663 真・精霊王の加護
六百六十三
精霊宮殿の奥にある黒い部屋へと連れてこられたミラは、その中央に立っていた。
先ほどのすったもんだから一転、塵一つないここは静寂に満ちており、どことなく神域の雰囲気まで漂うほどに厳かだ。
「これから先日に話した通り我の加護を強めるわけだが、ここでもう一つ、間接的な影響にも触れておこう。それは、精霊の領域にも干渉出来る力を手にする事だ──」
まるで夜空の中にいるかのような部屋。そこで語られたのは、先日に話した魔法がどうこうというものの他、精霊界に関係するミラの立場についてだった。
精霊王の加護を引き上げる事で、ミラは自身に秘められた潜在的な魔法を見つけられるようになる。またそれと同時に、精霊が管理する領域──精霊界に対して干渉出来るようにもなるそうだ。
その影響は多岐に亘るが、中でも特に色々ありそうなものが『精霊の国』への出入りに関係する部分だった。
「精霊の国、じゃと!?」
精霊と言えば、大陸各地の自然豊かな場所に住む存在というのが誰もが知る常識だ。つまり精霊にとっては大陸全てが国であるといっても過言ではなく、ミラもまた大陸全土が精霊の家であり国であると思っていた。
しかし、その認識は半分正解というものだった。
「それについては少々触れ辛い部分もあるが、この際だ。ミラ殿には話しておこう」
確かに、精霊達は大陸全土を住処としている。けれど精霊王が言うに、精霊のみが暮らす精霊だけの国というものが存在しているそうだ。
「ヴァルハラを知るミラ殿ならば、馴染み深いだろう。精霊の国というのも、かのヴァルハラと同じような場所にある」
現世と幽世の狭間にあるヴァルハラ。近そうで遠いその次元には、様々な理由や影響によって幾つもの空間が生じ、また創られているという。
精霊王が語るのは、かつて創造神が創ったという空間の内の一つ。特殊な封が施され、精霊だけしか行き来出来ないようになっているそれこそが精霊の国だそうだ。
ゆえに本来ならばミラが行けるような場所ではないが、どういう仕組みか、それとも仕様の隙を突くようなものなのか。精霊王の加護の段階が上がる事によって、この特殊な封を突破出来るようになってしまうそうだ。
「なるほどのぅ。アルフィナからヴァルハラ以外にも色々あると聞いてはおったが、まさか精霊の国というものまで存在しておったとは驚きじゃな。しかしそう聞くと、是非とも見てみたくなるところじゃが……精霊王殿の言い方が気になるのぅ。何か、あるのじゃろうか?」
「うむ、まあ……そうだな。そもそも、この精霊の国の成り立ちというのが色々あってのものなのだ」
精霊王いわく、今の精霊の国は光の始祖精霊が治めており、当然ながらそこには精霊だけしか存在していない。そのためもあってか自然に満ちた、それこそ最良最大の聖域のような場所になっている。
ただ、そこにはちょっとした反面性というものが存在していた。
「ミラ殿も十分に理解しているであろう。全ての人間がミラ殿のように、精霊達を良き隣人であると思っているわけではないと。そしてそれは、精霊達にとっても同じであるのだ」
精霊王は少し寂しそうに俯きながら、精霊の国とはどういった場所なのかについて触れていった。
その話によると、どうやら精霊の国には人間に対して好ましく思っていない者が多いそうだ。
理由は多々あれど、もう人間と関わり合いにもなりたくないと思った精霊達が、そこの住民の大半を占めているとの事だった。
「そうじゃったのか……」
精霊の国と聞いて心躍ったミラであったが、その事実を聞かされて落ち込んだ。
大陸に住む多くの人間は、精霊が人間の良き隣人であると教わる。また大陸教である三神教でも、精霊への敬愛が謳われている。
ゆえに基本的な部分では、人間も精霊を好く思っている。だが人間というのは、人間という罪深き存在でもあった。かのキメラクローゼンのように、精霊に対して害意や悪意を持つ者が現れるものだ。
精霊の国に住む精霊の大半は、そういった人間に出遭ってしまったばかりに、人間に対して不信感を抱き嫌悪するようになってしまった者というわけだ。
「ふむ、そういう事ならば、確かにちょいと問題になりそうじゃな……」
精霊王の加護を引き上げる段階になったところで、なぜ精霊の国について触れる事になったのか。話の内容からその理由を把握したミラは、それは難しい問題だと唸る。
加護を引き上げると、人間であるミラが精霊の国に入れるようになってしまう。そうなったら人間嫌いの精霊達は、どう思うのか。そして、どのような行動に出るのか。それは考えるまでもない。
「フォーセシアの時も、なかなか大変なものだった──」
きっと前回と同様に、一悶着あるだろうというのが精霊王の予想だ。
話によると、フォーセシアもまた人間嫌いの精霊に振り回される事になったそうだ。そして色々あった末に精霊の国への不可侵契約を結んだという。精霊魔法による極めて強力なものだったそうで、フォーセシアがそれを遵守する限り、精霊の国も彼女には一切干渉しないと約束したそうだ。
「彼女は見学してみたかったと、寂しそうにしていたな……」
精霊王であろうと、いや、精霊王だからこそこの件については押し通せなかったのだろう。精霊王は仲間達にフォーセシアを信じさせる事が出来なかったと、自分の不甲斐なさに落ち込んでいた。
「まあ、仕方がないというものじゃよ。そういう事に正解などなさそうじゃからのぅ。もしもちょっかいをかけてくるのなら、とっとと逃げれば問題無しじゃ」
状況によっては、人間嫌いの精霊に絡まれるかもしれない。その時に無害だと説得出来ればよし。出来なければ全力で逃げればいいと笑うミラ。キメラクローゼンという存在を知っているからこそ、人間に対する不信も仕方がないと呑み込む覚悟だ。
「第一手で逃げるか。我の力で精霊達を抑制する方法を教えようと思ったのだが、まったくミラ殿は……」
降りかかる火の粉は振り払うものだ。けれどミラの答えには、そのような状況であっても精霊を相手に戦ったり傷つけたりする意志は微塵も存在していなかった。その言葉から伝わるミラの素直な心を受け止めた精霊王は、なおさら嬉しそうに微笑んだ。
「ならば問題はなさそうだな」
その覚悟を信じた精霊王は、ミラならばきっと大丈夫だと確信する。そしてこれまで以上の信頼を胸に宿し、その目をミラに向けた。
「ではゆくぞ、ミラ殿。今回のは少しばかり大変だと思うが、これも試練と思って耐えてくれ」
「う、うむ。心得た!」
いつもの好々爺とした精霊王と違い、その顔には深いほどの想いと真剣みが浮かんでいた。
先ほどの言葉からすると、どうやら加護の引き上げは相当に負荷がかかるようだ。一気に張りつめた緊張の中、ごくりと息を呑んだミラは、けれども覚悟を揺るがす事無く頷いた。
「では、始めよう──」
静かな言葉と共に、精霊王の加護の段階を引き上げる儀式が始まった。
精霊王が手をかざすと明瞭で鋭い風が吹き抜けていき、前回と同様にミラの服を全て解いていった。
そして次には、裸となったミラの全身に精霊王の加護紋が浮かび上がっていく。胸元から大樹の根のように全身へと広がるそれは、前回にここで授けられた時よりも確かに力強く育っていた。
その起点、ミラの胸元に精霊王が触れる。すると次には強く輝き出し、同時にミラの体内へと猛烈な熱が流れ込んだ。
「ぬぐぅ……こ、れは……!」
それはまるで、身体の中を炎で焼かれているかのようであった。恐ろしい勢いで注ぎ込まれていくそれは、言葉に言い表しようのない刺激となって全身を巡る。
耐え難い強烈な刺激に身体中を支配されながらも、ミラはじっと目を閉じて耐える。
と、次の瞬間だった。熱が全身を埋め尽くしたと思った直後、それは突如として灼熱に転じた。急激に高まった熱は、まるで体内で爆発でもしたかのように臨界を迎え、ミラの全身から噴き出していく。
その衝撃は、もはや息をする事すらも出来なくなるほどだった。けれども身体を巡る熱と刺激は容赦なくミラの意識を削り取っていく。
「ぐ……ぅ……っ!」
痛みとは違う、言葉に言い表しようのない刺激。これまでに感じた事のない感覚が嵐のように押し寄せる。それはまるで人知を超えた巨大な何かに呑み込まれて溶かされていくかのようだった。
それでもなおミラは意識を保ち、どうにか踏ん張り耐える。
けれど、その数瞬後──。
「ぁ……──」
ミラは続けて訪れた全身を締め付けるような重圧と、突き抜けるような刺激に堪らず崩れ落ちる。そして頭の中がぼんやりと白んでいくのを他人事のように見つめながら意識を手放すのだった。
精霊王の加護の引き上げを始めてから、数時間後。
「むぅ……。えーっと、わしは……」
深く沈んだ意識の底から、ゆっくりと目覚めたミラは、ぼんやりと重々しい頭のまま周囲を見回した。
はて、ここはどこだったか。なぜ、こんなところで寝ていたのか。僅かな記憶の混濁を実感しつつ、何をしていたのかを思い出そうと考える。
「おはよう、ミラさん。うんうん、もう大丈夫そうね」
そんな矢先に聞こえてきたのは、もう既に耳馴染みとなった声。
「っと、そうか、マーテル殿じゃったな」
振り向いてみれば、そこにいたのはのっぺりとした人形。どことなく不意打ち気味なその姿に驚いたミラだが、だからこそ朧気だった少し前の記憶がその刺激によって明瞭になっていった。
その人形はマーテルの依代。そしてそれがあるここは、精霊宮殿だ。
なぜ精霊宮殿にいるのかといえば、精霊王の加護の段階を引き上げるため。
「確かわしは、途中で……! 加護はどうなってしまったのじゃろうか!?」
強大な精霊王の力に耐え切れず、昏倒してしまった。そこまで思い出したミラは、負荷があれほどだったとはと覚悟の至らなさを悔やむ。
「それについては心配無用だ。問題なく終了している。どうだ、ミラ殿。我の加護に集中してみるといい。そしてどう感じられるか教えてくれるか」
そう何事もなかったかのように告げるのは精霊王だった。どこからともなく舞い降りると何かを確かめるように、ミラの頭にそっと指をのせる。
途中で倒れてしまった事で、もしかしたら悪影響がと懸念したミラだったが、どうやら作業には影響がなかったらしい。よって、その最終確認をするとの事だ。
「うむ、わかった」
ミラは、うまくいっていますようにと願いながら目を瞑り、己の内側へと意識を向ける。それから慣れたように精霊王の加護を感じ取り、更に集中していく。
「おお、これは……──」
より深く、より強く加護に触れていくほど、これまでとは違った形が見えてきた。
今までは、ふわりと包み込み、そっと手を繋ぐように感じられるものだった。
けれどそこから更に踏み込む事が出来る。計り知れないほどの巨大な渦。それと数えきれないほどの精霊の力が身体の中心から全身へと巡っているのがわかる。しかもそこから更に外へと繋がっているようにすら感じられた。
「やはり以前から関係も深かったからだろうな。一度にここまで広がるとは」
精霊王はミラの頭から手を離しながら、感心した様子だ。どうやら加護の引き上げの影響としては、かなり劇的だったらしい。あっという間にフォーセシアの段階を追い抜いてしまったと、何か思い出にでも浸るようにミラを見つめて微笑む。
「なんとも、こそばゆいのぅ!」
もしかしたら、かつての大英雄以上の逸材なのかもしれない。精霊王の言葉を受けてそんな気になったミラは、調子にのって浮かれ始める。
「けど、使いこなせるようになるかは今後次第よね」
「ああ、その通り。ここからがミラ殿の腕の見せ所といったところだ」
とはいえ今は、ただ可能性が生まれただけに過ぎない。どのような力であっても、それを正確に使えなければ意味はないのだ。
まだスタート地点に立っただけだとマーテルが諭せば、精霊王もまた当然簡単ではないぞと挑発的に笑ってみせた。
「う……まあ、そうじゃな」
ミラはしゅんと肩を竦めてその通りだと頷き、次には「つまりは、わしの得意分野というわけじゃのぅ!」と輝かんばかりの顔で高らかに叫ぶ。
段階が引き上げられた精霊王の加護。そこに秘められた力とは、どのくらいか。どのようなものか。どんな事が出来るのか。
これは研究のし甲斐があるぞと、ミラのやる気はこれまで以上に燃え上がっていくのだった。
年明けから、もう一ヶ月!!
つまり、あの年末年始のスーパーウルトラチートデイから一ヶ月という事。
そろそろ、その影響も薄れてきた頃でしょう。
という事で今年最初のスーパーチートデイをどうしようかと思う、今日この頃。
いつものように中華弁当を買ってくるか、それとも……。
わくわくしちゃう悩みですね!!!




