319 闘技大会の目的
三百十九
「わしに、そのような依頼をしてきた理由は理解した。じゃが、そもそも男以外でよいのなら他にもおるじゃろう? それこそ、エメ子でもよさそうなものじゃが」
巫女が男性恐怖症になってしまったため、中身はともかく見た目は女の子なミラに役目が回ってきた。そこまでは、まだどうにかわかる。
だが、そういう事ならば十二使徒にだって女性はいるのだから、そちらで選抜すればいいだけの話だとミラは言った。
するとそれに答えたのはアルマだ。
「普段ならそうしたんだけど、今はちょっと人手不足なんだよねぇ」
その疑問はもっともだとばかりに頷きながら、アルマはそう出来ない理由があるのだと続ける。現在は、ノイン以外の十二使徒全員がそれぞれの任に就いていると。
そして、それを告げたところでアルマは笑みを深めた。その表情は女王ではなく悪巧みをする悪女のそれに近かったが、彼女にしてみると精一杯の策士顔だったのだろう。自信に満ちた雰囲気を前にミラは何も突っ込まず、聞く事に徹した。
「実はね、この闘技大会には狙いがあるの。何を隠そう、この大会は『イラ・ムエルテ』を攻略するための作戦の一環だったのよ!」
十二使徒の女性陣は何をしているのか。そんな話をしていたはずが、再び話があらぬ方向に向かい始めた。
だがそれは関係ないようでいて、むしろ根幹にかかわってくる内容だったりする。
ニルヴァーナ皇国にて開催されている闘技大会。実はその裏で『イラ・ムエルテ』の最高幹部達を暴き出し、これを壊滅させるための作戦が多数実行中だという事だ。
「──そういうわけで協定を結んでね。うちで盛大に舞台を用意しようって事になったのよ」
相手は、大陸中に影響を及ぼす大組織である。いくらニルヴァーナ皇国といえど、これを単独で相手するのは難しい。よって幾つかの国と内密に連携し、今回の作戦を実行したそうだ。
その内容は単純なもの。大陸最大規模の祭りを開催し、それを理由に大きく人を動かしていく。そこには危険が伴うが、上手くいけば一気に組織の深部まで暴けるという大胆な作戦だった。
「なるほどのぅ……。それで全員が出張っておるわけか」
作戦の一つは、各国の重役をニルヴァーナに招待するというもの。だが、ただの重役ではない。そっと隠しながらも調べればわかる程度に、ある情報を流した者達だ。
その情報とは、『組織を潰すべく、各国で指揮をとっている者であり、ユーグストに仕掛けた作戦にも関わっている』というような内容だ。
つまりは、組織に狙われる動機を与えた上で、警備が行き届いた国内の安全な場所より外に出すといったものである。正に、狙って下さいと言っているようなものだ。
なお、狙ってきたところを確保するのが、この作戦の肝らしい。
重役達は、そんな作戦である事を承知で同意したという。組織の手がかりを掴めるなら、我が身を囮にするなど安いものだと。
「だから全員出払っているのよね」
当然、ただ囮にするばかりではない。そこには、確実に賊を捕らえるための準備もあった。
それが十二使徒である。
招待した重役は四人。一人につき、二人の十二使徒が護衛として付いているそうだ。しかも、それとわからぬように変装し、そこらの護衛に紛れているという。
残る十二使徒は四人。うちエスメラルダを含めた三人が国防のため、大会の見張り役も兼ねて残っており、もう一人は巫女の護衛であったノインとなる。
この四人の中で、女性はエスメラルダだけ。しかしながら、これだけの人が集まる大会だけあって毎日のように怪我人やら何やらが出るため、彼女が指揮をとる救護隊は大忙しだ。
よって、巫女の護衛に回せるだけの余裕がないのだった。
「何とも、危ない橋を渡っておるな……」
闘技大会の隠された開催理由。それは、大陸中を蝕む悪の組織『イラ・ムエルテ』を壊滅させるための一手だった。
その事に驚きながらも、同時にミラは巫女の護衛として選ばれた事に納得する。
敵は、巨大な組織だ。今は巫女の特定を進めている状態のようだが、いずれは相当な手練れを送り込んでくるだろう。となれば巫女の護衛も、それに対応出来るほどの者でなければいけない。
だが、ニルヴァーナにおいて最も適した力を持つノインは、巫女の男性恐怖症によって不可となった。更に手の空いている十二使徒はいないときたものだ。
そこへ、のこのことやってきたのがミラである。精霊女王だなんだと有名になってきたが、そもそもミラは十二使徒と同列に扱われる九賢者の一人。
しかも、幾らでも頭数を揃えられる召喚術士ときたものだ。
巫女の護衛の件で悩んでいたアルマにとって、これはもはや天恵のようなものだったわけだ。
「それと、実はね──」
説得材料の一つとばかりに付け加えるようにして、アルマは言った。大会本戦中、巫女がお忍びで会場に顔を出す予定であると。以前に、そのような情報を、そっと流していたという。
そう、今回の作戦は、巫女すらも囮にするものだったのだ。
「それもこれも、ノイン君がいてこそだったんだけどね……。だから今は、観戦中止の方向に話を進めているんだけど、凄く楽しみにしていたみたいで……」
ノインが護衛についているなら、それこそ最上位の大規模レイド戦ですら、ジュースとお菓子を手に近くで観戦出来ただろう。だがノインが傍にいられなくては、どうしようもない。
更に観戦の情報は既に流してしまった後である。『イラ・ムエルテ』の情報収集力からすれば、既に伝わっているはずだ。
つまり、確実に守れる状態でなければ、観戦は難しい。よって巫女は今、随分と落ち込み気味だという。
「ふむ。まあ、いいじゃろう。そういう事ならば引き受けようではないか」
現状についてだいたい把握したミラは、そう快諾した。
重要な流通網を握るユーグスト。その動きを大きく封じる巫女を、『イラ・ムエルテ』は是が非でも排除したいと思っている事だろう。
相手は、大陸規模に及ぶ悪の組織。巫女は、そんな巨大な敵と戦う勇敢な少女。ただ何より落ち込んでいる巫女を、どうして放っておけるというものか。
「ありがとう、じぃじ!」
「ありがとう、ミラ子ちゃん。助かるわ」
ノインさえいれば護衛は十分であったはずが、予想も出来ないまさかの状況となって相当に難儀していたようだ。礼を言うアルマとエスメラルダは、それはもう安堵した様子だった。
「しかしまあ、そううまくいくものかのぅ」
巫女の護衛については理解した。だが、重役や巫女を囮に暗殺者達を誘い出し、『イラ・ムエルテ』の情報を手に入れるなどと簡単に言うが、それほど簡単だろうかとミラは疑問を浮かべた。
「世の中には、金だけでそういう事を引き受ける者がいるのじゃろう。そういった者を捕まえたところで、組織に関係する情報は持っていなさそうじゃが」
ニルヴァーナという国が相手であるため、『イラ・ムエルテ』側も、相応な刺客を送り込んでくるのは間違いない。
だが、その者が『イラ・ムエルテ』の情報を持っているかどうかが問題だ。ただの雇われでは、大した事がわからず終わるだけというもの。
「その点については、半々ってところかなぁ」
何かしら理由があるのだろう、半々と言いつつも自信満々に答えたアルマは「だからここで、四本目の柱について説明しちゃうね」とも続けて、その理由を話し始めた。
組織を構成する四本目の柱。それは情報部であり、同時に暗殺なども担当しているチームであると。
「あ、そうそう。報告にあったけど、じぃじが捕まえてくれたヨーグって男も、このチームに所属しているか、所属する者と繋がりがあるって情報が回ってきててね。拠点まで見つけて、しかも一網打尽だなんて、ほんとお手柄だよ。ありがとう、じぃじ」
「まあ、お安い御用じゃ」
あの暗殺者集団、そのボスであったヨーグが、この組織のチームと関係があったようだ。取り調べを行えば、何かしら情報が得られるだろうとアルマはほくほく顔だった。
「それで続きなんだけど、この『イラ・ムエルテ』って、すっごく秘密主義で。外部との繋がりがほとんど無いの──」
話は組織の情報部について。情報というものは時に金よりも価値がある。それらを管理統括し、時に操作や削除をするのがこのチームであり、組織の中でも特に優秀な者が揃っているようだ。
そして、だからこそというべきか、決して外せない重要な仕事には、このチームの者が必ず就くという。
「特に今回の件は、とびきりだろうからね。ほぼ間違いなく、組織のお偉いさんが出張ってくるはずだよ」
ニルヴァーナの巫女の力によって、柱の一人であるユーグストの仕事情報が筒抜けになってしまっているという事実。
これは組織にとって、決して同業者に知られたくない秘密であろう。
長い間、社会の闇の頂点に君臨し、多くの悪党を牛耳ってきたのが『イラ・ムエルテ』だ。影響力もさる事ながら、その絶対的な地位は悪党達からの信頼でもある。また、矜持は高く、だからこそ舐められるような原因を放置は出来ないだろう。
今回の件は、それらを失墜させるような出来事といえた。
巫女と呼ばれる少女によって、五千億リフ規模の損害を被り、重要な裏通商路を全て押さえられてしまったというのだ。『イラ・ムエルテ』にとっては、絶対に知られたくない失態である。
ゆえに、誰にも知られないよう確実に任務を遂行するため、組織内部で既にこの事実を知る幹部クラスが動かざるを得ない。そうアルマは推測を述べた。
「ふーむ、何ともややこしい話じゃが、身内の恥は身内でという事じゃな」
仕事を依頼した外部の者が標的である巫女から情報を入手しようものなら組織の汚点が知られてしまう。そのため、事態を把握している情報部の上が動くと睨んだわけだ。
「まあ、そういう事。で、そんなお偉いさんだからこそ、こっちの重要な標的にもなるの。なんてったって、組織が関係する色々を隠蔽するのもまた、この情報部のお仕事だからね」
今回の件のように、組織の不利となる要素を静かに排除する。情報部はそういった事を担当しており、だからこそ組織についての重要な情報も握っているわけだ。
アルマは言う。今回の作戦、これだけの闘技大会を開催した理由は、この情報部の幹部を捕らえる事に集約していると。
「なんともまた……大胆で大雑把な作戦じゃな」
ミラは、そう率直な感想を述べた。
可能性はあるものの、確実に情報部の幹部が出てくるというわけではない。また、観戦のために守りの厳重な王城から闘技場に巫女が出てくるとしたら絶好の好機だが、律儀にそこを狙う必要もない。暗殺するならば、他にも色々な手があるのだから。
ただ、そのようにミラが難色を浮かべたところで、アルマがこう続けた。「でもね、じぃじのお陰で、もっと勝算は上がったと思うんだ」と。
「なんじゃ、それはどういう意味じゃ?」
やけに自信ありげなアルマの様子に、ミラはそう問うた。するとどうやら、それにはノインの存在が関係しているようだ。
「ノイン君の鉄壁ぶりは国外でも有名だからね。彼が護衛についていたら警戒されているのは間違いないと思うの。だから成功するかどうかは半々だった。でもじぃじが代わってくれた事で、ノイン君は動き回れるようになった。そこがポイントね」
アルマは言った。見張りからフリーになったノインが、それとなく大会のあちこちに姿を見せる事で、より誘い込みやすくなると。
ノインの目撃情報が広まれば、彼が巫女の護衛を離れたと組織側も気付くだろう。
巫女が男性恐怖症になった事は、能力を介して向こう側にも伝わっていると思われる。その結果については作戦か偶然かは不明だが、ユーグストの行動によって護衛が変更になったとすれば、向こうはそれをチャンスだと考えるかもしれない。
「完全無欠な護衛じゃなくなった。しかもそれは、ユーグストのお手柄によるもの。となれば、これを隙が出来たって思うのは自然の流れじゃない?」
どうだとばかりなアルマの顔。ただ、彼女の言う事も一理ある。考えうる限りで最高の護衛が、ちょっかいをかけた事で交代になった。しかも仕方なくとなれば、きっと最高ではなくなったと誰もが考えるはずだ。
「確かにのぅ」
元々がノインだった事を思えば、たとえ同じ十二使徒の誰かに代わったとしても、護衛力は落ちたと言える。その流れは納得出来ると、ミラは頷き答えた。
「更に更にじぃじが、というか精霊女王が新しく護衛についたって事も能力を使えば向こうにも伝わるから、そこもポイントね。なんてったって、今話題の冒険者だし」
その容姿は、男性恐怖症の巫女に就く護衛として申し分なく、噂から見えてくる力量も確か。急遽、護衛を変えなくてはいけなくなったという状況において、決して向こう側にも怪しまれない人選であるはずだと、アルマは胸を張る。
変装した今のまま謎の護衛少女となる手もあるが、それよりも召喚術士であるという情報が明らかになっている精霊女王の方が、『イラ・ムエルテ』側は御しやすいと考えるだろうというのが、アルマの予想だ。
「幾ら凄腕と噂になっているとはいえ、結局、精霊女王は新進気鋭の冒険者。打つ手はあるって、あっちはむしろやる気を出してくるかもね。でも本当は、ノイン君と同列の九賢者。ただの凄腕だと舐めたら痛い目に遭うってわけ。ね、隙の無い作戦だと思わない?」
この策士っぷりは如何かとばかりにドヤ顔なアルマ。対してミラは「面白いではないか」と、こちらもまた乗り気だった。
素人だと思ったら世界王者の変装だったというタイプのドッキリに似た作戦である。これは全力で迎え撃たなければと、ミラのやる気は急上昇だ。
「でしょでしょ。じぃじならそう言ってくれるって信じてた!」
普段から好戦的な気質のあるミラだが、その実、ゲーム時代での戦争では、防衛や護衛に回る事が多かったりした。
その理由は、なんといってもホーリーナイトの存在にある。護る事に長け、召喚主が気付いていなくとも行動を命じておくだけで自動で迎撃してくれる。しかもお手軽に召喚出来るときたものだ。ホーリーナイトを配置するだけで、防衛力が飛躍的に向上するとなれば、使わない手はない。
護衛に関していえば、ミラはそれなりに自信があった。だが今回は、それ以上の事を画策して薄ら笑っている。
(これは新たに考案した方法を試す、よい機会にもなりそうじゃな)
塔で過ごした一ヶ月と少々。存分にあった時間で召喚術の活用法を多く考案したミラは、ここでもまた幾らか使えそうだと実験を目論む。だが、そんな事を考えているなど表には出さず、「わしが護衛に就くからには、傷一つつけさせぬぞ」と自信満々に豪語してみせた。
そんなミラの言葉を、頼もしいと感じたようだ。アルマとエスメラルダは、ありがとうと、今一度感謝を口にしたのだった。




