上がって行っている。
その階段を登り切ると最上階と思われるひとつの部屋に辿り着いた。そこは良く分からない物の並んだ多くの棚と、作りかけの何かが載っている大きく頑丈そうな丸い木のテーブル、そしてテーブルの向こうに一人の男が座っていた。階段を上がったところで俺達は立ち尽くす。
その男は銀の長髪で、村や都の中で見たエルフ達よりも整った顔をしており、繊細な模様が金で刺繍されたゆったりとした白い長衣を着ていた。村のエルフや、塔の外で見た都のエルフ達とも違う迫力があり、きっとこれがハイエルフという奴だろう。
「ウッドエンドのビリエルだな」
その男は座ったまま無表情にこちらを見るとそう言った。問いかけというより、話しても良いのだと許可というか、どうしようか迷っているこちらにさっさと話せと促している様だった。ビリエルさん達は慌てて片膝を付き、俺達もそれを真似て膝を付いた。
「スヴェンエーリク様ですね」
ビリエルさんがそういうと、男は頷いた。
「お目にかかれて」
続けて挨拶をしようとするビリエルさんを、スヴェンエーリクは手の平を見せて押し止める。
「お前達の目的は分かっているし、その対策も授けるつもりだ。
私が聞きたいのは、どうやってお前達が迷いの森を抜けたかだ」
その言葉に全員の視線が俺に向く。えっ、ここで俺なの。スヴェンエーリクに見つめられた俺の額に汗が流れる。俺はスヴェンエーリクに、もっと表情筋を鍛えようよと切に言いたい。凄い圧力付だし、無表情なろう人形に見つめられている様で超怖いんですけど。




