迷いの森
俺達はエルフの後をついて行った。
「おい人間、こっちでいいのか」
「ええ、まだ迷いの森まで辿り着いていません。
30キロメートルほどは西へ、そこから北に10キロ行ったところに抜け道があります」
「ふん」
エルフ達はほとんど俺達を信じていないようで、長老に言われて仕方なく連れて来た感が出ている。最初は何度か俺に道を聞く事もあったが、とりあえず西といえば不機嫌そうに黙々と進んで行く。山道に慣れていない俺達が遅れる事もたびたびあったが、文句を言いながらも一応待ってはくれていた。
森の木々は段々、非常に高くなっていき、それとともに周囲が薄暗くなっていく。上を見上げると木の枝がが張り、ほとんど空が見える事はないものの、真っ暗で周りが見えないと言う事はない。ただ、日差しが弱いせいか下生えの灌木や雑草はほとんどないので、歩きやすくはあるかもしれない。
行軍中にエルフ達が突然矢を撃ったかと思えば1メートル近い兎が取れたり、泥沼から突然1メートルを超える蛙の様な魔物が飛び出したが、それもあっという間にエルフに仕留められたりした。お陰で俺達に危険な生き物が近付く事は無かった。
「ビリエルさん、そこで止まって下さい。
その先が恐らく迷いの森です」
1日歩いたところで、俺達は迷いの森の前まで辿り着いた。普通の視力ではこれまでの森と変わらないが、探知スキルによるとこの先に何かスキルを遮断する壁のような物があってそれ以上は見通せない。つまり、この先が迷いの森なのだろう。
ちなみにビリエルさんは、第七探索隊の隊長で今いるエルフの中では最年長。ほぼ似たような顔のエルフだが、彼はその中でもやや角顔で筋肉質っぽい。もし彼が人間だったらゴリマッチョなのだろう。まあ、人間の中にいれば引き締まった体の美形俳優のように見えるのだが。
「あまり調子に乗るなよ人間。
お前たちはここで待っていろ」
そう言ったのはノッポエルフのアスビョルンだ。ここにいるエルフ達の身長はだいたい180センチくらいだが、彼だけは190センチくらいある。そして彼は俺達に不信を滲ませるエルフ達の中でも、もっとも露骨に嫌悪感を表し、何かにつけて突っかかって来ている。
もっとも表立って声を上げたのが彼だけというだけで、他のエルフも同意見だったのか何も言わずに森に入っていった。仕方が無いので俺達は野営の準備を始める事にした。
俺達が夕食を取っていると、俺達の後ろ側、迷いの森と逆方向から気まずげな顔をしたエルフ達が戻って来た。どうやら入ってすぐに迷って森の外に戻ってしまったらしい。迷いの森の外ではさすがに位置確認が出来て、ここまで戻って来たという。
迷いの森も別に凶悪な生物が襲って来るとかはなくて、いつの間にか方向感覚を失って、数時間から数日の迷わされた後、森から出されてしまうらしい。なので、2時間くらいで戻って来れた今回は運が良かったのだろう。
とりあえず、エルフ達は俺達よりも手際よく野営の準備をして寝てしまう。俺は寝る前にこの位置から探知スキルを使ってみた。北に10キロの位置にスキルの探知エリアが消失しない穴があるが、その穴の向こうにも探知エリアが消失する壁があるのが分かる。寧ろ、そういう迷路のように思えた。
翌日、エルフ達は物凄く渋々という感じで、俺の先導に従ってくれた。昼前に迷いの森の穴の前まで来た俺は、そこで再び探知スキルで中の様子を窺う。すると、この穴はかなり狭くて幅10メートルしかない。さらにここまで来て分かったが、迷路はずっと奥まで続いている。
これは迷いの森の境界から踏み出さないよう、俺が先導してエルフ達には後ろをついてきてもらうしかないか。
「本当に抜けられるのだろうな。
そこまで偉そうな事を言っておいて出来ません、じゃ済まねぇぞ」
「どっちみち、ここを抜けないと私達は森を出してもらえないのでしょう。
迷いの森の抜け道は狭いので、私の後ろからはみ出さないようついて来て下さい」
「ふん、早く行けよ」 ガッ
面白くなさそうに足元の土を蹴るアスビョルン。ひとこと言わずにはいられらしいが、とりあえずエルフ達は後ろをついて来てくれた。俺とヴァルブルガが先頭、その後ろにヤスミーン。さらに後ろにビリエルさんを先頭にエルフ達が続く。アスビョルンは最後尾だ。
さて、この俺の探知スキルを遮断する“壁”の迷路だが、右に左に曲がったり、戻ったりでかなり面倒くさい。それにスキルを使いながら進む為、精神の消耗を抑えているので、スキルで見通せる範囲は狭く、300メートル程度になっている。
そんな風に森を進んでいると、突然目の前の藪から狼が出て来る。咄嗟に俺の前に出るヴァルブルガ。そして後ろから身を乗り出し、槍を振り上げるヤスミーン。
「ま、待てヴァルブルガ。
ヤスミーンもそれ以上前に出るな。
狼は“壁”の外にいる」
その狼の出現に俺も驚いたが、それは俺の探知スキルに引っ掛からなかったせいでもある。今、俺達は“壁”の迷路を右に曲がろうとしていて、目には見えないが目の前に“壁”があり、狼はその向こうにいるのだ。
俺達は息を殺してその場で静止し、狼を凝視する。狼は鼻を動かしながら、まるで俺達が見えていないかのように周りの様子を窺っている。ハァハァと息をする狼。そして俺と狼の目が合った。




