入口で待っていた少女
「ああ、ごめん。
時間があるなら、中で話そうか。」
そうして『銀蟻群』の事務所でレオナと向かい合った俺は、トルクヴァル商会で働きたいという話の真偽と理由を聞いてみた。
「レンお兄ちゃん、レオナね。
マニンガー公国までの旅でずっとお兄ちゃんを見てて、
凄くカッコいいし、頼りになるなって思って。
レオナ、お兄ちゃんのこと好きになっちゃったの。
お願い。せめて一緒にいさせて。」
上目遣いに瞼をパチパチやってみせるレオナを、俺は胡散臭げに見返した。しばらく黙って見ていると、やがて気まずそうにレオナは俯く。さらに黙って見ていると、レオナは観念した様に話し始めた。それは俺が懸念した様なユリウスさんのスパイ的な話ではなかった。
言わずと知れた若作り、いや幼な作りをしているレオナだが、どうもそのキャラ作りも限界に達しているらしい。それは俺とマニンガー公国に行く前からで、既にロリ枠の娼婦は彼女より若手が育っており、普通の娼婦としては童顔過ぎて微妙らしい。
そこで彼女としては勢いのある若い商人の愛人に収まれば上々、そうでなくても、18歳の癖に、第二の人生に商会で働くのも良いのではないか、と考えているという。ちなみに、ユリウスさんとの契約はペルレに戻って来た時点で依頼失敗で終わっているという。
俺はレオナについて考えた。愛人については、俺がロリコンだという悪評が立つから無しだろう。この国でロリコンとか変態という評判は、日本でのそれよりもずっと悪い。店主にそんな評判が立てば客が離れて店は潰れ、神官には棒を持って叩きのめされる程だ。
では商会の従業員としてはどうだろうか。ちょっとした伝言とか、留守番とか、備品の購入なんかの雑用に商会の従業員は欲しいと考えていたので、丁度いいとも言える。色々あったがレオナとは結構馴染んでいるし、見ず知らずの人間を新たに探すよりはいい気がする。
レオナはコミュ力とか社交性とかは凄く高く、初対面の人間の警戒を掻い潜って懐に入り込み、話を引き出す事が出来る。さらに簡単な文字が読めて多少の計算ができるようだ。一方で信用については未知数なので、ミスリル銀について知られたら彼女から漏洩しないか心配でもある。
とはいえ『銀蟻群』の動きを他の商会が探っていると言うし、ダーミッシュ商会から流れるミスリル銀の増加で気付かれるのも時間の問題かもしれない。要はそれまでウチから漏れなければ、他の関係者への面目は立つ。
今のところウチでミスリル銀について知っているのは俺とヴァルブルガだけで、ミスリル銀に関わる話は俺が直接ユリウスさんと話すか書面を交わしている。元より一般従業員に商会の最重要機密が漏れるようじゃ人は雇えないだろう。
そこまで考えた俺は、レオナに条件を提示した。
「仕事は商会の雑用全般。
給与は住み込み・食事付きで月銀貨30枚(3万円)。
それでいいなら雇おう。」
日本なら最低賃金に引っ掛かるが、この国でコネも経験も無い少女には悪くない話だろう。
「よろしくお願いします、会長。」
…急に会長とか言われると、何だか居心地が悪いな。とにかく、俺はレオナをトルクヴァル商会従業員1号として雇う事にした。部屋はヤスミーンと相部屋でいいだろう。
「えぇっ、会長。明日から王都に行っちゃうんですか?」
「ああ、マニンガー公国で買ってきた物を売りたいと思ってね。
なので、早速事務所の留守番をして欲しいんだ。」
翌朝一番で事務所にレオナを呼び出すと今後の予定を話す。兵の募集は冒険者ギルドに出したが、時間が結構あるので俺は王都に行こうと考えたのだ。マニンガー公国から持ち帰った帝国製の高級生地がまだ手元にあったので、王都のヴィルマーさんに引き取ってもらうのが目的だ。
そもそもマニンガー公国に行ってる間、留守番すらいなかったので、その間は営業状況も把握できず、伝言も預かれなかった。今回はそれをレオナにやってもらおうと思っている。まるで入社2日目から無人の事務所で電話番をしてもらう様で、ちょっと酷い気もするが。
まあ、1日中詰める必要も無いので、事務所にいるのは午前中だけでいい。むしろ午後には時間が出来るので、他の貴族軍も含めて兵の集まり状況や伯爵領を襲撃した魔族について、ペルレで集められる情報を集めてもらいたい。
「えぇっ、私が情報収集ですか?」
「無理はしなくていいから、あまり費用が掛からない範囲で頼むよ。」
レオナは俺よりペルレの街に詳しいだろうから一人でも大丈夫だろうし、むしろ俺より効率よく調べられるだろう。これらの情報はバックハウス男爵の依頼の成否だけでなく、戦場に出る俺の生き死ににも影響するから彼女だけに頼らず他のルートでも調べなきゃな。
「うん、キミ達がいいなら、ウチからの移籍は問題ないよ。
レオナをよろしく頼むね。」
レオナと話した後、ユリウスさんの所に行ってレオナの雇用に問題が無いか確認した。これでレオナを正式に雇用できる。あとは関係各所に行って、俺がいない時の窓口として紹介しておいた方がいいだろう。
俺がもう用事は済んだと、そんな事を考えながらユリウスさんの執務室を出ようとした時、ユリウスさんが俺の背に声を掛けて来た。
「ついでに御者のマルコも引き取らないかい。」
「いらな、…いえ、考えておきます。」
オッサンだから反射で断りそうになった。他の従業員もおいおい考えて行こう。




