働き過ぎじゃねぇ
『赤い守護熊』のハルトヴィンさんは、『銀蟻群』の代表を兼務している。この時間、彼がいるのは分かっていたが、俺が訪ねると酒の席に捕まってしまった。
ユリウスさんは抜け目ない感じで気が抜けないが、ハルトヴィンさんはオーラと言うか威圧感が凄くて正直近くにいると胃が痛くなってしまう。
「ハルトヴィンさん、どうぞ1杯。」
「うむ。」
俺の注いだ杯を飲み切るハルトヴィンさん。彼は口数が多い方ではないので、間が持たなくてこちらから無駄に話掛けてしまう。
「それでペルレを出てライマンに行く途中で、ハイエナ頭の魔族に襲われまして。」
取り合えず不興を買わないよう気を付け、ヘコヘコしながら酒の相手をする。
「そうか。
うちにもコースフェルト伯から討伐軍への参加依頼が来たが断った。
うちはペルレの守護が第一だからな。」
向こうも嫌がっていない様なのでセーフだろう。ヴァルとニクラスも来ていたが、席が離れていて助けにならない。くそぉ、楽しそうに飲みやがって。
『赤い守護熊』には『銀蟻群』の採掘夫の護衛や護衛の監督をしてもらっている。そこで俺はマニンガー公国に行っている間に異常は無かったか聞いてみたが、迷宮の魔物の様子やその領域に変化はない様だった。
それから迷宮に入る人員を増やしているのに採掘量が横這いで効率が落ちているらしいが、これはユリウスさんに聞いたのと同じだ。やっぱり右肩上がりには行かないか。他には、セーラー服剣士アリスのいる『財宝犬』が何かまた財宝を持ち帰ったという話を聞いた。
宴がお開きになって事務所に帰ると、夕方頃にレオナが訪ねて来ていたそうだ。彼女はまた来ると言って帰ったようだったので、まあいいか。
翌日、俺はヴァルブルガとニクラスと共に事務所で朝食を食べていた。この建物は2階の事務所裏に厨房があって、朝夕は近所のシュテファニ婆さんを雇って食事を作ってもらっている。今日の朝ご飯はポリッジ(麦がゆ)と少しばかりの塩漬けの豚肉だ。
普通、奴隷には肉は与えないらしいが、俺の方針として長くたっぷり働いてもらう為に、ヴァル達だけでなく迷宮で荷物持ちをしている奴隷にも俺と同じ物を食べさせている。まあ、俺自身が質素な物しか食べていないとも言えるが、美味い物が食べたい時は外食するし。
とにかく、運よく昨日1日で『銀蟻群』の関係者への挨拶周りを終わった。1日で3回も面談を入れるなんてメチャメチャ働いた気分になるし、精神的にえらく疲れがこれで一区切りついた。次は何をするかだな。
しばらく『銀蟻群』のミスリル銀採掘を当てにしてのんびりするのもいいが、採掘量は横ばいでいつ低迷を始めるか分からない。じゃあ、何か他の資源を迷宮で探すと言うのも難しいだろう。ミスリル銀はビギナーズ・ラックとかラッキーパンチと考えた方がいい。
ラノベなんかの主人公は毎日迷宮でリポップする魔物を狩って、コンスタントに大金を稼いだりしているが、ここの迷宮ではそんな感じじゃない。例えるなら地球で虎の毛皮が高値で売れるからと、銃を持ってジャングルに入る感じに近いだろうか。
毎日狩れるような物じゃないし、人間側がやられる可能性もある。法律の問題を置いておくとしても、地球では俺はそれをやろうとは思わなかっただろう。迷宮でコンスタントに稼ぐためにはミスリル銀の様に、資源の在り処を独占する必要があるし、他の資源も既に誰かに囲い込まれている。
ぶっちゃけ暗いし、魔物は怖いし、迷宮にはもう自分で行きたくない。ふう、その辺はおいおいまた考えるか。直近の事を考えるなら、ユーバシャールから持ち帰った積み荷の残りを王都にでも持ち込むか。帝国製の織物なら、布問屋のヴィルマーさんに持って行くのが一番だろうか。
もう一つ、ヴァルヒ商会に断られた稲の試験栽培も、どこでやるか決めなければいけない。それが無いとハイモの仕事が無いので、遊ばせておくのも勿体ない。アイツには仕事場が決まるまで雑用でもさせておけばいいかと考えていたが、農夫をする約束だからと断られてしまった。
仕事の種類を決めずに何でもやらせようというのは、日本的な考えだろうか。それとも家族と揉めて村を出て来たと言うアイツの性格の問題か。何にせよ、稲作りの経験者として雇ったのだから、それをやってくれるならあまり頭を抑えつける様なやり方はしたく無い。
いっそう用地探しもハイモにさせるか。いや、流石に彼一人に任せるのは無理だろう。でも用地探しの相談をしたり、借地か土地の購入になるのか分からないが、現地の視察や現在の所有者との話し合いに参加させるのは職務の内だろう。
うん、全部自分でやるには手に溢れて来た気がする。考えてみれば護衛はいても、商売の手伝いや雑用をしてくれる人がいないのは、順序が間違っていた気がする。やっぱり、その辺の人員を集めるところからか。
ラノベ等では奴隷を買って人員を揃えたりするが、奴隷紋だの奴隷の首輪の無いこの国では奴隷でも雇い人でも本人との信頼関係でしか仕事を任せられない。そうなると一括払いの奴隷より、月払いの雇い人の方が効率的では無いだろうか。奴隷に逃げられると損失が大きいが、仕事のできない雇い人は首すればいい。
そんな事を考えていると、何やら1階が騒がしい。ヴァル、ニクラスを引き連れて降りてみると、扉の外に木の棒で武装した男達が立っていた。
「アンタが、レンさんか。」




