西の街オイゲン
野営の時にミリヤムのラブラブビームを受けるのはいつもの事なので適当に流した。ちょっと面倒くさいが、大柄で汗臭く、大きな声でセクハラ発言を繰り返すロッホスよりもマシなので文句を言うつもりはない。ちなみにヤスミーンの回はクヌートで、ロッホスはニクラスと組んでもらっている。
一番、常識枠に見えるクヌート少年だが、彼と野営を組むと彼ら冒険者パーティ『疾風迅雷』の愚痴が止めどなく流れ出すのでしんどくなる。苦労をしている様だが、そんなわけでミリヤムが一番マシなのだ。ちなみにヤスミーンは彼の愚痴へ共感する様子がないようで、彼の愚痴も尻すぼみなるらしい。
まあ、魔物や死人が現れるような物騒な世の中だ。薄い胸を押し付けてくる、俺の財産や年商しか見ていないお姉さんの媚くらい甘んじて受けようじゃないか。
歩く死人騒ぎのあった村を出て3日、王都を出て6日、俺達は王都の西の街オイゲンに到着した。街は高さ2m程の石壁にしっかりと囲われているものの、規模はそれほど大きくない。この先はオルフ大森林前、カウマンス王国のどん詰まりの辺境領や村しかないので、それほど人の往来が無いのだろう。
実はこの街、あまり評判が良くない。ここの領主エスレーベン子爵は王都の屋敷から出て来ないらしく、代官に任せっきりらしい。税率が周辺地域のどこよりも高いのは、子爵の強欲さだけでなく代官が権力を乱用しているかららしい。
要は王都で贅沢している貴族に、財布として吸い上げられながら放置されている街なのだ。これがこの街の先に有力な貴族でもいれば、牽制されてここまで放置はされないのだろうが、この先に有力貴族はいないのでこうなっている。
とにかくウンザリする街なのだが、さらに悪い事にこの街に着いた時、空は暗く雨が降り出していた。いや、雨の日は門番も対応が雑になるだろうから、運はいいのか。俺達が街の入口に近付くと、当たり前だが門番に止められる。
「おいおい、随分豪華な隊商じゃないか。
これはじっくり調べて、違法な持ち込みがないか確認しなきゃな。
荷物の幌は全部とれよ、それで積み荷が濡れちまうかもしれないが、
それは俺達には関係のない事だぜ」
嗜虐的で陰湿な笑みを浮かべる門番。自分自身の人生をつまらく辛いと諦めながら、その憂さをより立場の弱い者に当たって晴らそうとする、他人を自分より不幸にする事に情熱をかける邪悪な男なのだろう。引き攣りそうになる顔を我慢して笑顔を浮かべる俺。
「こんな雨の中でのお仕事は体も冷えてしまいますよ。
それよりもどこか暖かい場所で、口を酒に湿らせた方がよろしいのでは」
「それをするには、干からびた俺の財布にも潤いの雨が必要だよな」
「我々市民の安全を守って下さっている真面目な兵隊さんが、
私の日頃の感謝の気持ちを受け取ってくれると嬉しいのですが。友好の証として」
そう言って俺はマントの陰で小袋の口を開けて中を門番に見せ、なかの銀貨をかき回す。チャリチャリと鳴るそれは50枚(5万円)ほど入っている。ちなみにこの額は、事前にブリギッテさんから聞いていた"通行料"だ。ブリギッテさん、マジ有能。門番はそれを受け取ると、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうよ、確かにアンタは俺の心の友だ」
そうして俺達は荷物を調べられる事も無く、名すら名乗らずに街に入る事ができた。うん、ほぼ待ち時間ゼロ。しかも正規の入街料より安いかもしれない。たぶん、俺達の入街記録も付けていないだろう。真面目な門番で良かったのかもしれない。
街を進むが雨のせいか道に出ている者はいない。灯りのついた酒場の扉の中も、何だか陰湿で不景気そうに見える。灰色の石壁を持つ建物と建物の狭い隙間には、男か女か子供か老人かも分からない誰かが頭からボロ布をかぶって座り込んでいる。
「アロイスは卑怯者だーっ」
突然、大声が響く。どこかで酔っ払いが叫んでいるのだろう。内心ビビったが、何食わぬ顔でそのまま馬車の外を眺める。しばらくすると、隣のヴァルブルガが小声で話し掛けて来た。
「ご主人様、ここは何だか不人情そうな街だな。誰を見ても不機嫌そうな顔で難問に答えを出そうとしているように見える」
「雨だからだろう。雨が降って機嫌が良くなる人間なんてそうはいないぞ」
俺の答は誰もが頷くものだと思ったが、そうではない者もいたようだ。
「コーチ、私は雨の日も好き。
雨の日にダートを走ると負荷が増えて足を鍛えるのにいいわ」
「それでは服もびしょぬれ、泥だらけになって洗濯も大変ではないのか」
ヤスミーンのトンチキな主張に、真面目に疑問を呈するヴァル。
「鍛錬中は服を着ないから、洗濯の心配は無いわね」
ああ、やっぱり。俺はそう思った。だが、ヴァルは理解が及ばないのかさらに質問を重ねる。そんな事をしても建設的な会話にはなりそうもないのに。
「それはスト、スト、…するのか、男達に覗かれるのではないのか」
「ふふ、覗かれはしないわ。大喜びで応援してくれるのよ。
追い駆けてくる男もいたけど、私に追い着ける男はいなかったわ」
まあ、隠れずに堂々と見ていれば覗きとは言わないよな。
陰鬱な街の雨の中、そんな馬鹿な話をしていた俺達は、街の表通りにある宿を見付けて馬車を止めた。その宿の看板は端というにはやや大きい欠けがあり、残りの部分には気味の悪いカタツムリの画が彫られていた。
違和感を感じた方、すいません。
ヤスミーンの口調を変えました。初登場時まで遡って変えてあります。
なお、レンをコーチと呼ぶようになったのはサブタイトル『短パンはいいものだ』からです。




