バケットの少女
ヤン達が帰って来た翌朝、池のある広場でまたバケットの少女と出会った。
「先日はありがとうございました。
助けて頂いたのに、名乗りませんで申し訳ございません。」
ペルレの街は外壁囲まれており、スペースには限りがあるので広場という物はそう多くない。最大の広場が『迷宮門』のある中央広場だが、ここは日本の都内にある小さな公園くらいの広場だが、一応小さな池があって市民の憩いの場になっている。
この池のある広場は、商人街近くの職人街の中にあり露店が出る日が少ないので通りやすく、俺の朝の散歩コースになっている。今日も露店が出ていないので、俺はちょっと池の淵の石の上に腰を掛けて休んでいたところで彼女に声を掛けられた。
ペコリと彼女が頭を下げるとおっぱいも上下に揺れ、上から見下ろす形になったのでピッチリと合わされた胸元からちょっとだけ谷間が見えた。うん、大きいね。ヤスミーン程じゃないけど、ヤスミーンと違って筋肉の張りがないので柔らかそうだ。
「ああ、バケットの。
あの時はこちらの護衛が失礼をして申し訳ない。
配達中だったようですが、大丈夫でしたか。」
「はい。あの店主さんは凄く怒ってたんですけど、
頂いた銀貨を出して事情を話したら許してくれました。
本当にありがとうございました。」
「いや、無事で良かったですよ。」
ああ、やっぱり怒られたのか。配達も遅れただろうし、悪い事をしたな。
「それで私ジェーンというのですが、
お名前をお聞きしてもいいでしょうか。
大したお礼は出来ないのですが。」
「私はトルクヴァル商会のレンと言います。
こちらが失礼をしたので、お礼なんて結構ですよ。」
「ええっ、トルクヴァル商会って今一番勢いのある新進気鋭の商会ですよね。
どうしましょう、私。そんな大人物に失礼な事を…。」
そんな事はないですよ、と言いたかったが、広場に入って来た男達が俺に近付いて来た。ああ、いい雰囲気だったのに。近付いて来るのは3人だが、探知スキルで探るまでもなく2つの街路へと続くこの広場の出口は、それぞれ3人と4人の男達が塞いでいる。
今、俺とジェーンさんは池の傍に立っており、もう一人帯剣したヴァルブルガがすぐ傍にいる。ニクラスとヤスミーンは槍を持ってちょっと離れて立っており、クルトは無手で広場の端に座り蕪を食べている。
不審な男達3人が近付いて来たので、ニクラスとヤスミーンがその進行を阻む様に俺の前に出た。男達はいかにもゴロツキといった感じで、だらしない服装をしているが、革の部分鎧と幅広の長剣や大きな鉈の様な片刃の刀剣、いかにも山賊が持っていそうな大きな曲刀など、攻撃的な武装をしていた。
「へっへっへっ、お前がトルクヴァル商会のレンだな。
女を侍らせやがって。槍を持たせたって護衛は実質その男一人だろ。
見ての通りもうお前は袋の鼠だ。無駄な抵抗は止めて大人しくついて来い。」
「ひぃ。」
誘拐か。最初から随分直接的だな。男の言葉にジェーンが悲鳴を上げて、その場で震える。
「名前は?」
「はぁ?」
「お前の名前だよ。
お前は俺の名前を知っていて、俺はお前の名前を知らないのは不公平じゃないか。」
「お前、状況が分かっているのか。
いいだろう、教えてやる。俺様は人間無骨のヴェンデル様だ。」
男はそう言って曲刀を見せつける。様が二重だな。それに人間無骨って骨なし人間か、弱そうだな。いや、自分の曲刀で斬れば人間に骨が無い様に斬れるという意味か。
「ありがとう(メルシー)、紳士ヴェンデル。
ところで芋は好きかね。」
そう言って俺は芋をヴェンデルに放る。ヴェンデルは思わずといった風に芋をキャッチして当惑する。
「お前、何のつもり…。」
「クルトぉーっ。コイツがお前の芋を盗んだぞーっ。」
男達が混乱して立ち尽くす中、広場の端で大人しく座って蕪を食べていたクルトが眦を吊り上げて立ち上がり、凄い勢いで走って来る。そしてそのままヴェンデルに掴みかかって、池の中へと押し倒す。
そこで残りの二人が剣を抜き、ニクラスとヤスミーンがそれぞれ男達に槍を向ける。さらに広場の出口にいた男達も抜刀して近寄って来た。そこで、ヴェンデルから芋を取り上げたクルトが、片手にヴェンデルを吊り下げたまま満足そうに立ち上がる。
「クルト!
あいつらもお前の芋を盗もうとしている。
その男をぶつけやれ。」
「うわぁぁぁ。」
俺が4人の方を指し示すと、クルトはヴェンデルを一瞥し、そして投げた。人って5mも飛ぶんだね。ヴェンデルをぶつけられた4人はその場でボーリングのピンの様に転がる。その隙にニクラスが目の前の男の横腹をずぶりと槍で刺し、ヤスミーンの槍も別の男の腕を刺す。
「ぐわっ。」
ニクラスの前の男は呻き声を上げて腹を押さえて蹲る。ヤスミーンの相手は革の小手に当たって大した怪我にならなかった様だが、ひと呼吸で間合いを詰めたヴァルが男の鎧の隙間を縫って太腿を斬り付けた。
ピィーッ。
笛の音が鳴った。これは街の衛兵だろう。まだ見えないが、ガヤガヤと声が聞こえてくるので、こっちに向かって走っているのだろう。




