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妙なる調べ

 竜の視線は俺から離れキョロキョロと周囲を見回し、(まぶた)を閉じた。ほっ。セーフか。そう思った時、緑竜は僅かに顔を上げ、鼻を膨らませて息を吸う。げげっ、まさか、やめて、それだけは。緑竜の鼻から緑色の煙が漏れ出し、その煙が“壁”を越えた瞬間、探知スキルが最大限の警報を掻き鳴らす。


「毒ガスだ、離れろ」


 この時、俺の前にいたヴァルが前へ回避しながら俺を引っ張り出そうと前へ引き、後ろにいたヤスミーンが後ろへ回避しながら逆の事をしようとする。その一瞬、俺達は毒の煙の前で立ち尽くす。ヤバイ、ヤバイ。煙が俺達の眼前まで迫り、俺は二人の手を振り切って後ろへ跳んだ。

 二人がそれぞれ前後に煙を避けるのを見た俺は次の瞬間、二人と緑竜を見失う。“壁”を越えてしまった!


 俺の目には一人きりで森の中にいる様に見える。“壁”を越えるとこんな風に見えるのか。ペールオーラは一人でエルフの村まで戻れるらしいが、俺ならどうだろうか。あの緑竜じゃなくても、狼や他にも危険な生き物がいそうだ。やっちまったか。

 俺が後ろに倒れ込みながら、そんな事をグルグルと考えていた時、俺の首に何かが引っ掛かり、グイッと引っ張られる。グェッ、苦しい。首に巻き付く何かに手をやった時、俺に手を伸ばそうとするヴァルブルガが見えた。


 ドサ


 俺は“壁”の外ではなく、内側に倒れ込んだ。首に巻き付いた物を視線で追っていくと、アスビョルンが俺を見下ろしていた。


「ふん、お前が“壁”を越えるんじゃねーよ。

 ああ、案内は終わりだったか。それならほっとけば良かったぜ」


 俺の首はアスビョルンの弓と弦の間に挟まれていた。アスビョルンは“壁”の向こうの俺に弓を引っ掛けて、引き戻してくれたのだ。


「ゲホッ、ゲホッ。あ、ありがとうございます」


 くそ、首が締まって苦しかったぜ、このクソヤンキーエルフめ。だが、助かった。ヴァルが詫びながら俺を助け起こし、煙の向こうでヤスミーンが心配そうにこちらを見ている。緑の煙はすぐに空気に溶け込んで消え、緑竜は再び頭を地面に下ろした。

 緑竜には結局俺達が見えないのか、そのまま寝てしまう。俺達は全員、緑竜の前を通り過ぎて迷いの森を抜け出したのだった。




 俺達は迷いの森を出たはずだが、目の前の光景はほとんど変わらない。背後には相変わらず、俺の探知スキルを遮断する“壁”があるが、前方の森にはそういった物はないように思える。ヴァルブルガとヤスミーンは俺の周りに集まり、逆にエルフ達は少し広がって周囲を窺う。


「おい、本当に迷いの森を出たんだろうな」


「はい。もう“壁”はありません」


 たぶん、まだ妖精の都に到着したわけではないのだろう。ここで探知スキルの範囲を広げれば、何か見つかるかもしれない。そう思った俺は、集中して探知スキルの広げようとしたのだが、すぐにまた探知スキルを遮断する“壁”に囲まれているのに気付く。


「ご主人様、見て下さい。

 霧が出て来ています」


 ヴァルブルガの言葉に俺は肉眼で周囲を見るが、周囲の森を白い霧が覆い始めていた。そしてその霧が俺の探知スキルを遮断しているようだ。


「コーチ、霧がどんどん濃くなっているわ」


 白い霧は俺達がいる場所にも漂ってきており、しかもその濃度を増して視界が狭まり始める。俺の探知スキルも全然効かない。どうすんだこれ。


「ビリエルさん、この霧はおかしい。

 迷いの森まで下がりますか」


「いや、これでいい。

 ここが妖精の都だ」


 俺が異常を訴えるが、それをビリエルさんに否定された。マジか。この霧の中が妖精の都なのか。このままだと視界もほとんど効かなくなりそうだが、今から逃げ出す事も出来そうにない。


「ヴァルブルガ、ヤスミーン、(はぐ)れないよう俺の肩に掴んでいてくれ」


 二人がそれに従って俺の肩に手を置いた時、視界は真っ白になる。完全に視界が遮断された。ヴァルブルガとヤスミーンも不安を訴えるが、俺にもどうしようもない。なんだ、何か音が聞こえる。霧の中から何かの楽器を奏でる音が聞こえて来た。

 弦楽器か管楽器かも分からない、その混合かもしれないが、確かに綺麗な音色が聞こえて来ている。真っ白い視界が妙なる調べに満たされていると、その白い視界に何か色のついた明かりが見える。赤、青、黄色、緑、ビビッドカラーではなくパステルカラーというべきだろう。

 白霧の中に仄かな明かりがポツポツと見えると、やがて霧が消え始める。そうして霧が現れてから消えるまで、どれぐらいの時間が経ったか分からないが、霧が晴れた時、そこは俺達がいた森とは明らかに違う。俺達は断崖絶壁の上にいた。


「本当に通り抜けていたのか」

「やったぞ。俺達は辿り着いた」


「あれが、あれが妖精の都」


 エルフ達は歓声を上げ、ヤスミーンが驚嘆する。


「そう、あれが妖精の都エインズワースだ」


 その崖の下には大きな、カウマンス王国の王都より大きな街があった。しかも文化レベルもカウマンス王国よりも高いのだろう。王都のどこより高い塔が幾つもあり、その先端は崖の上まで伸びている。そして建物様式も繊細であり、これに比べるとカウマンス王国王都は武骨で素朴に見える。

 しかも、ところどころにさっきの霧の中から見えた色とりどりの仄かな明かり(とも)り、不思議な音楽が聞こえて来る。太陽の明かりも決して暗いわけではないが、その日差しがどこか柔らかい気がする。ここは本当に同じ世界なのだろうか。

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