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325 庭掃除

三百二十五



 ミラとメイリンの戦闘によって荒れ果てた庭。そんな庭を前にして放心気味なアダムス家のメイドが一人。

 その様子からして、彼女が庭の手入れを担当していた事は明白であり、だからこそミラとメイリンは事態を悟った。


「これはなんとも……すまんかった」


「う……ごめんなさいヨ」


 ようやく戦いの高揚から醒めた二人は、素早くメイドの前に駆け付けると、それはもう平身低頭して謝罪した。

 そしてその後、二人は庭の復旧作業に殉じた。抉れて穴だらけになった芝生を平坦に整地して、周囲に飛び散った土や草花を選り分け、瓦解した生垣と、その土台を修繕していく。メイドの指示に従いながら。

 そのように庭を復旧していた最中の事だ。見かねた、というよりは単純な親切心だったのだろう、マーテルが手伝うなどと言い出したのである。

 これまでより、更に精霊王の加護が馴染んできたお陰か、力の活用法が増えてきた昨今の事。その加護を介してマーテルの力を注ぐくらいは出来るようになっていた。

 ミラは、このマーテルの申し出を快く受け取り、庭の修復に挑む。


「植物の事ならば、わしに任せるがよい!」


 自信満々にそう言ったミラは、マーテルの力でもって荒れた庭を蘇らせていく。

 その効果は劇的だった。馬車馬のように働くメイリンによって、瞬く間に整地された庭。そこへマーテルの力を授かったミラが触れると、あら不思議。力強く青々とした芝生が広がっていくではないか。しかもそれは、ミラ達が荒らしてしまう前よりもずっと活力に満ちた芝生だった。


「こんなに瑞々しく……凄いです!」


「そうじゃろう、そうじゃろう!」


 メイド──ヴァネッサに大絶賛された事で、ますます調子に乗ったミラは、生垣から何から庭にあった全ての植物を元気にしていった。

 生垣は力強く蘇り、花達は華麗に咲き誇る。更には、これまでなかった霞羽(かすわ)の木が、立派な大木となって庭の四隅に聳え立っていた。それは霞のような羽がひらりと舞うように見える花が特徴な霊核種の木であり、アダムス家の当主──ヘンリーの父がどこかから持ち帰った種が成長した姿だ。

 安定するまで生育させるのが難しいという事で、どうしたものかと悩んでいたそれを、ヴァネッサはここぞとばかりに持ち出してきたのだ。

 そんな彼女にミラは言う。「月に一度マナポーションを与えると、葉が僅かに光を帯びて、幻想的な美しさを見せてくれるようになる。試してみるのも一興じゃよ」と。

 それは霞羽の木が持つ特殊な性質による反応であり、あまり知られていない裏技のようなものだ。そしてそれらの知識は全て、マーテルの受け売りでもあった。

 だが、この言葉でミラに対するヴァネッサの評価は、庭を荒らした召喚術士から植物博士に傾いたようだ。「今夜試してみます!」と嬉しそうに答えたところで、「あっ」と何かを思い出したように、どこかへと走っていった。そして少しして戻ってきた彼女の手には、黒い三つの種が握られていた。


「あの、こちらなんですけど……」


 その種もまた、ヘンリーの父がどこぞから持ち帰ったものだそうだ。だが、問題が一つ。どうやら、どこかのパーティで出された果実の種だというだけで、それ以外の情報がないというのだ。

 経緯は、こうだ。食べたら美味しかったので、その種を持ち帰った。しかし、感想は美味しかったというだけであり、そもそも何という果実だったのかが不明。更に、切り分けられていたので、元がどういった形をしていたのか、どんな色をしていたのかすらもわからないそうだ。

 しかも、とっておきの珍しい果実という事から、パーティの主催者に聞いても得意げになるだけで答えは聞けずじまいだったという。


「前に時期や土などを変えて植えてみたのですが、五回とも芽を出したところで、枯れてしまいました……。もうどうすればいいのか」


 種の形状から種類を判別するのは難しいため、植える時期や手入れについての準備が出来ないと、ヴァネッサは話す。

 残る種は三つ。これ以上は試せず、どれだけ調べても種の正体はわからない。それでいてヘンリーの父は、楽しみにしている様子。今一番の悩みの種だと、ヴァネッサは縋りつくかのようにミラに迫った。


「ふむ……使用人も大変なのじゃな……」


 似たような立場でありながら、どうも自由奔放過ぎるように見える王城の侍女リリィ達の事を思い浮かべつつ、ミラはヴァネッサを難儀な立場だと思いやる。


「どれ、見てみるとしよう」


 どことなくいたたまれない気持ちを抱いたミラは、種を一つ手に取ると、それを観察するようにじっと見つめた。

 その黒い種の大きさは親指ほど。楕円形であり、他にはこれといった特徴が見当たらない。どこにでも転がっていそうな、そんな種だった。


『それは、王樹林檎の種ね。間違いないわ!』


 流石は、全ての植物の生みの親である始祖精霊のマーテルだ。ちょっと見ただけで直ぐに答えが返ってきた。しかも、それだけではない。ヴァネッサが、なぜ育てる事に失敗したのかという理由までも教えてくれた。


「ふむ、この種はじゃな──」


 マーテルの話を聞き終えたミラは、さも知っていましたとばかりに、その知識を披露する。

 その種は、王樹林檎という特別な果物の種であると。また、林檎と呼ばれてはいるが、その果肉はメロンに近く、それでいて林檎のように皮が薄いため傷に弱い。ゆえに食べ頃まで育てるのは、極めて難しい果実だとミラは語った。


「それでも挑戦するというのなら、一つ重要な事がある──」


 種の正体がわかったところで、その果実を口にするには相当な苦労と時間がかかる。

 ミラはそのように大変だと話したが、ヴァネッサの目に秘められた熱意は冷める様子がなかった。むしろ燃え上がっているほどだ。ゆえにミラは王樹林檎を育てる上で、最も大切な事を告げた。「芽が出てからは、高さが三メートルを超えるまで、決して光を当ててはならぬぞ」と。


「光を……ですか!?」


 驚いたように声を上げるヴァネッサ。それもそのはず。美味しい果物を育てるのならば、健康な土に加え、十分な陽の光が必要というのが当然だからだ。

 しかしミラは、正確にはマーテルはそれを厳禁だと言った。

 光の届かぬ森の奥、神樹に守られた深い場所こそが、本来の王樹林檎の生育圏。暗闇で育まれる事が前提の種なのである。そのためか出たばかりの芽は、光に滅法弱かった。そして、この特性こそ、ヴァネッサが失敗してきた要因であるわけだ。


「まさか、そんな植物があったなんて……」


 愕然とした様子で、種を見つめるヴァネッサ。そんな彼女に「極めて珍しい種類じゃからのぅ。仕方がないというものじゃよ」と、慰めの声をかけるミラ。

 これだけ光に弱くなってしまうなんてと、作ったマーテルもまた苦笑気味だったりした。

 最初は、腐りかけの落ち葉ばかりを食べるしかない動物達の食料になるようにと、王樹林檎の木を作ったそうだ。

 深くて暗い神樹の森の奥。神聖な力に護られたそこは、動物達にとっても楽園だった。しかしながら、森の中心である神樹に近づくほど光は遮られ、大地の実りもまた少なくなっていく。それでいて、楽園に集まる動物達にも力の差があるものだから、弱いものは自然とその奥へ奥へと追いやられていった。

 そんな動物達のための王樹林檎というわけだ。光を必要とせずに育ち、美味しい果実を実らせる王樹林檎。ただ、余りにも光を必要としなさ過ぎたためか、長い時を経た今、若いうちは光に弱いなどという弱点が出来ていたと、マーテルは楽しげに話していた。

 環境によって、多彩に変化していく。どうやら、そういった部分を我が子の成長として見守るのが、マーテルの楽しみでもあるようだ。暗闇の中でも動物達が見つけ易いように、初期よりずっと香りが強くなっているのだと得意げだ。


「ところで、三メートルに成長するまでは、どのくらいかかるのでしょうか?」


 先程ミラは、高さが三メートルを超えるまでは、光に当ててはいけないと言った。それはつまり、超えてからは光に当てても大丈夫という意味でもある。これもまた、マーテルに教えてもらった事。そのくらいになれば、成長した表皮によって光に弱い部分が完全に護られると。


「だいたい、二年ほどじゃな。ただ、実を付けるのは、そこから更に三年ほどかけて倍にまで成長せねばならぬがのぅ」


 早くても五年。うち二年は、決して光を当ててはいけない期間。人の手で、人の生活圏で育てるには、かなり厳しい条件だ。


「合わせて五年ですか……。でも一番大切なのは、最初の二年ですね……」


 かなりの難易度だが、ヴァネッサの顔に諦めの色は浮かんでいなかった。むしろ、どうやって真っ暗な部屋を用意するか、どうやって真っ暗な部屋で二年間世話をすればいいのかと検討している様子である。


「いや、そこはもう大丈夫じゃよ」


 ミラは言いながら、三つの種に手をかざす。すると淡い光がふわりと広がって、そのまま種に吸い込まれていった。


「今のは、何だったのでしょうか」


 困惑気味のヴァネッサに、ミラは答えた。「種に活力を与えたのでな。一週間もあれば、三メートルまで成長するはずじゃ」と。

 それはマーテルの優しさであり、同時に厳しさでもあった。一生懸命に育てようという意思を持つヴァネッサへの思いやり。そして、これ以上は枯らしてほしくないという、母としての想いだ。


「これは、わしが契約している植物の精霊からの贈り物じゃ。大切にするのじゃよ」


 始祖精霊という大物の存在までは明かせない。とはいえミラは、精霊との繋がりが何かと多い召喚術士だ。嘘はいっておらず、このような言い方をすれば、相手が自然とそのように受け取ってくれるというものである。


「あ、ありがとうございます! きっと立派な木に育ててみせます!」


 ミラが少々回りくどくもマーテルの想いを伝えたところ、ヴァネッサはそう答えてから、「精霊さんにも、ありがとうございますとお伝えください」と続けて頭を下げた。


『あらあら、どういたしまして』


 どこかはにかむような、それでいて嬉しそうなマーテルの声が、ミラにそっと届いた。




 一度は盛大に荒れ果てたアダムス家の庭。だが破壊と再生によって、以前よりもずっと立派に、またヴァネッサの理想が詰まった姿に生まれ変わった。

 更に、庭を任されていたヴァネッサが扱いに困っていた霞羽の木の種は、立派な大木へと成長。また完全に謎だった種の正体が王樹林檎だとわかり、その育て方もマーテル直伝の方法を教えた。

 そうした結果、ミラはヴァネッサからの圧倒的信頼を得る事に成功する。しかも彼女は大切な庭を任されるだけあって、アダムス家に勤める者の中でも偉い方だったため、ミラは他の使用人達から一目置かれる存在となった。


(よし、どうにか誤魔化せたようじゃな!)


 その後のリカバリーによって、庭を荒らしたという失態は有耶無耶に出来た。そう確信したミラは、ほっと胸を撫で下ろす。ソロモンにでも報告されたら、それはもうこっぴどく叱られるだろうからだ。

 またメイリンとの試合も、なかなかの影響をもたらした。

 アダムス家の居候であるメイリンは、宿泊費代わりとして子供達の訓練に付き合っている。そのため子供達は、メイリンの途方もない実力に気付いていた。そんな彼女を相手に互角の戦いを繰り広げてみせた事が、子供達の印象に強く残ったようだ。

 ミラは弟妹の尊敬も集め、あれよあれよとアダムス家に歓迎される立場となっていたのだ。

 そして今、アダムス家での自由を許されたミラは、屋敷の一室でメイリンと向かい合っていた。なお、この部屋は客室であり、現在はメイリンが居候している部屋だそうだ。


「ところで、なんで爺様(・・)がここにいるヨ? 爺様(・・)も、大会に出場するためネ?」


 激しい戦闘から、続けての庭整備。随分疲れたとソファーに腰掛けたところで、メイリンが開口一番にそう問うてきた。爺様──それは本来、正面の少女に対して使うような言葉ではない。だがはっきりとそれを口にしたメイリンに、ミラは苦笑しながら答えた。「やはり、わしじゃと気付いておったか」と。


「当然ネ。動き出す瞬間の重心、足の運び方、目線の外し方、癖が全部昔のままヨ。姿形は変わっても、私は誤魔化せないネ」


 そのように理由を挙げたメイリンは、その程度ではまだまだ、とでもいった様子で笑う。

 メイリンがミラをダンブルフだと判断した基準に、最もわかりやすいはずの要素である召喚術は一切入っていなかった。ただただ、一挙手一投足で、ミラがダンブルフと同一人物であると見抜いたわけだ。


「それだけでバレるとはのぅ。流石としか言いようがないわい」


 相変わらずの洞察眼だと改めて感心したミラは、そこで一度姿勢を正してから、「さて、わしがここに来た理由じゃが──」と、今回の目的を切り出した。







引っ越してから一ヶ月と少し。

それなりに荷物も片付いてきました。

そして、だからこそ気付く事もあります。


何やら、幾らかの漫画本が行方不明になっている事に……!

あると思っていたところになく、もうどこにいったのかわからない状態に!


そのまましまい込む箱と開ける箱で分けて置いておいたはずなのですが、もしやしまい込む箱に紛れ込んだのか……。


引っ越し作業中は鍵をかけずに離れる事もあったので、もしかして……なんて疑ってしまうくらい、どこにいったのかわかりません……。

ただ、そうなら食パンが見当たらない事の理由にもなるという……。


うーん……どこにいったのやら……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前回の終わりで、マーテルさんに協力要請!と思ってたらそうなった。 というかやり過ぎてたw マーテルクオリティ! こんなレベルのがうじゃうじゃ来るんでしょ? 想定しているとは思うけど闘技場大…
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