479 危機一髪
四百七十九
「あ、そろそろうちらの時間だ」
なんて事のない話題から、ちょっと先が気になるような事件までを、とりとめなく話していたところだ。ふとマイカが、そんな言葉を口にした。
すると他の四人も一様に時間を確認するなり、「もうこんな時間かぁ」「じゃあいこっかー」などとこれまでの話題を切り上げて、いそいそと何かの準備を始めた。
「む? 何の時間じゃろうか?」
五人共が同時に動いたとあって、ミラは何事だろうとアノーテ達を窺いながら問う。するとユズハが「えっと、お風呂の時間です」と教えてくれた。
何でも船という事で場所が限られているため、ここに浴室は一つしかないそうだ。
よって男女で分ける事は出来ないので利用時間で管理しているという。また一度に入れる人数に限りもあるので、一部屋分ずつで順番を回しているそうだ。
そしてこの部屋の順番が、そろそろ回ってくるとの事である。
「なるほどのぅ……」
状況から考えれば、それが一番管理し易そうだ。
だがそこでミラは、ふと思う。つまり、この六人で一緒に風呂に入るという意味なのではないかと。
本当にいいのだろうか。特に、現代でも女性だった三人がいる。ここにカグラがいたなら、間違いなく白い目で見られる状況だ。実際のところ、今もミラとルミナリアは一緒に風呂に入る事を許されてはいない。
と、そんな不安を抱いたミラだがアノーテとマノンにマイカは、その点についてまったくといっていいほど気にした素振りはなかった。
先ほどアントワネットが言っていたように、三人は現代ではどうだったかというあたりについては、もう問題にすらしていなさそうだ。「じゃあいこっか」と、マイカが当然のように声をかけてきた。
ミラは、喜んで頷いた。
船室から出て廊下を進む。調査船の外見は帆船風ながら、内部は船というよりはホテルのそれに近い造りとなっている。
そうしていよいよ風呂場に到着すれば、これまた船内らしからぬ光景に出迎えられた。
「なんというか……ここは家庭的なのじゃな」
少し広めな更衣室と、広めな浴室。廊下で自然と膨らんでいったホテルっぽい風呂場のイメージから一転、まあまあいい家のシステムバスがそこにはあった。
何となく、お金持ちな友人宅の風呂を借りた時のような気分になる雰囲気だ。
と、そのような感想を抱いている間にも、時間が決まっているためか、のんびりとはしていられないからか。五人が颯爽と脱いで、とっとと浴室へと入っていった。
(やはりお風呂イベントは、鉄板じゃな!)
何かしら色々とあるが、ミラになって良かったと感じられる瞬間の一つが正に今だ。そう心の中で思うミラは、五人に続き手早く全裸になって浴室に突入した。
浴室内に広がるのは、肌色の楽園。そこでミラもまた存分に晒しながら、楽しい入浴タイムを満喫する。
一緒にシャワーを浴びて交代で湯舟に浸かっては、また出て慌ただしく身体を洗う。
(……何じゃろうか。どうにも、こう何かが足りない気が)
女子一同と一緒のお風呂。実に素敵なシチュエーションであり、世の男ならば誰もが憧れるであろう状況だ。
しかしその中にあって、ミラは何とも言えない物足りなさを感じていた。
はて、それは何か。全員が元プレイヤーであるためか。その内の二人が、自分と同じような背景があるからか。
そんな漠然としながらも、確かに感じる微かな不満。しかもそういった感情が少し顔に出ていたのか、アントワネットがそっと隣にやってくるなり頷きながらミラの肩に手を置いた。そして、ミラの心の内に渦巻いていた不満と理想を代弁してくれた。
「こういう時って漫画とかだと、なんかキラキラした百合の花が咲き乱れるようなきゃきゃうふふって感じになるはずよねぇ。でも、現実って時に無情だと思わない?」
そう、ミラはアントワネットの言葉通りの展開を心のどこかで期待していたのだ。しかし風呂に入ってみれば制限時間もあってか、全てが作業的に進んで、そんな憧れなど入る余地すらないではないか。
「今更何言ってるの? そんなのお話だけの幻想に決まってるじゃん」
アントワネットの言葉とミラの希望を、無慈悲にもばっさりと切り捨てるマイカ。対してアントワネットは「それでも理想が現実にある事を願ってしまうのが、男ってものなのよ」と、清々しいほどに澄み切った笑顔で答えた。
「ふーん。じゃあさ、ミラちゃんも、そういうのを夢見ていた系?」
呆れたといった顔をしながらも、そこに僅かな興味を浮かべたマイカは、続けてそんな言葉を口にした。はたしてミラは、そういうどうしようもない男達と同じなのかと窺うような目だ。
「……まあ、そうじゃな。そんな夢を見ていた時もあったのぅ」
場合によっては、それを否定してみせる事で、そこらの男とは違うとアピールする事も出来た。けれどそういった背伸びというのは、案外周りから見ると直ぐにバレてしまうものだ。よってミラは正直にそれを肯定し、何の変哲もない男であったと認める。
なお、それでいてミラ自身はマイカが否定した幻想を目の当たりに──というよりはその中心になった事があった。言わずもがな、相手はあのリリィ達だ。ゆえにミラが理想としている状況とは近いようで大きく違っている。何とも残酷な現実であろうか。
ただ、だからこそ、そんな展開を夢見てしまうわけだ。実に儚い夢である。
「じゃあ、歓迎の意味も兼ねて、その夢を叶えてあげよっか!」
「なんと!?」
現実に打ちのめされていたミラは、ふとしたアノーテの言葉に目を輝かせる。もしかして、理想のきゃっきゃうふふがそこで繰り広げられるのかと。
まさかの展開に、期待で胸を膨らませるミラ。けれどそんな興奮も束の間の夢現。次の瞬間には喜んだ事を後悔する。
なぜならば、百合色の絶景が拝めるかと思ったら、その舞台にいる三人が両の目を怪しく輝かせながらミラを真っすぐに見つめていたからだ。
そしてミラは、その目の輝きに秘められた意味を知っていた。というよりは、大いにわからされていた。
リリィ達と似て、近い色だと。
そう、アノーテ達は叶える夢の中心にミラを据えようというのだ。
「いや、やはり物語の中でだけでじゅうぶ──」
希望は、きゃっきゃうふふな光景を拝む事であった。けれど自分が中心になってしまっては、リリィ達の時となんら変わらない。
アノーテ達の意図に気付いたミラは、即座に拒否しようとした。けれどその言葉を言うよりも先に三人が行動を起こす。それはもう興味に満ちた笑みで、ミラを引きずり込んだのだ。
「あ──っ!」
結果ミラは、アノーテ達の手で存分に洗われ遊ばれる事となった。
そんなミラをユズハは憐れむように見つめてから、何の力にもなれないといった様子で顔を背ける。
アントワネットはというと、どうやらこうなる展開を予想していたようだ。それはもう、してやったりといった笑みを浮かべながら、そこで展開されるきゃっきゃうふふな光景を満喫していた。
浴室で存分に歓迎されたミラ。そのスキンシップには、きっと双方の距離を縮めるための意味合いもあったのだろう。出会ったばかりでありながら、気づけばメンバーの一人として馴染む事が出来ていた。
そうして夜は、ミラの望みを察してくれたのか。おやつを用意してのパジャマパーティーとなった。これもまた、一度は拝見してみたいと思える妄想シーンの定番だ。
ただ、そこで語られていたのは、こういうシーンでの鉄板であるコイバナといった類のものではなかった。空間の華やかさとは打って変わっての都市伝説祭りだ。
幽霊船の調査に乗り出しているようなメンツである。むしろ、そうなるべくしてなったという流れであろう。
また、その辺りについてはミラも安堵した様子だ。パジャマパーティーは望んでいたが、コイバナにはついていける気がしなかったからだ。
だからこそ、ミラにとっては都市伝説の方が都合がいい。しかしそういった都市伝説の中には、都合の悪いものも含まれていた。
「──おお、それならばわしも耳にしたぞ。確か聞いた話によると、古代文明が残した最後の楽園という説が有力じゃったのぅ」
途中、色々な噂を挙げていった中に天空城の話題が出てきた。そう、フローネの仕業である、あの天空城だ。しかも、アースイーターという別の都市伝説にも関係しているそれは、たとえプレイヤー仲間といえども決して知られてはいけない内容だった。
もしもこの真実が知られたら、アルカイト王国が危機に陥るのは必至なのだから。
ゆえにミラは、噂に噂を被せるという情報操作を仕掛ける事にした。古代地下都市のようなものを造った古代文明だ。空に城くらい飛ばしていてもおかしくはないというものである。
「へぇ、古代文明かぁ。その説は初めて聞いたけど、可能性としては確かにだね!」
「古代文明といえば海底都市の噂もあるし、空だってありえそう」
そこまで突飛ではない事が功を奏したようで、アノーテとマノンの共感を得る事に成功する。
と、それと同時に初めて聞く噂も飛び出してきた。
(海底都市か……定番ながら、やはり心躍る響きがあるのぅ!)
海底に造られた都市なのか、それとも海底に沈んだ都市なのか。どちらもあり得て、どちらもロマンが溢れている。
ミラはファンタジーっぽく海底に造られた都市がいいななんて思いながら、都市伝説女子トークを楽しむのだった。
存分にパジャマパーティを堪能した次の日の朝。ミラは六人の中で一番初めに目を覚ました。
「──むぅ。もう八時か……」
ぼんやりと目をこすりながら室内を見回せば、何とも言えない現実の光景が広がっている。
テーブルの上には空になった立派な酒瓶がどんと置かれていた。途中から、お茶だけでは物足りないとアントワネットが持ち出したものだ。
他にもカップやお菓子の残りくずが散乱している。床にも包装紙などがところどころに落ちていた。
そこから三段ベッドの方に目を向けると、誰がどこかなんて事はもう関係なく思い思いに潜り込んだのだろうとわかる。向かい側の下の段では、アノーテとマイカが窮屈そうながらも一緒に寝ていた。
そしてミラもまた、ふと横を見て気づく。どうやら自分はマノンと一緒に寝ていたようだと。
なお、マノンのパジャマの乱れ具合からして、あまり寝相はよくなさそうだ。
よくその隣で眠れていたものだと自分の熟睡具合に驚きつつ、ミラはのんびりと朝の支度を始める。
ちなみにユズハは、きちんとユズハ自身のベッドにいた。しかもきっちり乱れた様子もないところからして、現状では一番女子力が高そうに見える。
「姿が見えないと思うたら、こんなところにおったか」
さて、残るもう一人のアントワネットは、酒瓶を抱えたままトイレで眠っていた。何ともわかりやす過ぎる酔っぱらいの姿だ。
「おーい、朝じゃぞー」
一応はベッドで寝ている他はともかく、流石にここに放置したままというわけにはいかない。このままではトイレが使えないからだ。
そしてミラが目覚めた理由は催したからという点が大きかったため、ここをアントワネットに封鎖されているのは、ちょっとした死活問題でもあった。
しかし、酔っぱらって眠りこけた人物というのは、ちょっとやそっとで起きてはくれないのが世の常だ。幾ら声をかけて肩を揺さぶっても、アントワネットはうんともすんとも言わなかった。ただただ、心地よさそうに寝息を立てるのみである。
「おのれ、こやつは……!」
かといって、動く意思のないものを動かすというのは、これもまた難しい。人一人を運ぶにはかなりの力を必要とする。加えて相手が女性ともなれば、気を使う必要まで出てくるときたものだ。
だが限界の近いミラは、そこで躊躇ったり手をこまねいたりはしなかった。
「そら、寝るならそっちで寝ておれ!」
即座に武装召喚を行使すると、そのパワーアシスト効果を活用してアントワネットをひょいと担ぎ、そのまま運んでベッドに放り込んだ。
と、そうして何気なく視線を移したところで気付く。
「む? さっきまでおったはずじゃが……」
先ほど確認したマイカの姿がなくなっていると。アノーテと一緒に寝ていたはずが、今はそこにアノーテだけしか残ってはいない。
ではいったいどこに行ったというのか。この、ちょっとした朝の時間で、どこに消えたというのか。
疑問を抱いたミラであったが、それはそれ。限界を訴える下腹部に従い、まず一番に優先するべき事を実行するためトイレに戻った。
「なぜじゃー!」
直後にミラが叫ぶ。アントワネットを排除して、ようやく使えるようになったはずのトイレが何故か閉まっていたのだ。
「まだこれからなんだからー、ちょっと待っててよー」
猛烈に扉をノックしたところ、そこからマイカの声が返ってきた。
そう、ミラがアントワネットを処理している間に入れ違いでマイカがトイレを占拠していたのだ。しかも寝起きでミラの状況について微塵も把握していないからか、かなりのぼんやりモードだ。
「待てぬから! もう待てぬ状態じゃから!」
そう必死に懇願するミラであったが、マイカの様子は一切変わらず。「朝くらいゆっくりさせてよー」と、どこ吹く風であった。
「あ、ああー。もう無理じゃぁ……」
もはや数秒の余地すらないと感覚でわかるような危機的状態である。限界突破の寸前だ。
猶予などないが漏らすわけにもいかない。そんな極限の狭間にまで追い詰められたミラは、だからこそ必死に突破口を探した。
まず、隣の部屋にトイレを借りに行っているほどの余裕はない。扉をノックしている間に粗相するのは確実だからだ。
いっその事、洗面所という手もある。背に腹は代えらず、今ならば誰にもバレる事はないだろう。しかし色々と使うそこを便所代わりにするなどと、流石に思い止まる。
もう一つ無難な手として挙がるのは、いつぞやにディノワール商会で購入した便利グッズだ。池だろうと川だろうと海だろうと、どんな水でもろ過して飲料水に出来るという優れものである。そしてそれには、更なる使い方もあった。
そう、水源が確保出来ない状態のための最終手段──尿でも飲料水に出来てしまうというものだ。
ミラは悩む。それを使ってただの水にした後、そのまま洗面所で流してしまえば問題ないのではと。
だが咄嗟にアイテム欄を開いたところで絶望する。あまり整理していなかったためか、どこにそれを収納したのか一見しただけではわからなかったからだ。
もはや、いちいち捜している時間もなければ、それが出来るだけの集中力も今は完全に喪失していた。
そのようにして、一瞬のうちに様々な案をひねり出しては右往左往したミラは、他に何かないかと縋るように部屋を見回す。
その時だ。それを目にした瞬間に、ミラは一気に駆け出した。
向かう先は、船室の窓。明かり取り用だがはめ込み式ではなく、人が通れるくらいの大きさがあった。
それに目をつけたミラは、その場でパンツを脱ぎ捨てると窓から外に飛び出していった。そして素早く《空闊歩》で軌道を変えて窓を背にするような形で、その縁に掴まる。
直後、ミラは遂に限界を迎えた。とはいえ下は大海原だ。多少撒き散らそうとも、誰に咎められるような理由などない。
そこに広がる大海は、限界を超えた少女のそれを優しく受け止めてくれた。
いやはや、凄い時代になったものですね。
なんと韓国の読者様より、ネット経由でギフトを頂いちゃいました!!!!
何やらギフトを送ったりできるネットショップ的なものがあるようで、カタログギフトのネット版……みたいな感じでした!
そしてそれが、数日前に届いたのです!
幾つもある中から選んだのは、かりんとうのセット!
これはもう、かなりのかりんとうでしたね。
以前に食べていたかりんとうに比べ、驚くほどサクサクとしていたのです!
一袋を、あっという間に食べきってしまいましたね……!
素晴らしいギフトをありがとうございました!!!
堪能させていただきます!!!




