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スタンディングスリープ

「上手く説明できないが、街道のオイゲン側から大勢の何かが近づいて来てるんだ。

 だいたい1キロは離れていると思う。俺の勘だがたぶん危険な奴らだ」


「そうか、じゃあさっさと動くぞ。

 ガッハッハッ」


 時間も無いので端的に言ってみたところ、ロッホスはあっさりそう言ってくれた。ペルレを出てすぐの盗賊に気付いた実績があるせいか、他の者も最初から否定する様な事は無く、すぐ出発できるよう準備しながら、クヌート少年とヤスミーンで偵察に行く事になった。




 クヌートとヤスミーンが偵察に行って十数分も経った頃、ヤスミーンが1人で帰って来て第一報を入れる。


「ふぅ、20では()かない数よ。

 クヌートもすぐ追い着くけど、馬車を出しといてだって」


 クヌートが彼女一人を先に帰してそれを言わせたという事は、それだけ状況が差し迫っているのだろう。それを聞いて俺達はすぐに馬車を出した。


 しばらく走っているとクヌートが俺のいる馬車に乗り込んで来た。彼は敵の数の多さに、まずは移動した方がいいだろうとヤスミーンを送り出したようだ。そうして月明りの中、敵に気付かれないよう距離を開けて数や様子を見てから戻って来たという。

 後ろから来る者達の数はおよそ40。夜道を歩くのに明かりもつけず荷物も持たず、会話も一切せずに一塊となって黙々と歩いているという。これだけでも十分異常だろう。ただその中には足や背の曲がった者もいて進むペースは普通に歩くよりも遅いらしい。馬車ならすぐに距離を開けられるだろう。




 2時間の移動後、俺達は馬車を止めた。緊急事態とはいえ、これ以上は馬に負担を掛けて今後の移動に支障が出るかもしれないからだ。荷馬車を牽く馬が時速4キロメートル、歩くより遅い奴らが時速2キロくらいとすると、これで4キロくらいは差をつけられたはずだ。

 冬のこの時期は日の入りも早く、野営を始めたのが17時ぐらいで、(ナイト)に歩く者達(ウォーカー)に遭遇したのが18時くらい、今が20時ぐらいだろうか。とにかく今夜は適宜休憩を入れながら、距離を開けた方がいいだろう。

 馬という生き物は、人間と違い1日の睡眠時間が2~3時間と格段に少なく、しかも15分~数十分程度の睡眠を立ったまま切れ切れに行う。これは夜でも肉食動物を警戒していつでも逃げる準備をしているからであり、逆に草食動物として低カロリーの草で体を維持する為に、起きている間は可能な限りずっと食べている。


 つまり論理的に2時間の移動、30分の休憩のサイクルで延々進めるのだ。もちろん現実的には馬の疲労も溜るし、人間の方がついていけないのでそんな連続稼働はできないが、緊急時だし一晩くらいは頑張れるだろう。

 そこから俺達は1時間の休憩、2時間進むというサイクルを4回繰り返した。冬のこの時期は日本より日の出が遅く朝の7時くらい、今が8時くらいだろうか。これで向こうが休憩なしで動いていたとしても、10キロ以上は距離を開けたはずだ。もちろん、俺の探知スキルに引っ掛からない。

 御者以外は移動中も交代で寝ていたとはいえ、みんな疲労が溜まっている。御者なんかは違法な深夜バス運転手も真っ青になるくらいの連続運転で、死にそうだろう。とにかく、日も出て見渡しも良くなったので、街道脇の空き地で大休憩となった。


 そこで徹夜をさせた御者は寝かせて、俺達はアイツらが追い着いて来た場合の相談をする。まずはどんな奴らか再度偵察だろう。前回は夜の月明りしか無い中だったが、日が出てからならもっと分かる事もあるだろう。これにはまた、クヌートとヤスミーンでやってもらう。

 二人には3時間くらいの休憩後、1キロほど街道を戻って見張りをしてもらう。もし3時間も奴らが現れなければ、戻って来て移動を再開する。また現れた場合も、危険を冒さない範囲で奴らの様子を観察してから戻って来てもらう。

 そして俺達は奴らが追ってこない事を祈りながら休むのだった。




 昨晩の疲れを癒す為、同じ場所で休んでいた俺達。昼過ぎにヤスミーンが一人で戻って来て、昨夜の奇妙な集団が見えたと言った。数は昨夜と変わらず40くらい。クヌートは森に隠れてもっと近寄って偵察すると言ってヤスミーンを戻らせたようだ。


「ヤバイよ、アイツら死人みたいだったよ」


 そこで移動する準備をしながら待機していた俺達に、クヌートがそう言った。何でも相手は服もボロボロの泥だらけな上、皮膚が剥がれていたり、穴が空いているのに血が流れだしている様子もなかったようだ。まるでペルレの近くで盗賊を襲った犬の様だ。

 相変わらず歩くのは遅いが、一切話す事も無く淡々と街道を進んで来ているという。その速度と追い着いた時間から、奴らは休むことなく進んで来たのだろう。幸いなのは、荷物を持っていないだけでなく一切武装をしていない事か。


 さて、困った。たぶん、これゾンビって奴だろう。まさか、この世界に特殊メイクのコスプレパレードなんてないだろうし。他の者もゾンビの話は知っている様だったが、ペルレの大迷宮や深い森の奥とか、遠い外国の話だという認識であまり現実感は無いようだった。

 彼らのゾンビに対する認識は、現代日本の市街で「裏の森に虎がいたぞ」「嘘つくなよ」という感覚に近いものだろうか。なので、あれがゾンビかどうかも現地人は半信半疑だ。ただ、あの怪物相手にお話し合いで解決しそうもない、という点では一致したので俺達は話もそこそこに移動を開始した。

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