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速度を上げろ、速度を下げろ

 動く馬車に飛び乗ったクヌートに続き、森から飛び出した動物達が追い縋って来た。ニクラス、ヤスミーン、ミリヤムは槍を上下に振って飛ぶ鳥を叩き落とし、近づく犬や狐を上から叩く。馬車の上からではリーチの短い武器では届かないし、標的が小さいから突くのは難しい。槍で叩くというニクラスの指示は的確だろう。

 馬車が動いているので、ゾンビ軍団との距離はそれほど詰まっていない。この動物達の方が速いのだ。槍の隙間を縫って荷台に乗り上がった動物は、クヌートがナイフで対処して行っている。実は俺は想定外の敵にオロオロしているが、ロッホスが加勢に動く様子が無いのでまだ大丈夫なのだろう。

 だが、3台の馬車の距離が少しづつ開いてきてしまった。まあ、そうだろう。先頭の馬車の前には障害物は無いが、真ん中の馬車は先頭の馬車と距離を開ける為に速さを調整しなかればならない。まして最後尾は一番速度を落とす事になる。


 クルトを乗せた先頭の馬車がだいぶ先まで行ってしまい、そうしている内にゾンビの軍団が最後尾の馬車に追いついて来る。


「ちっ、しゃあねぇな。

 お前さんは離れてろ、がーはっはっは」


 ここに来てロッホスが斧を持って馬車を飛び降り、最後尾の馬車へと向かう。


「ご主人様、どうする」


「この馬車が詰まって、後ろの馬車が進めない。

 速度を上げてくれ」


 ヴァルブルガが青い顔で聞いて来るが、たぶんこれが最適解だろう。見ているとロッホスが最後尾の馬車のさらに後ろに回り込んで、馬車とゾンビ軍団の間に立つ。ロッホスは先頭のゾンビ達の足を斧で横に薙ぎ、その一撃で3体が倒れたようだ。

 何だそのまま倒せそうじゃん。そう思っていたが、探知スキルによると倒れたゾンビの反応は消えていない。だが、先頭が倒れた事でゾンビ軍団の進行が若干遅れだす。その間にも森から現れた動物達は反応を消していく。ニクラス達が上手く倒したか。


「速度を上げろ」


「速度を下げろ」


 ニクラスが御者に声を掛けて、馬車の速度を調整する。ロッホスは後退しながら倒すよりも転ばせたりして、進行を止める方向で動いている様だ。斧での足切りだけでなく、パンチで後方にぶっ飛ばしたりしている。それにゾンビに噛まれても、分厚い鎧がダメージを通さない。


「ふん、はぁーっ」


 雄叫びと共にゾンビを吹き飛ばすロッホス。それでも次第にゾンビに囲まれ始め、最初の勢いを落として動きが悪くなる。その時、ニクラスが槍でロッホスに手を掛けようとしているゾンビを突き刺した。ゾンビはそれでも動こうとするが、刺さった槍を揺すってロッホスから引き剥がす。

 森から出た動物の反応は全て消えている。ロッホスは斧を大ぶりしてゾンビから距離を取ると、後ろを向いて全力で馬車に走り始める。これでロッホスとゾンビの距離が開くと、ミリヤムとクヌートがゾンビに遠距離攻撃を始める。

 ロッホスは最後尾の馬車を追い抜いて、汗だくになりながら息を切らして俺達の馬車まで追いつき、乗り込む。これで最後尾の馬車に遠距離攻撃勢を集めた、逃げながら撃って数を減らす作戦に戻せるか。足を切られたのか、その場から動かないゾンビが脱落すると、残りは30体か。


「がーはっはっは。ちょっと危なかったぜ」


 ロッホスやクルトなら1人でゾンビ数体分の接近戦能力を持っているだろう。これがタワーディフェンスゲームなら、ユニットの消費も構わず敵を殲滅してクリアと出来るだろうが、現実にはクリアしてもユニットは復活しない。

 彼らを突っ込ませてゾンビを数体から十数体近く倒しても、彼らはゾンビに群がられて死んでしまうかもしれない。それで敵を殲滅できなければ俺も終わるし、まだこれから何があるか分からない状態で戦力半減は痛い。そもそも傭兵のロッホスが特攻なんてしないだろう。

 やはり時間が掛かっても、敵の速度の低さを利用して後退しながら遠距離で倒して行くのが無難か。問題はもうじき日が暮れる事と、何か想定外の出来事で後退が邪魔され、追いつかれる事か。そのまま倒し切らせてくれ。俺はそう祈った。




「指、痛った。肩もパンパン。何なのあの臭くて、汚くて、醜い奴ら。

 生きてる価値無いでしょ」


 さらに10分。最初にキルマークを稼いでいたミリヤムは今は馬車の荷台で手を休めている。あれだけ連射したのだから、それも当然か。代わりにニクラスとクヌートを中心に、時々ボルトを装填し終わったヤスミーンがゾンビ達に矢を射かけている。

 敵の数は20体まで減り、そのまま減らせれば、と思っていると俺の探知スキルに2つの新しい反応。ただ、これは敵ではないというか、味方でも無いけど、中立だろうか。俺がその反応に前方を見ると、街道から外れた森の中に人里の煙が上がっているのが見えた。

 そしてもっと手前の街道上に2つの人影を見付ける。子供と大人だろうか。馬車が動いているので彼らは段々と近付いて来る。アレ、このまま通り過ぎると彼らはゾンビの群れに飲み込まれるんじゃね。そう思っていると、子供、少女か、が叫ぶ。


「ねぇーっ、そこの商人さーん。私も乗せてぇーっ」


 ああ、後ろのゾンビがまだ見えてないのか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 話がしっかりと組み立てられている。無駄にダラダラと引き伸ばされていないのが良い。他作家では50万文字使っても話に一区切りできない人もいるのでコンパクトに纏めていける作家は貴重。 [気になる…
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