271 当然の新作
二百七十一
とっておきの土産の受け渡しを終えた後、もう一方の戦利品、マキナガーディアンの希少な素材については、いつでも持ち込めるよう、日之本委員会に伝えておくと、ソロモンは約束してくれた。
そうして、ミラ達は再び執務室に戻る。
「ところで昨日、渡したいものがあると言うておったが、それは何じゃ?」
高級なスイーツと最高級の紅茶がいつでもセットで置かれている執務室。真っ先にケーキを摘まみ始めたミラは、そう思い出したように問うた。
「それはね、きっと君の役に立つものだよ」
少し自信ありげにソロモンがテーブルに置いたのは、手の平程度の大きさの箱だった。
「なんじゃこれは?」
見た目は、ただの箱である。しかしソロモンいわく、それは実に画期的な発明であるという事だ。
「これは先日、日之本委員会で開発された、収納系アイテムの試作品なんだよ」
そんな前置きから始まったソロモンの説明。それは確かに画期的であり、今のミラにとっても役立つ性能を秘めたものだった。
その箱は、特別仕様のアイテムボックスだという。
今現在、ミラ達が使うアイテムボックスは、アイテムと分類されたものでなければ、収納出来ない仕様となっている。ただ、その点については、無形術の《アイテム化》さえあれば、それほど問題ではない。大抵のものはアイテムに分類可能だからだ。
では、何が画期的なのかというと、これまでアイテムとしては収納出来なかったものが、その箱によって収納出来る可能性が生まれた事だった。
テーブルに置かれた箱。それは、『乗り物』のみを収納出来るように調整されたものだと、ソロモンは言う。
「重さは五百キログラムまでで、大きさは縦横高さが五メートル以内っていう制限付きだけど、これを使えば、あのワゴンもアイテムボックスに入れて持ち歩けるってわけさ」
箱の最大の利点。それは、箱自体がアイテムとして分類されるようになっているところだ。つまり、ワゴンをこの箱に収納する事で、アイテムボックスが駐車場代わりになるわけである。
また、乗り物用以外にも、様々な種類に対応した箱が研究開発中らしい。いずれは容量も拡大し、これまで持ち運べなかった色々なものが、運搬可能になるだろうとソロモンは語る。
「それは確かに便利じゃな!」
これまで行く先々で、ワゴンを置くための駐車場を探していたミラは、その有用性に感心した。
「是非、使ってみてよ。で、今度感想を聞かせて。向こうに伝えるからさ」
ソロモンの言い方からして、どうやら単純なプレゼントではないようだ。実験も兼ねてなのだろう。だが、便利そうな事に変わりはない。ミラは、お安い御用だと請け負った。
それからミラとソロモンは、土産のスイーツを味わいつつ、他愛のない雑談に興じ、のんびりとした時間を過ごした。
「まあ、そういうわけで、とりあえずは、ゆっくり休んでよ」
「うむ。当然そのつもりじゃ!」
ミラが引き受けた九賢者捜しは、今回で一つの転機となった。一先ずミラは抜かしても、カグラとソウルハウルが帰還すれば、アルカイト王国の柱は五人となる。
ルミナリアだけだった頃に比べ、戦力は五倍。これならば、十分に戦争の抑止力として働く事だろう。問題の限定不戦条約が切れても、すぐにどうこうとはならないはずだ。
また、現状において、未だ見ぬ九賢者の痕跡は発見出来ていない。そういった事情も相まって、ミラには相当な余裕が出来ていた。
目前の危機は、回避したも同然。残る九賢者も捜す予定ではあるが、これまでほどの緊急性はなくなった。よって、これまでにないほどの解放感を得たミラは、実に清々しい笑顔で土産のスイーツを頬張る。
「それで、この後はどうする予定?」
ただ、気になっただけ。そんな何気ない様子でソロモンが問うと、ミラは暫し考え込んでから、朗らかに答える。「塔に戻ってから、ゆっくり決める感じかのぅ」と。
「そっかそっか。暫くは塔にいるわけだ。うん、それもいいかもね。家族サービスって、やつだね」
塔には奥さんのマリアナが待っている。とでもいうように、からかい笑うソロモン。
「何を馬鹿な事を言うておる」
そう口にしながらも、満更ではなさそうなミラ。それからも雑談は続き、話はマリアナとのひと時に紛れ込むクレオスという存在から、学園について流れていった。
何でもソロモンは先日、ルミナリアと共に、学園の視察に行ってきたそうだ。ミラを襲撃したカイロスの一件以来、ルミナリアも目を光らせているためか、魔術科は目が覚めたかのように驕らず実直に頑張っているらしい。
また、前にクレオスから聞いた時は、召喚術科で派閥だ何だと問題が起きていたが、今はそのあたりも落ち着き始め、他科への飛び火も減少しているとの事だ。
「──それでね。何の音かなって、扉を開けたらさ──」
更に場面は変わり、話は王城地下にある研究所に移る。そこで夜な夜な不審な音がするとして、ルミナリアと共に確認に行った時の話をしていた。と、その最中の事。執務室に、扉をノックする音が響いた。
話を途中で区切り、ソロモンが応答すると、相手はスレイマンだとわかる。何やら、会談予定の大事な客人が到着したそうだ。
「もうそんな時間だったんだ。それじゃあ、続きはまた今度にしようか」
話のオチの直前だったが、ソロモンは、むしろ丁度いいとばかりに微笑み立ち上がる。対してミラは、「なんじゃと。こんな気になるところで終わりにする気か」と抗議する。
「それなら、そうだねぇ……リリィにでも訊くといいよ」
随分と楽しそうな顔で、そう答えたソロモンが執務室の扉を開く。するとそこには、スレイマンだけでなく、リリィの姿までもがあった。
「では、また今度。ゆっくりと語ろう」
そう告げて、スレイマンと共に会談へ向かったソロモン。そして残されたのは、ミラとリリィだけ。
ミラが恐る恐る、一緒に行かなくていいのかと問うたところ、リリィは「私がこちらへ参ったのは、ミラ様をお迎えするためですので」と、きっぱり答えた。
大事な客人が来ているのなら、侍女長も行くべきではないのか。そんな事を考えながら、ミラはリリィに促されるまま、侍女達の巣窟へと連行されていく。抵抗は無意味だ。
「まさか、このような事に……」
侍女区画の一室。リリィに連れ込まれたそこで、数名の侍女に囲まれたミラは今、水着姿にされていた。
流れからして、また新たな衣装でも着せられるのだろう。そう予想していたところ、今回は少し趣向の違うバージョンのお披露目となった。魔法少女風衣装の新作ではなく、まさかの水着だったのだ。しかもビキニタイプである。
「ああ、海辺に舞い降りた女神のよう!」
侍女の一人が、慣れた手つきでカメラを操る中、リリィが悶絶して叫ぶ。青と白の水着は、確かにミラの魅力を鮮やかに引き立て、空と海にも負けぬであろう存在感を際立たせていた。
なぜ、今回はこんな事になったのか。それは、夏真っ盛りだったからだ。
王城の敷地内には、室内プールがある。主に訓練用だが、夏になるとレジャー施設代わりに開放されるため、涼を求めて利用する者も多い。そしてそれは、侍女達も多分に漏れず、中には服の下に水着を着込んで働く者もいた。
今回は、それが一つのきっかけとなる。
ミラ用の新作会議と並行して、インナーパンツ会議もまた開かれていたのだが、スパッツ派、ブルマ派、ストッキング派、アンスコ派、ショートパンツ派と、主張を繰り返し、話し合いは平行線をたどるばかりであった。
そんな中、季節の到来と共に現れたのが、水着派だ。
いっその事、下着の代わりに水着を着てしまえばいい。そんな、日夜プール通いをしていた侍女達の案は、初めのうちは邪道であると一蹴されていた。
けれど、新作としての水着というのは、アリなのではないか。夏の暑さも相まってか、頭が茹り始めていたのか、そのように話が進んでいった結果、こうして新作誕生となったわけだ。
「この暑い季節です。海や川や滝やプールに飛び込みたくなる日もあるでしょう。そんな時に、是非お使いください!」
リリィに次ぐ侍女の一人であるタバサ。彼女は、更に数着の水着を手にしていた。どうやら下着代わりという要素も、さりげなく考慮されていたらしい。日替わりで着替えられるようになっていた。
当然、それらの試着もさせられたミラは、結局最終的に、各種インナーパンツの試作品の試着もさせられ、その全てを写真に収められる事となった。
なお、その写真は、次の会議の参考資料として使われる予定だそうだ。
「秋物の新作か……。また近いうちにこうなるのじゃろうな……」
夏が過ぎれば秋。水着の次は秋用の衣装。リリィいわく、その開発が既に始まっているとの事だ。
その事実に溜め息を漏らしつつも、ミラは今、至福を感じていた。
熱烈過ぎる侍女達の歓迎は、少々困ったものだ。だが、その際に振る舞われるスイーツは、ミラの好みがふんだんに考慮されているため、その苦労をそれなりに補う事が出来た。
「やはり、侍女食堂のケーキは抜群じゃな」
いつもの如く着せ替え人形にされた後、お昼のスイーツを存分に堪能したミラは、侍女達に見送られながらその場を後にした。
今回入手したのは、三着の水着。今の季節が夏だという事を考えれば、そのうち出番がくる可能性は大いにあった。むしろ丁度いいタイミングだったのかもしれない。ミラは、余計な事を考えず、ただそう思う事にする。
なお、ソロモンがリリィに訊くといいと言っていた、地下の研究室についてだが、結局その答えは得られなかった。リリィだけでなくタバサや他の侍女に訊いても、なぜかはぐらかされるのだ。
そこには、どんな真実が隠されているのか。ただ、何となく侍女達が関わっていると察したミラは、触らぬ神に何とやらとして、この件については考えないようにするのだった。
次にミラがやってきたのは、王城の西側にある作業場。そこへメンテナンスのために運ばれたワゴンを受け取りにきたのだ。
ミラが顔を覗かせると、責任者のダグが出て来た。メンテナンスの結果、ワゴンの状態は、まったく問題なかったとの事である。
最も力のかかる上部の支柱は、まるで完成した時のまま、まったくガタついてなく、各部も異常なしだそうだ。駆動部に油をさし、全体的に洗車して完了したという。
それからワゴンの使用状況などについて、幾つかの質問に答えたミラは、メンテナンスの際、ワゴンに追加したという装置についての説明を受けて感動した。
実際に、車庫に置いてあるワゴンを確認すると、それは角の天井付近に設置されていた。城の魔導工学技術者が手掛けた、空調装置である。ワゴンの旅が、より快適になる事確実な追加要素だ。
なお、それもまた試作品だそうで、後日に感想を聞かせてほしい、との事だった。
そうしてワゴンは、メンテナンスを終えて戻ってきた。ダグに礼を言って別れた後、ミラはワゴンを前にして、早速とばかりに箱を取り出す。そう、ソロモンから貰った、乗り物用の収納箱だ。
「おお、これは凄いのぅ!」
教わった通りに操作したところ、実に不思議なもので、大きなワゴンが見事箱の中に収まった。また、取り出すのも簡単だ。蓋の部分を開けて地面に置けば、開けた方向に出てくるという仕組みである。
何度か出し入れを繰り返したミラは、その有用性にご機嫌だ。これからは、駐車場を気にせず宿を探せる。また何よりも、駐車料金が節約出来ると。
これは、良いものを貰った。そして折角持ち運べるようになったのだからと、ワゴンをアイテムボックスに収納したミラは、そのまま意気揚々と王城を後にした。
王城を出たミラが真っ直ぐ向かった場所。それは、ルナティックレイクで最も賑やかな商店街だった。
任務を終え、暫くは時間に余裕が出来た。そこでミラは、前々から考えていたルナティックレイク観光をしようと思い付いたのだ。
何だかんだで、新しい施設は未だに学園くらいしか見た事がない。だが街は、他にも色々と進化している。それらの確認も兼ねての散歩であった。
「うむうむ。賑やかじゃのぅ」
まるで、成長した我が子を見守る親のような心境で、ミラはそれらを見て回っていた。三十年前よりずっと濃度が上がった街並みを前にして、ミラは我が事のように喜ぶ。そして、今一度、これを守ってきたソロモンの努力を、心の中でそっと労った。
「お、そうじゃった」
大通りを行くミラは、そこに軒を連ねていた冒険者総合組合を前にして思い出す。それは、古代地下都市があったグランリングスでの事。向こうの冒険者総合組合で、ファンからプレゼントが届いていると聞いた際、受け取りをこのルナティックレイクの受付に指定していたのだ。
有名になったものだと、ミラは足取り軽く術士組合の方に入っていった。
ルナティックレイクにある組合施設は、図書館に似た雰囲気の造りになっていた。冒険者の活動に役立ちそうな本が棚に並んでおり、組合内でなら読み放題らしい。
しかも、それは冒険者だけに限っていないらしく、見ると冒険者を目指しているのだろう子供の姿がちらほら見受けられた。熱心に本を読んでいる子供の他、組合員らしき女性と一緒にいる子供の姿もあった。どうやら、教師役として勉強を見てあげているようだ。
流石は術士育成において、大陸一とされるアルカイト学園を擁する国である。ミラは術士組合の様子と、何より勉強熱心な子供達に感心しながら、組合窓口に向かった。
「わし宛てに、ファンからのプレゼントが届いておると聞いたのじゃが」
窓口に到着するなり、ミラは冒険者証を差し出しながら、少しだけ得意気にそう告げた。ファンからのプレゼント。それには、調子付いてしまうのも仕方がないといえるような、不思議な力が宿っているものだ。
「はい、確認いたしますので少々お待ちください」
窓口の女性は、わくわくした様子のミラに優しく微笑みかけながら答えると、慣れた手つきで冒険者証を何かの装置に通した。そして、その何かを確認すると、どこかへと歩いていく。
「お待たせいたしました。こちらが、ミラ様宛に届いたものとなります」
そう言って窓口の女性がカウンターに置いたのは、プレゼント包装された小さな箱と、もう一つ。封筒も一緒だった。しかも、よく見ると、箱と封筒の差出人は別々のようだ。「こちらに受け取りのサインをお願いします」と提示された書類は、二件分になっていた。
「ふむ、わかった」
ファンからのプレゼントや手紙を受け取るのに、受け取りサインが必要になるなんて、何とも不思議なものだ。ミラはサインを記入しながら、その点について訊いてみた。
するとその答えは、とても単純であり、また何とも言えない内容でミラは苦笑する。その理由とは、かつて組合員が横領したからだという事だった。
(ふーむ……セロや、あのジャックグレイブだとかエレオノーラとかいった有名人にまでなると、大変そうじゃのぅ)
あれだけ人気なら、きっとファンからのプレゼントが相当に集まる事だろう。サインするだけでも大変そうだと思いつつも、ミラは受け取ったプレゼントを手に、にやりと微笑んだ。
なんと、フレーク状のカレールーを買ってみました。高級感漂う、あれです。
しかし、カレーを作るためではありません。
ふりかけみたいに使えそうだと思ったからです。
結果、美味しかったです!
オーブントースターなどで加熱すると、カリカリになってよりおいしいふりかけになりました。
ふふふ……自分の発想が恐ろしい。




