ナイトウォーカー
怪物から逃げた俺達は、馬車の上で対策の相談を続けていた。このまま逃げ続ければ今日の夜から明日の朝にはザックス男爵の治める村だか街に着けるだろう。ただこの場合、睡眠が切れ切れにしか取れず、到着と同時に俺達は倒れ込むだろう。
そこで男爵がどれだけ兵を常駐させてるか知らないが、もしそれで足りなければ俺達もジ・エンドの可能性もある。男爵領までに深い川でもあって橋を落としたり、谷間の街道を崖を崩して埋めたりすれば時間が稼げるかもしれないが、そんな都合のいい地形があるかどうかは分からない。
逆に戦うなら疲労の少ないなるべく早い時期、次の休憩後、日が暮れる前までが最後のチャンスだろう。その場合ベストは砦、次点でしっかりした防壁を持つ村に立て籠もれればいいが、この辺の地理に詳しくない上に、砦や村の協力をどう取り付けるかが問題か。
それにしても、この世界のゾンビの強さはどれくらいだろうか。俺の日本での映画やゲーム知識なら、1体なら人より弱いか、力は強いが動きが遅かったり単調だったりでそこまで強くない。苦戦するのは数が多い場合だけだろう。
類似品のペルレの外で盗賊を襲った(仮称)ゾンビ犬が、普通の犬と同じくらいに盗賊に叩き殺されて?いた事から考えると、人型は人と同じくらいと考えて良いのではないかと思う。ただ現地人達の中には、ゾンビは不死ではないか、つまりいくら傷付いても立ち上がって来るのではという者もいた。
一度、ゾンビに威力偵察を行って強さを確認したいが、全員で掛かれば総力戦になって離脱は難しいし、少数を送って返って来なくなっても困る。そんな感じで捻りは無いが、次の休憩で追いつかれたら、遠距離から攻撃しつつ下がるという方針に決まった。これでダメならひたすら逃げるしかない。
2時間の移動の後、再び馬車を止めた。今回の休憩では100メートル近く後方が見通せる、街道上に陣取った。そして、クヌート、ヤスミーン、ミリヤムの3人は馬車から100メートル後ろに待機している。
同じ頃、森の中で不気味な馬に跨った小男が奇声を上げた。
「フヒヒヒィッ、もうウスノロどもの数は十分だろう。
そして商人、俺にはお前に続く道が見えている。
お前の逃げ道はないだろうがなぁ~」
小男の周囲には無言の人影が佇み、動物達も物音一つ立てなかった。
馬車を止めて約1時間後、クヌートの鳴らす鐘の音が鈍く響く。
「ご主人様、鐘の音だ」
「うぉ」
俺はヴァルブルガに揺り動かされた。どうやらウトウトして、合図の音を聞き逃してしまったようだ。100メートル先のクヌートやミリヤムが見つけたのだろうが、そこで街道はくの字に曲がっているので肉眼では見えない。
だが、俺の探知スキルで見ると街道の先、200メートル向こうに約40体のゾンビ(仮)がいた。たぶん、射程の長い弓を使うミリヤムは既に射撃を始めているのだろう。しかしゾンビ達は全く速度を落とさないまま近づいて来る。
それでも1分半ほど、ゾンビがここから150メートル付近まで近づいてきたところで、1体分の反応が消えた。良かった、普通に矢でも倒せる様だ。そこでミリヤムとヤスミーンがこちらへと走り出す。たぶんヤスミーンが、持たせた2丁のクロスボウを撃ったのだろう。
クロスボウは弓よりも射程が短く、再充填に時間が掛かるので撃ったら馬車まで戻る事になっていた。また、射程の長いミリヤムが同時に戻るのも予定通りだ。ちょっと可哀そうだが射程の短いスリングのクヌートだけが、撃っては少し下がるを繰り返している。
さらに1分半。クヌートに続いてゾンビ軍団が馬車から目視できる様になった。これで100メートルまで近づかれた事になる。最後尾の馬車の荷台に乗ったミリヤムが、街道の左端のクヌートを避け、ゾンビ集団の右端を撃ち始める。
そして同じ荷台にはニクラスも弓を持って立っている。ニクラスもクヌートを避けて射かける。ヤスミーンは同じ馬車の荷台の前方、ゾンビと反対側でクロスボウにボルトを再装填していく。俺は真ん中の馬車から身を乗り出してゾンビを見た。
うん、やっぱりゾンビっぽいね。とある映画と違って走らないだけマシか。そして、矢が刺さっているのもいるが、1、2本では倒せないか。俺が見ている内に、最後尾の馬車まで50メートルの距離まで近づいたが、探知スキルによると37体までは減ったようだ。
だが、そこで森から小さな生き物達が飛び出して来た。いや、生きているかは分からないが。形は鳥に犬に狐のようだが、虫もいるのか。探知スキルの反応は薄く、視認できる距離まで近づかれるまで気づけなかった。
これに気付いたのだろうクヌートは、スリングショットを止めて全力で走って戻って来る。後部の馬車ではニクラス、ヤスミーン、ミリヤムが武器を馬車に載せている槍に持ち替える。きっと、ニクラスが的確な指示を出したのだろう。
まあ、俺。戦闘指揮とか無理だし。ベテランがいると自分で判断して動いてくれるから、お任せできていい。そして俺の横のロッホスは、まだ腰を浮かしたりはしないが、注意深く後方を見ている。ちなみにヴァルブルガは馬車を飛び降りそうになって、ロッホスに腕を掴まれた。
「馬車を出せーっ」
走りながらクヌートが二度目の鐘を鳴らすと、ニクラスが大声を出す。するとビクビク後ろを気にしていた御者が馬車を前に進ませ始めた。




