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最終章:俺と別れの時(下)

 ビチャビチャがガブリエルから受け取った球体から野太い男の声が聞こえたと思ったら、形状が変化し始めた。

 球体でしかなかったものが、膨張し色が変わり形を成していく。

 瞬く間に複雑な文様が刻まれた二本の丸い棒になった。


「これなら壊しきれますねー。うふふー。ガブちゃん、ちょっとこれ預かっておいてください」


 ビチャビチャは二本の棒を持つために右手で持っていた【シンカノヤイバ】と呼ばれたものをガブリエルに渡した。

 右手でも棒を持ち、慣らすように軽く振ってみたりしている。


「ちょ!? お姉さま、これって【解放者様】の【シンカノヤイバ】じゃないですかー。ええええ! どうしてここに」


 はじまりの魔王がそれに気付いた時よりも大きな反応を示している。

 やはり、それほどのものなのか。あのなんだかわからない物体は。


「今は休眠期らしいので、少しだけ借りてきましたー」

「いや、借りてきましたって……、借りられるようなものではないですよね、これは」

「少し条件がありましたけど、来るべき日は誰にでも訪れますからねー。さてとさっさとお片付けしちゃいましょうか」


 ビチャビチャが棒を持って舟に向かって飛んで行った。

 足元が薄く緑色に光っているのは、飛行魔法か何かを使用している証だろうか。

 凄まじい速度で舟に近づいて行っている。接近を阻むかのように舟からビチャビチャに向けて集中砲火が行われたが、止まらない。


 舟から小さい鳥のようなものが無数に飛び出したが、それらを物ともせず破壊しながら寄っていく。

 砲弾が直撃するが、爆炎の中から傷一つないビチャビチャが現れるだけだ。


 棒を携えたビチャビチャが舟の底部に接触する。


はじめ!」


 大きく振りかぶって左の棒を叩きつけた。

 舟が大きく揺れたと思ったら何かに固定されたかのように動きを止めた。

 自分の意志で止まったわけではないようで、舟全体から何とか動こうと体を軋ませる音が鳴っている。


しゅうかい!」


 続いて右の棒を打ち付ける。

 停止していた舟が、震えるように一瞬だけ大きく揺れた。

 その直後、鳥のようなものが出てきた穴や砲身から炎が噴き出して、各所で大爆発を起こし始めた。


「流石はお姉さま、破音はおんを当たり前のように操っているわ」


 ガブリエルがうっとりとした表情で見上げている。

 俺も同じようにビチャビチャの戦いを見上げているような状態なのだが、関心している場合でもなくなっていた。

 舟の爆発が続いていて徐々に地上に向かって落ちてきているのがわかったからだ。


「おいおいおい、このままだとあれが落ちてきて死んじまうぞ。ルーの障壁で何とかなるのか」

「あれは無理よ。質量が大きすぎるわ」


 平然とメルローズが答える。

 このままだとお前も死ぬんだぞ。もっと慌てろよ。


「信じなさいよ、あんたの下僕を」


「お姉さまに任せておけばいいのよ。原子レベルでクズのあんたたちが何かをする必要はないわ」


 二人が同じようなことを言った。

 一番、ビチャビチャを信用していないのは俺なのか。


「主よ、我々はモンスター使いであるあなたの剣であり盾です。剣も盾も使う方がいなければ力を発揮することはできません。我々の力を信じ、そして思うが儘に振るってください」

「(こくっこくっこくっこくっ)」


 必要最低限しか話さないゲフネルが教えてくれた。シャーウッドも俺の手を取り想いを伝えてくれる。

 主従契約を交わしただけではモンスター使いじゃないよな。

 モンスターを使えてこそのモンスター使いだ。


 戦士は己が剣を信じ、魔法使いは魔法を知り操る。

 それが自分たちの戦い方だとわかっているからだ。


 だから、俺も始めよう自分の戦い方を。


 遠くまで聞こえる声を出すために大きく空気を吸い込む。

 そしてあいつの耳に届くよう叫ぶ。


「ビチャビチャーーーーーー! その舟をけしぃぃぃ」


 俺の声をかき消すには十分な破壊音が辺りに響いた。

 ビチャビチャが凄まじい速度で飛翔し舟を壊していく。

 舟の体は炎と煙が出ていない個所はないのではあろうかというほどの状態である。


「そろそろ完全に消えてもらいましょうかねー」


 御伽話に出てくる戦女神のような凛々しさで、ビチャビチャが空で舞う。

 その姿は美しく、勇者たちと国軍の連中も黙って戦いを見ている。


「俺の指示とか必要ないな、うん」


 ゲフネルが優しく俺の方に手を置き、シャーウッドが握る手の力を強くしてくれた。

 早く終わらないかな。帰って寝たいよ、俺は。

 何がモンスター使いだよ。不人気職で当然だ、こんなもの。



 軽く落ち込んでいると、周囲から歓声が上がった。

 空で戦っていたビチャビチャが地面に降りてきたのだ。

 まるで、女神の凱旋を迎え入れるように兵士たちが囲む。


「邪魔しないでくださーい」


 その言葉と同時に衝撃波が生まれ、近づこうとしていた兵士たちが吹っ飛ばされた。

 怪我はないようだが、彼らは先ほどまでの表情から一変し、あれは天使ではない悪魔だなどと言っている者までいる。

 そんなこと物ともしないというようにビチャビチャは何かの準備を始めた。


「【破けた世界】バスターモードに移行」


 二本の棒がビチャビチャの手を離れ、回転し始めた。

 棒同士が円を描くように回転して筒のような形に変わっていく。

 大砲を細く小さくしたようなものが出来上がり、ビチャビチャが槍を持つように腰で構えた。

 

「チャージ開始! カウントテン……ナイン……エイト……」


 ガブリエルから奪い腕に付いている二翼が光輝き、それに合わせるように槍のような筒の先端に光が収束していく。

 ビチャビチャの髪から薄い蒸気に似たものが噴出している。噴出されたものが砂や転がっていたものを吹き飛ばす。


「フォー……スリー……ツー……ワン……、チャージ終了。射撃体勢へ」


 長く伸びた髪が地面に突き刺さり、衝撃に耐えるような姿勢になる。

 ビチャビチャはゆっくりと槍のような筒を落ちてきている舟へと向けた。

 先端に集まった光は直視できないような眩しさになっている。


「これで終わりですねー。世界から去りましょう。【破界砲はかいほう】発射!」


 ビチャビチャの言葉と同時に筒の先端から光が放たれた。初めは1本だった光が7本に分かれ、その7本がさらに増え、どんどん増殖している。

 どれだけ増えたかわからなくなったころ、舟に当たった。


 当たった音がなかった。それだけでなく、そのあとに続くものもなかった。

 光が接触したところが消えている。綺麗に線を通したようになくなっている。

 光が通り抜けた場所から、穴が開き空の明かりが届くようになっていく。

 舟によって閉ざされていた光が無数に差し込む。 


 撃ち出された光は舟を取り囲む檻のようになり、ゆっくりと狭まっていった。

 中に舟があるとは思えないほど、抵抗もなく小さくなっていき、小粒の光になって、最後は消え去った。


 俺たちと空から覆い隠していた舟が消え去った。


 兵士たちから大歓声が上がった。

 女神だと言って讃えたり、悪魔だと言い恐れたり、今度はまた女神にでもなったのか。忙しい連中だ。


 そんなわけで敵は消えたようだ。


 俺はビチャビチャのもとに駆け寄った。


「おーい、ビチャビチャよくやったな。って、熱っ」


 労いも兼ねて肩に触れようとしたがあまりの熱さに手を戻してしまった。


「あー、マスターもうしわけありませーん。今、排熱中なんで触らないでくださいねー」


 よく見ると顔も上気しているようで頬が赤くなっている。

 一見すると湯上りのような状態に見えなくもないが、さっきの熱さは人体の温度ではなかった。


「お姉さまぁぁぁ、さすがですぅぅぅぅ、さすがすぎますぅぅぅぅ」


 ガブリエルがビチャビチャに抱き付いていった。

 接触した部分から煙が上がっているが大丈夫なのか、こいつは。


「あはっ、熱っ熱い。けど、お姉さまだから気持ちいいよぉぉぉぉぉぉ。はぁはぁはぁはぁ」


 大丈夫じゃないのは頭の方か。


「これはもういらないので返しますね」


 ビチャビチャは腕に付いていた。翼を取り払うとガブリエルの頭に田んぼに苗を植えるように差し込んだ。


「どうして頭に戻すんですかぁぁぁ。背中ですよ! 翼は背中です!」

「あなたは頭が軽いから少しでも重くしてあげようと思ったんですよー。感謝しなさい」

「はいー、ありがとうございますー」


 頭に翼を付けられてさらにアホの子になったのか。


「これも返しますね」


 球体の戻ったシテン?をガブリエルの体に戻した。

 強引に体に突っ込んで戻したように見えたが、された当人は気持ちよさそうにしていたので何も言わないでおこう。


「マスター、もう触っても平気なんで抱き付いても何してもいいですよー。私の体を自由にしちゃってくださいねー」


 そう言われると何もしたくなくなるな。

 だけど、今回は頑張ったと思うから、少しぐらいはいいか。


 笑顔のビチャビチャに近寄って、背中に手を回し強く抱きしめて耳元で囁く。


「よくやったな、ビチャビチャ」

「えっ……あっ……」


 ビチャビチャは抱き返してくることはせず、硬直していた。

 自分で言っておいて本当にされるとは思っていなかったのだろう。


「マスタァァァァ」


 ビチャビチャが全力で俺を抱き返してきた。

 この時初めて俺は、自分の体の骨が砕けていく音を聞くことになった。

 あまりの痛みに意識も途絶える。





 目を覚ますと勇者に囲まれていた。

 ミミパーンが回復魔法で俺の体を治してくれているのか、何かの詠唱を続けている。


 ビチャビチャは正座してメルローズに怒られていた。

 何故かガブリエルもその横で正座をしている。


「おっ、気が付いたようじゃぞ」


 ガフさんが毛むくじゃらの顔で覗き込んできた。


「マスタァァァァ、ごめんなさいー」


 ビチャビチャが正座を解いて駆け寄ってくる。

 さっきの全身の骨を砕かれた恐怖が思い出されて体が強張った。


「反省しているならいいから、今は傍に来るな」


「あー、マスターに嫌われたー。こんな世界壊しちゃうことにしますー」


「嫌ってないから、止めろ。とりあえず抱き付くのは禁止だ。それだけ守れ。そうすれば嫌わない」


「はーい、わかりましたー」


 少し動くようになった上半身を起こす。


「オラァァァァ! お姉さま泣かしてんじゃねぇぇぇ」


 治りかけの体を蹴り飛ばされて俺は吹っ飛んだ。

 骨が砕ける音を一日に二度も聞くことになろうとは……。




 目を覚ますと誰にも囲まれていなかった。

 ミミパーンが苛立った表情で回復魔法をかけてくれているようだ。


「おっ、気が付いたようじゃぞ」


 ガフさんの声が聞こえた。顔は見えない。

 今度はビチャビチャも駆け寄ってこない。


 横を見てみるとメルローズの前で項垂れているビチャビチャと、地面から首だけ出して埋まっているガブリエルがいた。

 お説教時間のようで、メルローズが口うるさいおばさんみたいに声をあげている。


「あら、気付いたみたいよ。今度は落ち着いて近寄るのよ。怖いと思わせちゃ駄目、わかった?」

「わかりましたー。ゆっくりと近づきます」


 ゆっくりと近づくその姿がなんと威圧的なことか。両手を広げて、これから俺を捕食するかのようにしか見えない。


「ビチャビチャ……、普通にしてろ。普通にでいい」


 俺の声を聞き、ビチャビチャは両手を降ろした。


「うー、そう仰るならそうしますー」


 少し離れたところで立ち止まり、こちらを眺めている。

 一応、こいつなりに気を使っているんだな。


「まぁ、今回は世界を救ったってことで、俺に怪我をさせたのは不問とする」

「いいんですかー。私にできることなら何でもしますのにー」

「別にいいよ。お前の場合、ふざけて帝国を潰してこいとか言ったら、本当にやってきそうだからな」

「それぐらい余裕ですよー」

「絶対にやるなよ」

「はーい」

「それと、そろそろそいつも許してやれ」


 顔だけ地面から出ているガブリエルを動くようになった指で差す。


「百年はこのままにしておこうと思いましたがマスターが言うなら、仕方ありません。出てもいいですよ、ガブちゃん」

「敵の施しは受けません!」

「出なさいねー」


 ビチャビチャに頭に付けられた翼を掴まれて引っ張り出された。


「さぁ、謝りましょうねー」


 翼を耳のように持たれ、宙吊りにされている。

 すごく嫌そうな顔をしている。表情にすぐ出る奴なんだな。


「こんな低層のゴミクズに謝る頭を私は持ち合わせていませんゲボォ」

 

 宙吊りにされたまま、空いた手で腹を殴られるガブリエル。


「ご……ごべぇんばざぁい。も゛うしまぜぇん」

「はい、よくできましたー」

「別にそこまでして謝ってもらうことも……」

「いいですか、マスターには逆らっちゃ駄目ですからね。粗相をしたら私がマスターに変わってお仕置きしますからー」


 ここまでされてよく怒らないな、ガブリエルは。二人の関係は知らないけど、お互いに認め合っているからいいのかな。


「大変じゃったが、これで一段落したのかのう」


 一時は、この世の終わりみたいな顔をしていたガフさんも今は落ち着いている。

 国軍も撤収したようで、この辺に残っているのは俺たちと勇者たちぐらいだ。


「国軍の大隊長が王様を通じて礼をすると言っていたよ、アイン」

「ガッハッハ、すごいのうお前のモンスターたちは」


 バリトンとゴドルさんもまだ残ってくれていた。

 少し離れたところにいるカツオさんもよくやったという感じの仕草をしてくれた。


「国軍の兵には少なくない損害が出たけど、帝国や大都市にまで攻め入られなかったのは大きいよ。王様は相当な報酬をはずむんじゃないかな」


 世界を救った報酬か。冒険者を辞めて田舎で暮らすには十分な額だろうな。

 俺も一緒に住むことになるだろうし、ハジコ村の家を大きくするのに使おうか。


「ちょっと、いいかしら」


 メルローズがルーを伴って来た。


「目的だったはじまりの魔王も消えちゃったし、私の用は終わったわ。そんなわけで自分の世界に帰ることにするわ」


「そうか。ルーはどうするんだ? 戻るなら契約の解除を行うけど」


 ルーがメルローズから離れて俺の元に寄ってきて服の裾を掴んだ。


「どうやらあなたのことが気に入っちゃって、自分の生まれ故郷よりそこがいいらしいわよ。帰るのは私だけだから、その子をよろしくね」


「そうか、たまには会いに来てやってくれよ」


「まぁ、わざわざそうせずともあなたとはどこかで会うことになりそうな気がするわ。女の勘よ」


 いや、お前は女じゃないだろ。


「それじゃあねー」


 メルローズが自分で開いたらしい空間の穴に入っていった。


「随分とあっさりしたもんだな。ルーはちゃんと挨拶できたのか?」


 ルーは何度も頷いていた。ちゃんとできたようだな。

 責任を持って面倒は見るよ、メルローズのおっさん。


「さぁて、俺も帰るかな。バリトン、帝国かギルド本部に寄るんだったら報酬は後で受け取りに行くと伝えてくれ。それと世界を救ったのは俺じゃなくて戦いに参加した全員だとも」

「相変わらず名誉とかに拘らないんだね、アインは。その辺は取り分が減らないよう上手く伝えておくよ」


 よっし、でかい仕事も終わったし当分はドラコとゆっくりしよう。

 機を見て勇者も辞めて、後は元の気ままに生きる冒険者に戻る。それで今まで通りの生活だ。

 普通に生きれればいい俺にとってここ数か月はあまりにも異常だった。

 やっと……やっと俺の平凡な日々を取り戻せる。


「それはできませんよー」


 誰だ俺の心の中を覗いたやつは。


「俺はもう勇者も辞めて、人並みの生活に戻る! 邪魔はするなビチャビチャ」


「勇者を辞めるのは止めませんよー。どうぞー辞めちゃってください」


 えっ!? あんなに勇者になることを薦めてたやつが、何を言っているんだ。

 てっきり大反対されるとばかり思っていたのに。


「いいの? じゃあ、すぐ辞めるわ。おーい、バリトーン、俺は勇者辞めるわー」


「辞めても元の生活には戻れませんけどねー。くふふー」

「主よ、新たな戦が待っているぞ」

「(こくっこくっ)」

「パーパ、ゴー!」


 ビチャビチャだけでなくゲフネル、シャーウッド、さらにルーまでが何か不吉なことを言っている。

 俺たちはハジコ村に行くんだぞ。戦いなんぞないよ。


「何を言っているんだ、お前たちは。主人を困らせちゃ駄目だぞ」


「おい、お姉さまのマスター。登録が済んだぞ」


「登録ってなんの?」


「お前は今から中央所属の世界守護者の一人となった。光栄に思え」


「世界守護者?」


「そうだ、これからは第一層から第三層の中で無数に存在する世界を救う存在になってもらう」


「なってもらう、じゃないから! そもそもなることを希望していない!」


「お姉さまたっての希望だ。聞かないわけにはいかない」


 また、あいつか……。あいつの仕業か……。


「守護者として一度、中央に来てもらうぞ。面倒だから今すぐ連れて行くけど」


 待て! 俺は娘のところに帰るんだよ。

 逃げようとした俺の腕をガブリエルががっちり掴んで連れて行こうとする。

 小柄な体なのに凄まじい力だ。振りほどけない。


「すぐに帰ってこれるんだよな?」


「んなわけないだろ。守護者のランク分け試験もあるしな」


 やってられるかー。


「ビチャビチャー!」


「はい、お呼びですか。マイマスター、どこまでもご一緒しますよー」


 満面の笑顔で俺の背中をぐいぐいとガブリエルが開けた穴に押してくる。


「違うよ! マスターを助けろよ!」


「さぁ、マスターの伝説は始まったばかりですよー」

 

 俺たちは穴に吸い込まれるように飲み込まれた。





 冒険はまだまだ終わりそうにない。






ご愛読ありがとうございました。

後はエピローグのみになります。

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