275 救いの手
二百七十五
「店主よ。なにゆえ、このソファーはこのような場所に置いてあるのじゃろうか?」
あれこれ考えるより訊く方が早い。ミラが振り返りそう問うと、店主は少し難しい表情を浮かべるも「実は、そちらは──」と、理由を話し始めた。
二人掛けのソファーが目立たぬ隅に置かれていた理由。それは過去に二回ほど売れたものの、二回とも数日と経たぬ内に買い戻す事になったからだという。
「見ての通り、状態も素晴らしく、デザインと色合いも落ち着いたものですから、様々な場面に置いておける逸品です。当然、お値段もそれなりでしたが、仕入れから直ぐに常連のお客様がお買い上げくださいました」
どことなく商売人の口調に戻りながら、そう語った店主。しかし次の瞬間に一転、「それから数日後の事です」と、どこか怪談でも口にするかのようなトーンで言葉を続けていく。
その内容は、このソファーを購入していった常連客が、数日後に売りにきたというものだった。相当に気に入っていたはずだが、どう心変わりしたのだろうかと気になった店主は、その理由を訊いた。すると常連客は、『どうにも、何かに見張られているような気がして落ち着かない』と答えたそうだ。
「このような品を扱っていますと、時折ですね、巡ってきてしまうのですよ。曰く付き、という品が」
多種多様なアンティーク。それらは全て、長い人の歴史と共にあったものばかりだ。だからこそ、その歴史の中で多くの人物に触れているのは当然。そして中には、その人物の死、または強い負の感情に触れた事もあるだろう。
店主は言う。そういった悪いものに触れた場合、時として死者や呪いの類に憑りつかれてしまうと。そして憑かれた品は、曰く付きと呼ばれ、様々な霊障を引き起こす。夜中になると音がするなどといった小さな事から、傍にいる者を呪い殺すといった大惨事までと、多岐にわたるそうだ。
「そういった事もありまして、私共のような店では、専属の聖術士や退魔術士の方を雇っております。大抵のものは、祓えますからね」
「ふむ。そうじゃな」
霊だ何だというオカルトも、この世界には確たる対処法があった。術者の力量にもよるが、曰く付きだろうとどうにかなるのである。
「しかし、問題はそこだったのですよ。私の店では、まず二人に仕入れた全ての品の検品をお願いしているのです」
骨董を扱う店ではそのような取り決めがあるため、店に並んでいるアンティークは、全てが安心安全。つまり戻ってきたソファーは、既に曰く付きかどうかを調べ終えたものであったという事だ。
よって、ソファーが曰く付きであるはずがない。店主はそう信じてはいたものの、やはり常連客の言葉が気になったそうで、もう一度、二人に確認してもらったそうだ。
結果は、問題なし。これは、常連さんの勘違いだったのではないか。そう結論した店主は、一応念のためという事で浄化を行ってから、またソファーを商品として店に並べ直したという。
「それから幾日かして、また別の常連様にお買い上げいただきました。ですが、その数日後です。あろう事か、また戻ってきてしまったのですよ。しかも、理由も同じで、『誰かに見張られているような気がする』と」
低いトーンでおどろおどろしく語る店主。一見すると怪談話でもしているかのようだが、実質は、オカルト的な怪談というより、骨董店としての怖い話のようであった。
事実、店主は「これには本当に困りました」と続け苦笑していた。曰く付きの品を売る骨董店などという噂が流れたら、店の信用がガタ落ちだからだ。しかも専属の術士を雇ってまで対策しているにもかかわらずである。店主としては、堪ったものではないだろう。
「別々のお客様が続けて同じ勘違いをするなんて、そうありはしないでしょう。なので私は、もう一つの可能性を考えました。監視の術式が施されているのではないか、と」
どこか淡々とした口調になった店主は、術式が施された品は簡単に調べられると言って、ルーペのようなものをポケットから取り出してみせる。そして何かを期待するように、ミラへちらりと視線を向けた。
ミラは催促に応えるようにして、それは何だと問う。すると店主は、意気揚々と答えた。これは、術式透視レンズであると。
「しかし、これを使って調べたものの、それらしい術式は見つかりませんでした」
そこでがっくりと肩を落とした店主は、「その時、処分してしまおうかとも考えました」と、寂しそうに言った。だが次の瞬間、その表情に炎を宿す。
「しかし、このソファーに罪はありません!」
突如として熱く声を上げた店主は、更に言葉を重ねる。
「私は誓いました。救ってみせると!」
拳を握りしめた店主は、どこか自分の世界にでも浸っているかのような様子だった。
いちいち大げさな彼の語り口調だが、骨董にかける情熱は本物のようだ。そして店主は今一度、曰く付きである可能性を疑ったという。
店主が雇っていた二人の術士には、大抵の曰く付きに対処出来る腕前がある。しかしながら、それにもやはり限界というものはあった。もしかしたら、二人の手に負えないほど強力な曰く付きなのかもしれない。店主は、そこに気付いたのだ。
とはいえそのような事は、滅多にない。また、それだけ強力ならば、ただ『見張られている気がする』程度で済むはずもないだろう。
しかし、考えられる可能性はそれ以外にないと睨んだ店主は特別料金を支払い、雇っている術士二人の師にあたる人物を呼び寄せたという。聖術士の師と退魔術士の師だ。
「あの時、かのお二方は確かに何かを感じていたようです」
何でも師の二人は、店主が『見てほしいものがある』と言っただけで、それが何かをずばりと言い当てたそうだ。ソファーから、微かな気配がすると。そして更に二人は、骨董の中には時折こういったものがあるのだと続けたらしい。
その瞬間、店主は確信したという。やはり曰く付きで間違いなかったと。しかし喜んだのも束の間、店主は二人に辛い現実を聞かされる。
「私は二人に、どうか祓って下さいと頼みました。しかし、それは難しいのだと二人に言われました。お二人は過去にも何度か同じようなアンティークと出会い、様々な術を試したそうです。けれど、どれもまったく歯が立たず、こうなっては最早打つ手はないと聞かされたのです」
寂しそうに語った店主は、それでもソファーを処分するのは辛いとして、目につきにくい隅っこに置いておく事にしたそうだ。いつかきっと、浄化出来る日がくる事を信じて。
「ふむ。なるほどのぅ」
ミラは相槌を打ちながら、その師という二人に感心していた。
僅かとはいえ、その二人が感じていた気配は、家具精霊のものであろう。精霊王が言うに、家具精霊は非常に目立たない、というよりは決して表に出ようとはしない精霊だ。家具に宿り、大切に使ってくれる者を、ただ静かに見守る。そういった存在だった。
『そこまで強い精霊ではないからな。わからぬのも当然だ。ミラ殿のように、多くの精霊と強い絆で結ばれていなければ、それと気付くのは難しいだろう。また、我の加護がなければ、きっとミラ殿であっても、今ほどはっきりとは感じ取れなかったはずだ』
どことなく自慢げな精霊王の声が脳裏に響く。ミラは、また始まったと思いつつも、『そうじゃな。流石は精霊王殿じゃ』と持ち上げた。すると、嬉しそうな精霊王の様子がおぼろげに浮かび、ミラは心の中で苦笑する。
と、精霊王が言ったように、その特性上、一般の術士程度では存在どころか気配にすら気付けないだろう。上級術士ですら、感知出来るか怪しいほどである。それを微かにでも感じ取った二人は、精霊達との繋がりも強く、また相応な凄腕と見て間違いなさそうだ。
しかし、そんな二人でも家具精霊だと気付けなかった。というよりは、きっと二人の中に、家具精霊という選択肢がなかったと思われる。つまり家具精霊は、今までずっと、それほどまでに目立たぬ存在だったわけだ。
「時に店主よ。その師匠という二人は、過去にこのソファーと同じようなアンティークと巡り合ったと言うたな。その時、そのアンティークをどうしたのかは聞いておらぬか?」
ミラは、先程の店主の言葉を思い出していた。処分がどうとかいう内容の言葉だ。聖術士と退魔術士の二人が関わったという事は、つまりとあるアンティークに曰く付きの嫌疑がかけられたというわけだ。そして、二人の健闘が虚しく終わった場合、そのアンティークはどうなってしまうのか。ミラは、そこに不安を感じていた。
「それは私も気になりまして、訊いた事があります」
どうやらその時の店主もミラと同じように不安を感じたようだ。師匠の二人に、全てのアンティークの処遇を尋ねたという。
その答えは、教会に預ける事を薦めた、というものだった。何でも教会には、呪物などを保管するための結界の間があり、そこならば静かに安置しておけるそうだ。
また、店主も同じように教会へと薦められたという。しかしアンティーク自体に罪はなく、呪物と一緒にするのは心苦しいとして断ったとの事だった。
「ふむ……立ち入り禁止になっておる、あの場所じゃな」
ミラは、その場所について知っていた。というより、何度か見た事があった。幾つかの大都市にある大教会の地下に存在するそれは、古今東西から集まってくる呪物などを封じるための場所であり、『聖秘牢の間』と呼ばれていた。
なお、ミラがその場を訪れた理由は、アルテシアの手伝いとしてだ。その場所で、聖術士用のクエストがあったのだ。
ミラは当時を懐かしみながらも、『聖秘牢の間』の禍々しい空気も思い出し、精霊達の処遇に苦悩する。呪物などと一緒にされては、余りに可哀想であると。主観は少し違うものの、この点についてはミラも店主に同意であった。
ただ、同時に希望も生まれた。『聖秘牢の間』に行けば、精霊の宿ったアンティークを見つけられるかもしれないという希望だ。
「ところで、教会に預けるというのが、こういう場合での一般的な方法なのじゃろうか? 余所の店ではどうするのが普通かのぅ?」
アンティークをこよなく愛する『喫茶クラフトベル骨董店』の店主は、アンティークを想う余りに、呪物と一緒にする事を断り、店の目立たぬ場所に置いておくという方法を選んだ。では、ここ以外の骨董店ではどうだろう。そうミラが訊いたところ、店主は僅かに表情を曇らせる。
「余所ですか。そうですね……。希望を以って大切にしていて欲しいところですが、廃棄してしまう方もいらっしゃるでしょう。また、許せない話ですが、その辺りを隠して遠くへと出荷してしまう、などという事もあるかと。教会に預けるにしても、結構な寄付金が必要になりますので」
アンティークを大切にする気持ちを持ちながらも、店としての立場もまた理解しているからか、店主は寂しそうに、だが仕方がないといった様子で一般的な処遇を口にした。
「やはり、そうか……」
存在が知られていないばかりに、性質の悪い怨霊か何かと勘違いされてしまう家具精霊。ミラは、その境遇に苦悩する。もしかしたら、過去に精霊が宿っていると気付かれず処分されてしまったものがあるかもしれないと。
「ところで店主よ。わしが、このソファーを売ってくれと言ったなら、売ってはくれるか?」
少しの思案の後、ミラは意を決したとばかりな表情を浮かべて店主に問う。ミラは思ったのだ。家具精霊達を今のままにはしておけないと。
「これを、ですか。しかしこれは先程お話した通り、手の打ちようのない曰く付きです。それと知ってお売りするわけにはまいりません」
ミラの問いに対して、店主は素直にそう答えた。もしも悪徳商人ならばこの場合、売るのは心苦しいと言いながらも、「どうしてもと仰るなら」といちいち理由を挙げて売るだろう。けれど店主は、自身の扱う商品に並々ならぬ責任を持っていた。店側としては厄介な品を買ってくれるのならば、大歓迎といったところだろう。けれど店主は、その品がどのような悪影響を及ぼすかわからないとして、きっぱりと断ったのだ。
店主の善良な人間性が、垣間見えた瞬間である。ただ、それはちょっとした偶然であり、ミラが訊いた意図とは少し違っていた。
「では、これこそが、わしの探していたものじゃと言うてもか?」
誠実ゆえ鈍感になってしまっているのか。折角ならば、教えるよりも自身で気付いて驚いてほしい。そんな事を考えながら、ミラは核心ともいえるヒントを口にした。
「精霊女王様が探していらっしゃるもの……」
するとどうだろう。それを聞いた店主は、暫し動きを止めてソファーをじっと見つめると、そのままミラに視線を移す。そして、そんな行動を幾らか繰り返したところで、まさかとばかりに目を見開いた。
「な!? そうなのですか!? これが……このソファーに家具精霊が宿っていると!? いえ……しかし、お師匠の方々は何も……。術士というのは精霊が見えるのではないのですか? このソファーに宿っているのなら、あの方々が見逃すはずは……」
驚きを露わにしたのも束の間。把握している知識とミラの言葉に差異が出たようで、店主は困惑したように悩み、深く考え込み始めた。
(なるほどのぅ)
店主が口にした言葉。それによってミラもまた、精霊が宿った家具が、なぜここまでの扱いになっているのかを理解する。全ては術士というのが、精霊を見る、精霊と話す事が出来るという一般知識が、悪い方向に働いてしまっていたのだと。
術士の才能を持つ者ならば、誰でも精霊を認識する事が出来る。また熟練度によって差は出るが、精霊剣といった精霊そのものではない代物でも、認識可能だ。そして事実、これは常識であり、誰もがそうであると認める事だった。
しかし、この常識が、今回の件では裏目に出た。精霊王が言っていたように、家具精霊は熟練の術士とて、その存在を認識する事は難しい。穏やかな家庭を、そっと裏から見守るというのが家具精霊の本懐であるからだ。
つまるところ、いるとは噂されながら、ソファーの家具精霊に気付けないのは、その本質を知る者がいないため。他の精霊と同じように、術士ならば認識出来るものだと考えられているのが問題だったのだ。
家具精霊を少しでも感じようというのなら、多くの精霊との絆が大切となる。だが、はっきりと認識しようというのなら、ミラのように精霊王の加護が必要だ。前者の条件は、相当な熟練者ならばクリア出来るだろう。しかし後者は現状、ミラ一人だけである。
店主が呼んだという師匠の二人は、その話の内容からして相当な熟練者だろう。もしかするなら、銀の連塔に所属していてもおかしくはないほどの術士かもしれない。また、ソファーから何かしらの気配を感じていたという話から、精霊達との絆も強いのだろう。しかし、それでも何かの気配を感じられる程度で終わりだ。
もしかするならば、その気配を感じられる条件がわかっていたなら、家具精霊に気付けたかもしれない。しかし熟練者ともなれば、様々な感覚が鋭くなっているものだ。そこまで限定するのは難しかったであろう。
と、そんな優秀な術士が二人、常識では見えるとされる精霊に気付く事無く、お手上げだと宣言するとどうなるか。果たして、優秀な術士が見えない精霊の存在に、他の誰かが気付けるだろうか。
それはきっと、難しい。その結果、誰も家具精霊が宿っているなどと疑わなくなり、別の何かの原因を想像で作り上げ恐れる。それが今目の前にあるソファーの現状であり、過去に処分されてしまったかもしれないもの達の境遇だった。
「本当に……本当にこのソファーに家具精霊が宿っているのですか?」
あれこれと考えた末、何もわからなくなった店主は、ミラを真っ直ぐと見て、そう口にした。ただ、そんな店主の顔には、困惑を大きく呑み込んでしまうほどの期待、いや希望が浮かんでいる。ミラの言葉が真実だとしたら、可哀想なソファーと、また同じ状態のアンティーク達の境遇ががらりと変わるからだ。
人類の良き隣人といわれている精霊。それは主に、ワーズランベールやアンルティーネのような、自然界を住処とする原初精霊達を指す言葉として使われている。それは何よりも、会話を交わす事が出来て、更には魔物に襲われたところを守ってくれたりした事が昔からあったからだ。
対して人の生み出したものに宿る人工精霊には、原初精霊のような意思はない。宿ったものの本質が意思の代わりとなる。
世間に知られる人工精霊の代表は、武具精霊だろう。戦うための武具に宿った精霊は、戦い抜く力があるかどうかを、持ち主に求める。護るための武具に宿った精霊は、守り抜ける力があるかどうかを、持ち主に求めるといったような具合だ。
このように精霊とはいえ、両者のあり様は随分と違う。しかし、どちらも精霊と言われているのは、その存在に宿る特別な力、精霊力を有しているからだ。
人は魔力によって自身のマナを操作し術を成す。精霊は宿した精霊力によって、世界に満ちるマナと、世界を巡る星の力を操作する事で、精霊魔法を操る。
この特別な力である精霊力が、自然界に存在する様々な要素を核にして集まり原初精霊が生まれた。そして、人が作り出したものを核にして精霊力が集まり生まれた存在が人工精霊となるのだ。
また、意思の有無については、核となった要素の違いにある。単一の人工精霊と違い、原初精霊が生まれる時は無数の要素が絡まり合う。その結果、明確な意識が形成され、人格となるわけだ。
家具精霊も含み、人工精霊は、人類の良き隣人といわれている精霊と違い、明確な意思疎通は出来ない。けれども人々にとって、それは些細な事だった。長い間、共にあり続けた原初精霊達の眷属である人工精霊もまた、良き隣人足り得るのだ。
「うむ、宿っておる。わしの目は、しかと精霊の存在を認識しておるぞ」
ミラは店主の期待に応えるようにして力強く頷いた。そして、これでもかとばかりに、精霊王の加護の文様を全身に浮かべて、その根拠を語ってみせる。家具精霊は、非常に目立たない存在である事。それを自分が認識出来たのは、精霊との絆の他、精霊王の加護によるものだと。
「おお、おお! 何と何と! すると本当に家具精霊が! ああ、素晴らしい。ありがとうございます! 良かった、良かったなぁ」
全身に浮かんだ加護紋が異様な説得力を発揮したのか、店主はミラの言葉を疑う事なく受け取った。そして喜色満面に飛び上がった店主は、目を潤ませながらソファーに語り掛ける。処分せず、教会行きにせず、本当に良かったと。もしもそんな事をしていたら、優しい精霊に辛い想いをさせてしまっていたところだと。店主は我が事のように喜び、何度もミラに礼を言った。
ネットで見たんですが……
なにやら、ペヤングのソースがボトルで発売されるのだとか!
前々からあったらいいなと思っていたものが遂に……。
残る問題は、近くのスーパーに入荷するかどうかです。




