473 見学を終えて
四百七十三
「いつの間にか夜になっておるのじゃが……」
封鎖された保育所にて戯れる事どれ程か。禁断の生物の食事当番という研究員がやってくるなり、全ての動物達を奪われたミラとノリマサ。
それでいて食事する姿もまた可愛らしいと眺めていたところで、ふと気づき現在時刻を確認して驚愕する。
なんとこの場所にきてから、既に三時間も経過していたからだ。
「ほら、言っただろ? あっという間に時を奪われるって」
ノリマサは、もう最初からわかっていたといった──それこそ悟りを開いた僧の如く穏やかに澄んだ顔をしていた。
そう、彼はこうなる事を忠告していたのだ。この場に立ち入って禁断の生物達と出会ってしまったら、その可愛さの虜となり、遊んであげるという気持ちにされて遊ばれる事になるのだと。
「……こういう意味だったのじゃな」
「ああ。だからここに立ち入る者は、世話係か、その日が休日の者だけだ」
ミラは、見事に時間を溶かされたが悔いはないと笑う。ノリマサもまた同じく満足そうではあるものの、同時に後悔の念も浮かべていた。いわく、休憩時間などのタイミングで来てしまうと、そのままこうして仕事を忘れるために残業が確定してしまうのだと。
「よもや、これほど恐ろしい場所じゃったとは……」
実際に時を失ったかのような体験をしたミラは、名残惜しくも誘惑を振り切るようにしてその場から離脱する。
そしてその途中に、ふと思った。この場所だけは、カグラとフローネに知られてはいけないと。
「さて、そろそろ飯の時間じゃな」
長時間すっぽかしていた仕事に重たい足取りで戻るノリマサを見送ったミラは、そのまま食堂を目指して歩き出した。
その途中で、ペガサス達と合流する。
先輩として新入り霊獣の白狼に色々と教え込んだようだ。最初に出会った時に比べ、白狼の雰囲気がより洗練されたように見えた。
だが同時に、問題も発生する。いったいペガサス達は、霊獣として云々以外に何を教えたのだろうか。白狼がミラの前にひれ伏したのだ。
その姿たるや、完全に忠誠を誓うそれであった。
「いつか聖域の統治者になれるくらいに励むのじゃぞ」
思わぬところで新人?霊獣の信頼を得たミラは、そんなどうにも無責任な言葉をかけて白狼を見送った。
ともあれ、そうして生物牧畜技術研究開発部を後にしたミラが次にやってきた場所は、食堂であると同時に、料理総合研究開発部という施設の一部だった。
よってそこの室長のモンドールと挨拶を交わしたミラは、そのまま白衣に着替えて研究室兼厨房の見学兼、食べ歩きを始める。
この開発部の目的は、こちらの食材で現代の料理を再現する事。そして更には、その先を目指して日夜研究に明け暮れているそうだ。
ゆえに食堂には再現された現代食のみならず、そういった過程で生み出された実験的料理なども並んでいるという。
「どのような料理があるのじゃろう」
「大体何でもあるぞ」
見学ついでに一番美味しそうなものを見つけて今日の夕食にでもしようか。そんな事を考えたミラは、モンドールに案内されてあちらこちらを見て回る。
「──いやはや、本当に何でもあるのぅ」
まず初めにミラが思った感想がそれであった。
現代に存在する和洋中はもちろんの事、この世界の大陸各地にある郷土料理などといったものまで揃っているのだ。
原生生物や原生植物に加え魔物や魔獣まで。現代には存在しなかったあれこれも食材とするこの世界の料理は、現代の知識や技術以外も必要となってくる。
特に魔物や魔獣といったものの肉は、魔属性の影響が強く、そのままでは食べる事が出来ない代物だ。
「──と、このように慣れれば数秒で終わる。まあ、慣れるまでに数ヶ月はかかるだろうけど」
ゆえに血抜きならぬ、魔抜きといった工程が必要となる。とはいえやり方さえわかれば難しいものではないという事だが、工程終了までの時間は慣れで大きく変わるとモンドールは得意げだった。
「おお、これまた美味いのぅ!」
完璧に下処理された魔物肉のシチュー。その美味しさといったら、食べるために手間をかけるだけあって想像以上の旨味で溢れていた。
試食用としてモンドールが用意してくれたそれは、研究所でも人気の一品だそうだ。むしろ肉を味わいたいのならば、牧畜産のポピュラーな種類よりも魔物肉の方が濃く感じられるほどだった。
何となく気分的に、という部分さえ乗り越えれば、後はもうその美味しさの虜である。
「なんとまた、よもやこんなものまで再現しておるとはのぅ……」
次に案内された場所でミラが目にしたのは、現代色が極めて濃く、一目見てどういったものかがわかるコーナーであった。
並んだ席と、それらに添うようにして流れるレーン。そう、回転寿司さながらなそれが食堂の一角に存在していたのだ。
「ここは、まあ……ここの研究員達の趣味みたいなものだ──」
システム的には現代よりも随分と古いタイプになるが、その雰囲気や構造はそこまで大きく変わっていない回転寿司コーナー。
ただ、現在寿司は回っていない。いわく、ここは客商売などではないため常時回しておくのは非効率だからとの事だ。
とはいえそれ以外については、ばっちり整っている。
だからこそ使い方も自ずと理解出来た。テーブルの脇に並ぶのは、幾つものメニューが書かれたボタン。押すだけで注文出来るという実にわかりやすい仕組みだ。
「お、大トロか。これじゃな!」
好きなボタンを押してごらんというモンドールの言葉を受けて、ミラは早速欲望に忠実なボタンを押した。一番高級そうだと。
するとどうだ。まさかの数秒でテーブル横の戸が開き、もう見た目からして美味しそうな大トロのすしが出てきたではないか。
「何とまた、恐ろしく早いのぅ!」
レーンに載せて回転させると鮮度が落ちる。そういった理由で回っていないため作り置きはしていないはずだが、まさか注文から数秒とはと驚くミラ。
だが問題は、早さよりも味だ。そう頭で切り替えたミラは、いざ大トロを口にする。
「はぅ!」
濃厚でありながら、さらりと溶けていくほどに上質な脂は、まさしく大トロの醍醐味といっても過言ではない。
「ここには達人級の寿司職人までおるのか? このような極上の一貫を秒で握れるような者など、そうはおるまい」
何よりも、この口溶けは鮮度抜群な握りたての証明ともいえた。作り置きでは、まずこうはいかない。そう確信したミラは、どこぞの大物ぶりながらモンドールを見やる。
ただこの時のミラは、とある基本的な事を忘れていた。
「達人かどうかまでは知らないが、結構拘っている料理人は多いな。で、効率も重視するもんだから、なんというか……今のは多分作り置きだと思うぞ」
モンドールが告げた真実。それは、とんでもない早業の達人級寿司職人がいるというのではなく、ただ単純に作り置きをアイテムボックスから取り出しているだけだというものだった。
そう、アイテムボックスだ。この研究所にいるのは全員が元プレイヤー。つまり全員がアイテムボックスを所持しているわけだ。
ここの料理人は、好きな時間で好きなように料理を作り、それら全てをアイテムボックスに保存しているらしい。そして注文に合わせて取り出し提供する。
それがこの食堂のシステムだそうだ。
またそれゆえに食品ロスは一切なく、品切れもほとんど起きないらしい。加えて野菜の端切れなどの生ごみは、そのまま農業部でリサイクルときたものだ。
モンドールは、大陸一環境に優しい食堂だと自信満々であった。
「なんと……。そのようなからくりが。じゃが思えばそうじゃな。入れれば出来立てのまま時間が止まるのじゃから、そうするのが一番効率的か」
そういえばそれがあったと悔しそうに天を仰ぐミラ。
元プレイヤーが持つアイテムボックスは特殊であり、そこに入れたものの時間が止まる。そう覚えていたミラは、出来立て弁当を沢山買い込んだ時の事を思い出しながら苦笑する。なぜ先ほど、あんな得意げに言ってしまったのかと。
とはいえモンドールは得意げだったミラの事など、さほど気にしてはいないようだ。それよりも、むしろ今度は彼の方が得意げな笑みを浮かべたではないか。
「時間が止まる、か。どうやらその点については、まだ気づいていないようだな──」
ミラの言葉の一つを拾い上げたモンドールは、そんな思わせぶりな言葉を口にするなり、次の真実を告げた。
どうやら彼が言うに、アイテムボックスの中は完全に時間が停止しているわけではないというのだ。僅かながらも少しずつ、それこそ一年で一分程度の速さではあるものの時間は経過しているとの事だ。
「──で、そもそも根本が違っているんだ。うちで作った操者の腕輪なんかは、複数の術式と多次元理論の一部、それと素粒子のガリバー効果を応用してそれっぽく再現しただけでね。保存するための空間を同期させて作り出すまでが限界だ。けれど本物は違う──」
どうやらそれは、彼の得意分野……というよりは最も興味のある分野だったようだ。それはもう饒舌に語っていく。
ただミラはといえば、術式云々といった部分以外は、ちんぷんかんぷんだった。そしてモンドールという人物は、こういったタイプには珍しく、相手の反応から自身の行動を顧みる事が出来るようだ。
「──まあ、この世界の謎は、まだまだ解明出来ていない事がほとんどだ。でも一つだけ言えるのは、運営側の技術レベルが現代のそれを超えていたのは確かだって事だ。でなければ、こんなブラックボックスだらけのアイテムボックスなんて設計出来ないし、そもそもゲームが現実になんてのもおかしな話だからな」
モンドールは一通りの内容をそのように要約して、話を締めくくった。
彼が言うに、何が目的なのか、どうしてこのような事になっているのかといった謎は、この日之本委員会でも掴めていないという。
ただ一つ。『アーク アース オンライン』を運営していたチームは、その当時の最高峰よりもずっと上の技術レベルを有していたのではないかと予想しているそうだ。
「現代技術の更に先をいく者達が運営していたゲームか……。なにやら怪しげな陰謀が見え隠れしそうな話じゃのぅ」
現時点において、ゲームが現実になったというとんでも体験をしている最中だ。もはやどのような謎や秘密が飛び出してこようとも、どんとこいな構えのミラ。
だが今を満喫しているとはいえ、やはりそのあたりの事情というのは気になるものだ。
何かわかったら教えてほしい。そう言ったところモンドールは、「ああ、それが日之本委員会の務めだからな」と、当然のように答えた。
今はかなり多方面に手を広げているが、日之本委員会の基本理念が世界の謎を解明する事であるという部分だけは、一切ぶれていないとの事だった。
その後もミラは、モンドールの案内で料理総合研究開発部を存分に見学した後、少し遅くなったが夕食のためにそのまま食堂へ向かう。
「しかしまあ、馬鹿な事……面白い事を考えるものじゃな」
モンドールと別れたミラは、最後に飲んだお茶の事を思い出しながら不思議な身体の軽さを楽しんでいた。
そのお茶は、まだ実験段階だという事だった。では、どのような実験かというと、いわゆる食事ブースト効果の実験だ。
ゲームなどによくある、食事を食べたら一時的にステータスアップという効果。
以前ここで開かれた宴会の席にて、本当に再現出来ないだろうかという話が出たらしく、それをきっかけにして研究を始めた結果の第一弾が、そのお茶だったそうだ。
なお今回のお茶は、料理部と薬学部の共同開発らしい。少し体力が回復しやすくなるというような効果があるため、徹夜続きの研究員に人気だとモンドールは言っていた。
(夕食にしては遅い時間になるはずが、随分と人が多いのぅ)
時刻は、夜の十時近く。一般家庭ならば、とっくに夕食は済ませているような時間だ。しかしここの食堂は、むしろ今からが一番の繁忙期ではないかというほどの賑わいに満ちていた。
見回してみると、ほとんどが職人達のようだ。またちらほらと研究員の姿も見受けられる。ここの者達にとっては、このくらいの時間が普通のようだ。
何とも熱心な働き者達だ。見学の際に出会った人々の姿も多く確認出来た。
「やあ、ミラちゃん。見学は楽しめたかな」
そんな中の一人がミラを見つけるなり、声をかけてきた。一緒にマツタケを食べた男だ。
「うむ。ここは思った以上に色々とやらかしておるのじゃな」
「いやまったく、どこの室長も加減ってものを知らないからね」
この研究所には、実に有用なものがある。けれど中には、世に解き放つべきではないものも相応にあった。特に室長が独自に進めている研究のほとんどが、それに該当するという深刻さだ。
ミラがその事をさりげなく口にすれば、男もまた常々思っていたのだろう。苦笑交じりに、どこもかしこもだと肩を竦めてみせた。
「まあ、その分うちは真っ当な方だけどね。あ、それと今日はうちで採れた筍の炊き込みご飯がメニューにあるから、よければ是非食べてみてよ。うちの室長が自慢していた一品だからさ」
そう言うなり、男はどこか慌てたようにして奥へと消えていった。
するとそれから数秒としないうちに、後ろから「あ、ミラちゃんも今から夕食なのかしら?」という声をかけられた。
「おお、お主か。うむ、これからじゃよ」
振り返った先にいたのは、現代技術再現研究開発部の家庭用全般を担当する室長のアザミであった。
「あらあら、それなら──」
彼女もこれから夕食のようで、ミラの返事を聞くなり、さっきの話の続きがてら一緒にどうかと誘ってきた。
案内してもらっていた際に二人で盛り上がった、魔法を使うバクテリアの話。それに加えて、もしかしたらという可能性のあるものについてまで、あの後色々と資料をまとめたので是非とも語らいたいとの事だ。
「ほぅ、他にもあるというのか。それはまた興味深い話じゃな!」
アザミが言うに、確証はとれていないが、バクテリアのみならず魔法を使っているのではないかというものが他にも幾つかあるらしい。
まだ知られていない魔法体系、解明されていない術式。この世には、そういったものがまだまだ存在している。むしろ判明していない数の方が圧倒的に多いくらいだ。
しかもそれらの中には、人が操る九種の術に応用出来るものもある。だからこそミラの関心度は高く、その誘いに対して即答だった。
アザミと語らいながらの夕食は、実に有意義な時間となった。
科学技術や生物学、他にも幾つかの観点を持つ彼女の魔法に対する考えというのは、時に思わぬ発想が含まれており、ミラも幾度となく感心する。
「なるほどのぅ。よもやそのようなところにも──」
その道のエキスパートでなければ気づけない、微細な変化。誤差のような違いなど。世界には、まだまだ謎で満ちていると改めて思い知らされるような情報の数々に、のめり込むミラ。
「そっか、そういう原理だったのね。だからこそ、こうなって──」
アザミもまたミラの知恵と知識によって、これまで謎だった部分に光が見えてきたと興奮した様子だ。
そうして二人は食事という目的を忘れ、前回と同じく話に没頭するのだった。
「ふーむ、思わぬところでも魔法が使われておるのじゃなぁ……」
長く話し込みながらも夕食を終えたミラは、そのまま教えられた浴場に向かいつつ話の内容を思い返していた。
毒草を主食とする羊の胃袋にいるのは、どうやら解毒魔法を使う細菌かもしれない。
また、マナを含む水が流れる川や水脈というのは、時折術式の回路として作用する事があるらしい。その結果、奇跡的な豊作に恵まれたり、または奇々怪々な神隠しが起きたりといった事に関係しているかもしれないという。
偶然に生まれる術式回路ではあるが、調べてみるとそういった大事以外にも、様々なところで影響しているそうだ。どうやら、その反応を感知して位置を把握する渡り鳥というのが存在するというのだ。
他にも、電子回路と術式回路の類似点であったり、一定の刺激を与えたら不思議な図形を形作る微生物であったり。様々な分野の研究があってこその知見を沢山得る事が出来たとミラは満足そうだ。
「……ここか」
そうこう考えつつ到着した浴場の入り口。その前で立ち止まったミラは、『なるほど、こうきたか』と入り口の脇に張られている時刻表を確認した。
浴場の入り口は、二つ。男湯と女湯という分け方だ。
だが時刻表によると、一定の間隔でその分け方が更に二つ追加されるという事がわかる。
その分け方とは、『現実から変更している場合』である。つまりは今のミラのように男から女に、または女から男に変わっている者を対象としているわけだ。
元プレイヤーしかいないこの場所ならではの分け方といえるだろう。
張り紙によると女湯は奇数時間に、現実では男性だった女性も入れるようになる仕様だ。そして男湯は偶数時間に、現実では女性だった男性も入れるようになるという。
なお、現実とこちらで変化のない者は、二十四時間いつでも入れるそうだ。
(今は十一時を少し過ぎた頃か……うむ、大丈夫じゃな!)
十一は奇数。今ならば女湯に入っても大丈夫な時間だ。それをしっかりと確認したミラは、意気揚々と女湯に乗り込むのだった。
さて、コーヒーから始まり電気ポットを買うまでに至った今現在ですが、
この電気ポット購入を機に毎日飲んでいるものが、実はコーヒー以外にもあります。
それは、
粉末茶です!!!
茶葉をそのまま粉末にしたものであるため、栄養が全て摂れるという優れもの!
最近、三袋目を開けました。しかも、全部違う種類です。
そう……粉末茶もまた、それぞれ味が違うのです!!
ここでもまた、自分に一番合う味探しが始まってしまいました。
一番美味しい粉末茶は、いったいどれなのか!
なお一つ目と二つ目は、行きつけのスーパーで買いました。
そして今飲んでいる三つ目は、近くのお茶屋さんで買ったものになるのですが、お茶専門店でも今回買った一種類しか置いてありませんでした。
別の味を探すならば、また別の店を探すところから始めなくてはいけません。
とりあえず調べたところ、駅にもお茶屋さんがある様子。次はそこを見てきましょう。
最高の粉末茶に出会うために!




