道
1巡目の夜番、焚火の前でミリヤムの腕のマッサージをして、その嬌声に悶々としていた俺。ふと、最初の盗賊の襲撃の時の事を思い出した。そういえば直接見てはいないが、森の中に馬みたいな何か乗った奴がいたな。その時はあまり敵意を感じなかったから忘れていたが、アイツはどうしたのだろう。
今回のゾンビと全くの無関係とは思えないが。そんな事を考えている俺はゾッとした。ゾンビの襲撃ですっかり気にしていなかったが、オイゲンの街の辺りから感じていた何か周囲を漂う瘴気の様な物はまだ消えていないのだ。
俺は普段よりももっと広い範囲で何か異常は無いかと、探知スキルに集中してみた。実は、あんまりこんな事を能動的にやった事は無いのだが、今回、凄く嫌な虫の知らせの様な物を感じて試してみた。半径500メートル。恐らくそのくらい広がった気がするが何もない。
半径1キロメートル、たぶんそれくらいまで広がったが、それでも特に反応はない。ただの気のせいだったのだろうか。俺は考え過ぎかとも思ったが、一応という気持ちでもっと探知範囲を広げてみる。これまで勝手に情報が入って来る感じだったが、意識的に範囲を広げるというのが結構しんどい。
そして半径2キロメートル。俺達が囲まれている事に気付いた。あの見つけにくいゾンビに近い反応だ。数は200個ぐらいだろうか。視界が霞んでクラリと倒れそうになった。探知スキルで集中力を使い過ぎたのもあるが、絶望的な敵の数に目の前が真っ暗になる気がしたのだ。
「レン様、どうなさったの。
顔が真っ青じゃない」
「ご主人様、大丈夫ですか。」
俺は数秒固まっていた様だ。俺の両脇からミリヤムとヴァルブルガが声を掛けて来る。隠しても仕方が無い。俺は寝たばかりの全員を起こさせ、状況を説明した。
「それがボスの預言かい。
なかなかヘビーな状況じゃないか、がーはっはっはっ」
盗賊、ゾンビと襲撃を予知した俺に、一同は信じて対応する姿勢は見せてくれる。疑われなかったのは唯一の救いか。
「ご主人、数は脅威ですが。距離があるうちに知れたのは幸いです。
それに敵が分散しているのも。ここは速やかに囲みを突破しましょう」
そう、ニクラスの言う通り、突破するしか助かる道は無いのだ。しかし、街道は1本。馬車では森に入れないので進むか戻るしかない。気持ちが悪いが、もう一度探知スキルで敵の配置を見る。前も後ろもあまり敵の数は変わらないか。
なら前進か。馬は臆病な生き物なので、軍馬でもない限り人間を踏み潰して進む事は出来ない。ゾンビ相手でも同じだろうから、囲みを破る際にはまたロッホス達を降ろしてゾンビを排除させるしかない。
ダメでした。最初、街道で出くわしたゾンビ達は10体程度。何とかなると思ったが、日が暮れて視界が悪い上、昨夜からの移動と日暮れ前のゾンビとの戦いで全員疲労が溜まって動きが格段に悪くなっていた。それで手こずってる間にゾンビが増えていき、後退する羽目に。
馬車は街道に放置して、馬を御者に牽かせて森を抜けようとしたが、探知スキルで反応を避けて通り過ぎようとしても、いつの間にか蓋で塞がれる様に集まって来て包囲の中に追い立てられる。行ったり来たりしている内についに街道上で完全に囲まれてしまった。
そこで森の中から俺の足元に何かが飛んで来た。松明の明かりでよく見ると、それはキャベツ。何でや。だがキャベツは、ぐるりと半回転する。こちらを向いた面には、歪な2つの目とギザギザの歯のついた口があった。え、ゾンビ?キャベツゾンビなの?
うぞうぞと動いて噛み付こうとするキャベツ。それを剣で両断するヴァルブルガ。そこに響く幽霊のような声。
「ほ~い、ほ~い、商人よぉ~。
もうお前に逃げ道はねぇ~ぜ~」
まだ姿は見えないが、ゾンビ達を操ってるのはコイツか。それとやっぱり狙いは俺か。でも何でだ。ハッキリ言って詰んでいるので、あとは相手との対話で生き残る道を探すしかないか。
「誰だ。それに俺をどうする気だ」
「ほ~い、ほ~い、お前を捕まえて金に換えるんだよ~。
え~と、え~と、誰に引き渡すんだったかな。
まあ、いい。お前を捕まえる道は見えていたんだ。
俺に見えた道は絶対行き着く道なんだ。
だから、お前は捕まったんだぜ。
ああ、頭が痒い、痒い。まるで溶けそうだ」
捕まえる、ミスリルの情報が目的か。それにしても声も掠れて切れ切れで聞き取り辛い。何だか人間というよりも本当に幽霊のようだ。それにしても探知スキルを持つ俺を追い込んだのは、コイツがゾンビを操る能力だけでなく、探知スキルに似た能力で俺の動きを読んでいたせいか。
くそ、道だと。道。道か。これまで俺は危険を避けたい、敵から逃げたいと思ってこのスキルを使って来た。だが、相手の行き先が分かるスキルがあるなら、俺も逃げ道を探知する事が出来ないだろうか。俺の生き残る道。どこかに無いか。この災いを避ける道が。
見えた。




