絶望の笑顔
ヴェンデルは男達に助け起こされて立ち上がると叫んだ。
「くそっ、フーゴ。てめぇ、そいつらを足止めしろ。
お前ら、ズラかるぞ。」
そう言うと、男達は逃げ出した。後にはニクラスとヴァルに斬られた男達と、もう一人の小男が残る。小男は痩せており、何度も殴られたような跡が見える。手には1m程の棍棒を持っているが、こちらを見て震えている。だが、その顔は笑っている様に見える。
俺は昔、その笑顔をどこかで見た様な気がする。学校のいじめられっ子か、パワハラを受けている若い社員か。本当は笑っているんじゃない。むしろ追い込まれ、どうしていいか分からず、逃げたい気持ちでいっぱいの絶望の表情だ。だが、加害者側はヘラヘラしやがってまだ余裕あるなと考える。最悪のパターンだ。
俺はそのフーゴと言われた小男を無表情で見つめた。ゴロツキ仲間に可愛がられる哀れな男かもしれないが、今は俺の敵として俺の前に立っている。だから助ける義理は無いが、脅威ではないし積極的にそいつを傷つける気も無い。
結局、小男はそれ以上進む事なく逃げて行った。しばらくして衛兵が来たので、事情を説明し蹲る男二人を連行してもらった。ジェーンの言うほどの大人物ではないが、ここに定住し素性がハッキリしているので、流れ者のゴロツキに信用で負ける事はない。衛兵は俺の言い分を全面的に信用してくれた。
俺はもめごとに巻き込んだ事をジェーンに謝り、お詫びにとランチに誘った。彼女は迷ったようだが了承してくれた。うん、今日のランチが楽しみだね。なんなら、クラン『銀蟻群』を結成した『常若の島亭』行っちゃおうかな。
俺が襲撃を忘れてルンルン気分で事務所に戻ると、ブリギッテさんの執務室から何だか彼女の熱い語りと、知らない男の戸惑う声が聞こえて来た。
「ですから、ミスリルについて何か御存じなら教えて欲しいと、それが何でそんな話になっているのですか。貴女がご存じないなら会長のレン様と会わせて頂けませんか。」
「私どもの商会でもその件については情報を集めているのですが、何とも。しかし、お互い信用しあう間柄になれば、何か情報を得た時にはお知らせしますとも。ええ、もちろんです。そして互いの信用を深めるには共に商売をするのが一番。実は内密の話なのですが、折角遠方から我が商会を訪ねて下さった貴方だけに打ち明けます。実は我が商会ではマニンガー公国との大々的な交易を計画しておりまして、この機会に縁を得た事は商売の神の思し召し。是非とも投資頂いて一緒にやっていきましょう。ええ、大々的にどーんと。どーんとですよ、大丈夫。全て私にお任せください。私は信用しても大丈夫ですよ。ええ、もちろん。」
察するにミスリルの情報を買いに来た相手に、自分のやりたいマニンガー公国貿易の投資をさせようと営業を掛けている感じか。あの勢いはキツイ。絶対巻き込まれたくない。俺はそっと自分の執務室に入り、扉を厳重に閉めるのだった。
しばらくして、隣のブリギッテさんの執務室から人が出て行く気配を感じた。レオナに様子を見に行ってもらうと、死んだ目をしたおじさんが微かな笑みを浮かべて出て行ったそうだ。何か絶望する事でもあったのか。そう思っていると、ノックと同時にブリギッテさんが入って来た。まだ許可…。
「おめでとーうございまーす!レン会長。」
怖い。メチャメチャ生き生きしているブリギッテさんの目が怖い。
「ど、どうしたの、ブリギッテさん。いい投資家でも見つけたのかな。」
「はい?いえ、その件ではなく。ダーミッシュ商会からのご依頼です。
ザックス男爵閣下がアントナイトにご興味を持たれたとかで、売り込みに行って欲しいとの事です。」
うえ、貴族絡み。ヤだなー。
「えっと、ザックス男爵ってどこにいるのかな。」
「閣下の御領地はオルフ大森林沿いにあります。ここからだと王都周りで16日くらいでしょうか。」
「け、結構遠いね。それで誰が行くのかな。」
「もちろん、レン会長ですよ。
貴族様との最初の取引に会長がご挨拶しないなんてありえません。」
「ちなみに断ったりは。」
「何を言っているんですか。貴族様とコネを作る大チャ~ンスですよ。
商会を成功させる要因の半分はどれほど多くの貴族様とコネを作れるかに因るのですよ。
それを断るなんてありえません!」
やっぱりそっか~。くそっ。
「それで何を持って行くんだい。」
「あるだけですよ、あるだけ持って行ってお買い上げ頂くんです。
商人としての腕の見せどころじゃないですか。」
「そ、そうだね。」
オカシイ。俺の代わりにガリガリ働いてくれる人を雇いたかったのに、知らない間に俺の仕事を増やされてガリガリ働かされてしまう。だいたいブリギッテさん、自分が現場に行きたいタイプだよな。今回は仕方ないとして、次からはブリギッテさんに外回りに行ってもらう体制を整えないと。
いや、それだと俺が気ままに商用旅行とか出来ないか。ナンバー3、ナンバー3に大人しく留守番をしてくれる信用できる人を探そう。どこかに転がってないか。




