最終章:俺と別れの時(上)
はじまりの魔王が生み出した穴から現れた【惑星喰らい】と呼ばれる舟が、俺たちに向かって攻撃を始めた。
船体から伸びた砲身から眩い光と共に撃ち出された赤い球が降り注ぐ。
球が落ちた地面は轟音をたてながら吹き上がり、舞い上がる。飛び散った土砂が周囲に巻き散らかし、勇者や国軍の体を打つ。
「なんだ、こりゃ。この世の終わりか」
次々と球は発射され落ちてくる。隙間なく地上に降る破壊の雨に当たり命を失っていく兵士たち。
何とか直撃は避けているものの、反撃に出ることができない勇者たち。
「あいつの目的はなんなんだ。突然攻撃してきやがって」
「目的なんかないですよー。ただ、目障りだから破壊しているんでしょうねー。あれはそのために作られた兵器ですから」
「このままじゃ、みんな死んでしまう」
俺たちはビチャビチャの作り出した防御壁のようなもので守られているが、守る術を持たないものは手に持った盾を空に向けて構えるぐらいのことしかできない。
「はー、あれが第三層の戦力なのね。明らかに第二層のものとは違うわ」
「死んでしまうー。ワシはこんなところで死にたくないぞー」
いつの間にか近寄ってきていたらしいメルローズとガフさんがいた。
丁度いい、今の内にルーを預けておこう。
抱きかかえていたルーをメルローズに渡す。
「おかえりなさーい。よくやってくれたわね。可愛い可愛いわたしの娘が帰ってきたわ」
意識がまだ戻っていないルーに頬擦りしながら喜ぶ禿げたオカマ。こいつ、防御壁から蹴り出した方がいいのではないか、とふと思ってしまった。
メルローズがルーの耳元に口を寄せて何かを呟いていた。
気を失っていたルーがメルローズの手を離れて自分の足で立った。
「ここら一帯に防壁を張って頂戴、戦闘用のエネルギーをすべて回してもかまわないわ」
ルーが虚ろな目を開き、両手を高く上げた。すると、ルーを中心に半球体の光る膜が広がっていき勇者だけではなく、国軍まで包み込んだ。
「ルーがどこ見ているんだかわからない目で動いているけど、大丈夫なのか?」
「ええ、機能的な欠落はないわ。主人格の意識が戻ってないから、今はセーフモードで起動させたの」
セーフモード? なんだかわからんが、それを使って俺ら以外の人まで攻撃から守ってくれてるのか。
「ずっと守り続けていられるのか?」
「それは無理ね。もって半刻といったところかしら」
傷ついた連中をここから遠ざけるどころか、作戦を練る時間もないな。
と、なるとやはりこいつ頼みか。
「ビチャビチャ、はじまりの魔王のようにあのでかいのも何とかならないか?」
ビチャビチャが手に持った【シンカノヤイバ】と呼ばれる得体のしれないものをクルクルを回転させながら何かを考えているようだ。
「何とかはなるのですけどー。これもありますしね。でも、あの大きさのを斬断するために必要な魔力がですねー」
「足りないのか?」
「第一層のものでは薄くて、かき集めようとするとこの辺にいる人たちがみんな死んじゃいますー」
守るために殺さなければいけなくなるのでは本末転倒だ……。
「ですのでー、これを使わずにやってみますねー」
そう言うと、ビチャビチャが先ほど放棄した機龍に近づいて行った。と、思ったら戻ってきた。
「マスター、申し訳ないのですがこれを鳴らし続けてくれませんか? 気付いてもらえば被害が最小限に抑えられるはずですのでー」
俺に小さな鈴を渡してきた。
「この鈴を鳴らしていればいいのか。そんなことで状況が好転するならいくらでも鳴らすぞ」
「ええ、届けば必ずや。では、行ってきますね」
一瞬で機龍の体まで辿り着くと、【シンカノヤイバ】を徐に機龍の体に突き刺した。
それを見たメルローズが悲鳴を上げていたが気にしない。何か意味があるはずだ。
地面に伏していた龍が舞い上がるというより、ビチャビチャを起点に持ちあがった。
人型に変化したときのように急速にその姿を変えていく。
「確か……こんな感じだったようなー。【斬星刀】とまではいきませんが、十分ですかねー」
機龍は、その姿を大きく変え、長い龍の体が一本の剣のような形になっていた。
そのあまりにも巨大な剣は天に届きそうなほど伸びていて、俺たちを覆うように浮かんでいる舟に突き刺さっていた。
「ちょっと重いですねー。よいしょ、よいしょ」
ビチャビチャが力を込めて巨大な剣を振り下ろそうとしている。
刀身に比べてあまりにも小さな持ち手部分を見て、どの程の重さが発生しているのか計り知れない。
ゆっくりと剣が傾き始めて、舟の底を切り裂いた。
切り開かれた肉の間から臓物が毀れるように、舟の中からたくさん何かが落ちてくる。
ほとんどはルーが張っている障壁に阻まれて俺たちのところまでは来なかったが、一部は落下してきていた。
機械の部品のようなものがその多くだったが、違うものもあった。落下してきた衝撃で地面が陥没したが、落ちてきたものは形を留めていた。
それは全身を鎧のようなもので覆われた人族のようだった。
頭があり、腕があり、足がある。だが、全体的に小さい。
「これは人族なのか……」
「この世界の人族ではないわ。あなたや私と同じヒトという種が原点の生命体よ。第三層の世界に適応するために小型になっていったのでしょう。興味深いわ」
殺戮の限りを尽くそうとしている舟に俺たちと同じような連中が乗っていたのか。それならば話し合って帰ってもらうことが出来ないか、と脳裏を平和な考えが過ったが、ビチャビチャが言っていたことを思い出す。
あれは破壊するために作られた兵器だと。
ただ、それでも同じ人の形をした連中を殺すのは気が滅入る。
気が滅入るが、俺は善人ではない。だから、この場はこれでいいと考える。
自分の世界を守り、娘を守る、それが優先事項だ。
そして、俺がやらなければならいのは、この手に持った鈴を鳴らし続けることだ!
格好よく言ってみたものの、戦場で鈴を持ってただ鳴らしているだけって滑稽だな。
そして鳴らしているとあるが、実際には鳴っていない。この鈴、振っても音が出ない。
だけど、振る。それが俺にできること……できること……ううう、辛い。
軽く自己嫌悪になりかけている時も、ビチャビチャの剣戟が休まず舟を分断していた。
だが、それでも一向に舟は落ちる気配がなく、地上への攻撃を止めない。
舟は砲撃だけではなく、ビチャビチャに対しても攻撃を行い始めた。
大きな鳥のような形をしたものが舟が飛び出し、ビチャビチャに礫のようなものを撃ち出している。
凄まじい速さで鳥のようなものは動き、ビチャビチャの周りを飛んでいた。
剣を振るうのを阻もうとしているようだが、体中に礫を受けてもビチャビチャは物ともしていないようだ。
変わらずに舟を切り刻む。
ここにきて変化があった。舟の切り離された部分と部分から蔓のようなものが伸びて、まるで絡み合うようにした後、切断された部分同士がくっついた。
至る所でそれは行われて、先ほどまで順調に行われていた解体が進まなくなった。
その変化に気付いたのか、ビチャビチャは攻撃を休止して、戻ってきた。
「思ったよりも敵の対応が早かったみたいですねー。半分はバラバラにする予定だったのですがー」
喋り方はいつもと変わらないが、声色に少し怒気を含んでいるのが分かる。焦っているのか。
「あの手の超回復を持つ兵器には、一発どっかーんというのが効果あるのですけど、相性が悪いですねー、剣は。せめて【死天】のどれかを用意できれば良かったのですけどー」
「マスター、鈴は鳴らして頂けていますか―?」
「言われた通り、鳴らしているよ。鳴ってないけど」
「では、そのまま続けて頂ければと思いますー。何か変化があったら戻ってきますねー」
そう言うとビチャビチャは舟への攻撃を再開した。
「主よ、我らはどうすればいい?」
ゲフネルとシャーウッドが尋ねてきたが……。
「まぁ、あれ見ると俺たちにできることはないんじゃないか?」
先ほどから勇者たちが舟に攻撃を行っているが、どれも有効打になっているようには見えない。
ビチャビチャの攻撃だけが通用しているようだ。だが、それも最初とは違ってきている。
「お前らも俺と一緒に鈴でも振るか? こうやってさ」
思いっきり鈴を振り回すようにしてみた。さらには腕を回転させて風車のようにしてみる。終いには高速で鈴を小刻みに動かす。
これは音の鳴る鈴だったらさぞかし五月蝿いことだろう。だが、これは音が出ない。意味も分からない、めちゃくちゃやってみてもいいだろう。
「うっさいわー! ボケェー!」
頭の中にどでかい声が響いた。なんだ、なんだ。
「どこのボケカスじゃあ! 耳元でチリンチリンさっきから鳴らしよる奴は!」
俺とゲフネルの間の空間に丸い穴が開いて、小柄な女の子が飛び出してきた。
「おまんか? 嫌がらせしとったんは?」
汚い言葉づかいだが、それと正反対な可憐な顔立ちだった。表情は酷く歪んでいて、町の金融の取り立て屋のようだが、元はすごく可愛らしい顔立ちだと分かる。
可愛い顔に目線は行くが、それ以外も気になる。小柄な体に不釣り合いな鎧を身に纏っていた。軽装の部類に入るだろうが、金の紋様が入った胸当てと肩当を付けている。
そして背中から白い翼が4枚伸びていた。
「こちとら、裏切りかましてくれたクソ共の処理で忙しいんじゃ! こんな低階層の争いに喚ぶな!」
女の子は翼を羽ばたかせて器用に飛びながら、俺の胸倉を掴んで持ち上げた。
それなりに体重がある男を片手で軽く持ち上げるなんて。
足が着かないところまで持ち上げられて、相手の手を振りほどこうとするが、外れる気配がない。
自分の衣服で首を絞める形になり、息が苦しくなってきた。
ゲフネルとシャーウッドが助けてくれようとしたが、女の子が空いた手を翳すと何かに縛られたかのように動けず石像のようになってしまった。
「いいか、よく聞け。おまんが嫌がらせしてたんはな…ゴヒャ」
可愛い女の子の頬に拳がめり込んで、吹っ飛んでいった。
俺たちと勇者たちがいる間くらいで止まったようで物凄い形相でこちらを睨んでいる。
「誰じゃー! ワシに一発かましたアホンダラはー!」
殴ったのはいつも通り、助けてくれたビチャビチャです。
剣は持っておらず、両手を鳴らしながら女の子に近づいて行った。
「あらあらー、いつからガブちゃんはこんな悪い子になっちゃったのですかねー」
「いつからって、元からじゃー! それより誰じゃ、おまんは? こんな低層でワシのことを知っとる上に、殴れるなぞ」
「まだ、低層なんて呼び方しているのですねー。おもーいお仕置きが必要ですねー」
「なんで、おまんにお仕置きなぞされんといかんのじゃ! ふざけんなバーカバーカ」
「すっかり忘れているようですねー。これはグリグリして思い出させてあげないといけませんねー」
「グリグリ……って、えっ……、いや、まさか」
「あら、思い出しました?」
「思い出すも何も忘れるはずが……、でもお姉さまのソウルメモリーは消滅したと【本部】が」
「ところがどっこいー、存在してまーす。【奈落】で死んだ私は【洗浄】されることなく転生したのですよー」
さっぱり理解できない会話を目の前で繰り広げられているが、俺は動じない。なぜなら、もう何度目かわからないほど経験しているからだ。この置いてけぼり感を!
「本当に、本物のお姉さま……なの?」
「ええ、そうですよー。なんでしたら、あなたがしたこれまでの失敗を一つずつ挙げていきましょうかー」
「この嫌味ったらしい感じは、お姉さまだー」
先ほどまでの汚い言葉は影を潜め、外見通りの可愛らしい言葉つかいになった。
翼をパタパタさせながらビチャビチャに抱き付いた。
まるで長年離れ離れになっていた姉妹が出会ったような微笑ましい光景だ。
それが片やでかい女の姿をしたゴーレムで、片や汚い言葉づかいの喧嘩っ早い女の子でもだ。
「ぎゃあああああ、痛い痛い。お姉さま、やめてー」
姉に見えた方が両拳で妹の頭を挟んで締め上げている。
重さに耐えきれず折れそうな支え木のような音が妹に見えた方の頭から鳴っている。
「おいおい、ビチャビチャその辺にしてやれよ」
「マスターがそう仰るならー」
俺に戒められてビチャビチャが女の子から拳を話した。
「てめぇー! おいこらー! お姉さまに命令しくさりおってー! 殺すぞ、ドカスが!」
なんか、口の悪い子がまた現れた。
が、脳天に手刀を食らって涙目になった。
「言った傍からこの子はー。全然変わってないですねー」
「先ほどからの感じだと知っている子なのか?」
「ええ、私の前世で部下だった子ですー。ガブちゃんって言うんですよー。ほら、ガブちゃん挨拶!」
涙目のままガブちゃんと呼ばれた女の子が、口を開いた。
「四天が内の一天ガブリエル・サリーシャだ!」
小さな胸を精一杯、張りながらそう名乗った。
「あー、俺はアイン・トローペリー。よろしくな」
手を差し出したが、返す手はなかった。
「こらー!」
またもガブリエルと名乗った女の子の頭にビチャビチャの手刀が刺さる。
「うがー、痛いー」
「全然成長してませんねー。これでは、ウリちゃんやラフちゃんも大変でしょう」
「そんなことないですよ。あいつらの面倒は、このガブリエル様が見てやってるくらいですよ」
「まぁ、その話は後でゆーーっくりと聞かせてもらうとして。ガブちゃんの【死天】を貸してください」
シテン?という言葉を聞いた途端、表情が変わった。
「お姉さまの頼みごとですから断れませんけど、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なんでもどうぞー」
「相手は【底の悪魔】ですか?」
「違いますよ、戦艦ですよー、安心してください。あの時のようにはなりませんよー」
「わかりました。お貸しいたします。しかし、現在のお姉さまでは、かなり限定的な使用になっていしまいますが」
「そうですねー。んー、それでは少しの間、それも借りますね」
ビチャビチャがガブリエルに近づくと背中の翼を二枚毟った。
翼の半分をもがれた天使は痛みで叫んでいたが恍惚の表情を浮かべている。
「あぁぁぁ、お姉さまのその身勝手さたまりませんわー。昔を思い出してしまいますー」
これは変態だな。うん、知り合いたくない分類の人だ。
足に縋り付くようにしているガブリエルをめんどくさそうにあしらいつつ、もいだ翼を一枚ずつ右手と左手に付けた。
翼のガブリエルと接続されていた部分から細い糸のようなものが伸びて、ビチャビチャの腕に刺さる。
刺されたビチャビチャは何かを確かめるように、手のひらを開いたり閉じたりしている。
「んー、二枚だとこんなものですかねー。それではガブちゃん【死天】を出してください。あちらも気付いたようですので、さっさとしてください」
可愛らしい顔を足蹴にされながらも、歓喜の表情は変わっていない。むしろもっと踏んでくれと言わんばかりだ。口元がだらしなく緩み、涎まで垂らしている。完全に狂人のそれだ。
「はーい、お姉さまー。よいしょっと」
ガブリエルが自分の腹に手を突っ込み、青く光る球体を取り出した。
それをビチャビチャに渡す。
「お姉さまへの権利譲渡は以前と変えていませんので、パスコードだけ間違えないでください」
何かを待つようにビチャビチャを上目使いで見上げるガブリエル。
「本当にあのままなのですねー。はぁ……あまり気は進みませんが、仕方ありません」
『起動せよ、死天が弐番機【破けた世界】』「管理者の一時的変更を要請する。パスコード かわいいかわいいガブリエルは、永遠の妹よ」
『受諾した。エンドロール以外のすべての使用権限を一時的に付与する』
野太い男の声で突如、了承を告げる言葉が聞こえた。




