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245 予告の日

二百四十五




 準備の下調べのため、くたくたになるまで街を駆けずり回った後、ミラはぐっすりと眠りについた。そして、いよいよ怪盗ファジーダイスが予告した当日、万全の体調で目覚めたミラは、早速とばかりに行動を開始する。

 所長との約束の時間は、午後六時。今から、あと十時間後だ。

 朝の支度をいつもより手早く済ませたミラは、昨日考え付いた作戦を実行するために街へ繰り出していった。


「これは、何とも……」


 街に出たミラは、その光景を前にして、驚いたように声を上げる。

 昨日までのハクストハウゼンの街は、多くの店舗で記念セールをしていたり、ファン達が闊歩していたりと、ファジーダイス効果で大いに盛り上がっている様子だった。それはもう、お祭りのようにである。

 それが今日になり、更にとんでもない賑わいに発展していた。そう、ミラが見て回っていた状況は、いわばリハーサルのようなものに過ぎなかったのだ。

 大通りに出たミラは、昨日からの変わりように唖然としながら進んでいく。

 見れば、そこにある全ての店がファジーダイスを歓迎するようにセールを行っているではないか。また屋台などを店頭に置いているところも多く見て取れた。そして何より、ファンの人数だ。どこを見ても必ず目に入るほど、その密度が増えていた。

 どこもかしこも、怪盗を歓迎するムードが漂っている。


「しかしまた、とんでもない影響力じゃのぅ」


 ミラはそんな光景を眺めながら、ふと思った。少し、盛り上がり方が過剰ではないかと。

 今回、怪盗のターゲットにされたのは、この街の有力な商会だ。となれば、何かと繋がりのある店もあるだろう。そことの取引が駄目になる事で、損害の出る店もあるはずだ。

 しかし見た限りでは、どの店も歓迎ムード一色である。はて、今回ターゲットにされたドーレス商会の影響力は、さほどでもなかったのだろうか。

 そんな疑問を感じていたところで、ミラは大通りを行き交う人々の中に見知った顔を見つけた。


「見回りご苦労じゃな」


 ミラが駆け寄って声をかけたのは、ハクストハウゼンの門の前で話した兵士長と、その部下達だった。人が集まり、大いに賑わう場所では、当然ながら問題の発生率も高くなるのが常である。兵士長達は、それらを見張るために巡回しているようだ。


「おお、精霊女王さん。調子のほどは如何ですか」


 振り返った兵士長はミラの姿を認めるなり、キリっとした表情を崩し、朗らかに微笑んだ。また、続く兵達も、ミラという存在に癒しを得たのか、一様に笑みを浮かべていた。


「中々に好調じゃよ」


 そう返したミラは、「ところでじゃな」と続けて、先程感じた疑問について兵士長に訊いてみた。すると兵士長は、「ああ、それは──」と少しだけ苦笑しながらも、答えてくれた。最近に見る、怪盗ファジーダイスの影響力の事を。

 何でも、これだけ大規模なお祭り状態になったのは、ここ数年の出来事らしい。その前までは、幾らかのファン達が集まる程度であり、今のように街全体で、などという事もなかったそうだ。

 それがなぜ、今こうなっているのかというと、かつて怪盗の標的となった、とある有力な商会が原因だったと兵士長は言う。

 ある日、とある商会に怪盗ファジーダイスから予告状が届いた。そしてそこはやはり、悪い噂の絶えない事で有名な商会だった。

 と、そんな時期に、そことライバル関係にあった商会が、囃し立てるかのように怪盗を歓迎する大セールを行ったのだ。

 当然、予告状を出された商会は、黙っていない。傘下の商人や店を動かして、色々と抗議だ何だと対抗措置をとったという。

 だが最終的には話に聞く通り、ファジーダイスに狙われた商会は、これまでの悪事を全て世に晒され、表舞台から完全に姿を消す事になる。

 ただ、この時は、これだけで終わらなかった。今度は怪盗を歓迎する大セールに抗議していた、商人や店が、やり玉に挙がり始めたのだ。

 かの悪徳商会の声に応え動いたその者達もまた、同じ穴の狢なのではという噂が出回ったからだ。

 やがてその声は国王のもとにまで届き、特別にそれら商人や店に調査が入る事となった。するとその結果は噂通りで黒が多く、その者達も街から消える事になったそうだ。

 そうした結果、歓迎セールを行った商会が、その街での立場を不動のものにしたという話である。

 そんな過去の出来事に加え、悪党のみを標的にしているというファジーダイスの義賊性が合わさり、今ではもう、標的にされた時点で世間では有罪と判定される事になる。

 そのため、ファジーダイスの予告状が届いた街では今、自然と多くの店舗がセールを始めるようになったそうだ。標的となった者とは無関係であると主張するように。


「と、そういう事でして。まあ、単純に歓迎しているところもまた多いですけどね。見ての通りお祭り騒ぎになるので、店としてはセールスチャンスですから」


 そこまで話してくれた兵士長は、最後に「ただ、今ではセールをしていないと関係を疑われてしまう、なんて事にもなっていまして」と困ったように付け加えて説明を締め括った。


「なるほどのぅ……。なかなか厄介な問題じゃな」


 ミラは、目の前に広がるお祭りムードには、そんな秘密があったのかと驚き、また怪盗ファジーダイスの影響力に苦笑する。

 確かに、怪盗ファジーダイスのこれまでの犯行を見てみると、標的となったその全てが真っ黒な者ばかりである。とはいえ、少なくとも繋がりがあっただけで、真っ当な者も中にはいるだろう。

 とはいえ結局は、とことん悪事に手を染めて標的になったその者が悪い。ならば大いに見限って、大セールをしてくれと願うばかりだ。その方がお得だからと、ほくそ笑みながら。



 色々と教えてくれた兵士長に労いの言葉をかけてから別れた後、ミラは当初の予定通り、今夜の本番に向けての準備で、町中を巡り歩いた。

 その途中で腹を空かせたミラは、セール中のレストランに立ち寄って、特別ランチセットを注文する。大きくて上質な肉をメインに、ふわふわのデニッシュとポタージュ、具沢山のサラダ、そしてデザートにこれまた煌びやかなケーキが付いてくるランチセットだ。


「ファジーダイス様様じゃな!」


 高級レストランでなければお目にかかれないようなメニュー内容。味も抜群でありながら、たったの千リフというセール価格。確実に赤字だろうと察しつつも、ミラはケーキをお代わりして、大満足に昼食を終えた。

 腹も膨れたところで準備を再開したミラは、その後順調に仕込みを済ませていき、午後三時過ぎには予定を全て完了させた。

 予告の時間まで、あと四時間。所長との約束まで、あと三時間だ。


「どれ……ちと、試してみるか」


 果たして、昨日思い付きで組み上げた作戦は、上手くいくのだろうか。念のためにミラは、それを試してみる事にした。

 ミラが仕込みを済ませたその作戦とは、街の至る所に観測者を配置するというもの。そしてその観測者とは、ヴァルキリー姉妹とケット・シー、コロポックル姉妹にワーズランベール、そしてウンディーネに、ノーミードとシルフィードだ。

 なお、言葉で情報を伝えられない三精霊は、精霊王の通訳を通して報告する事になっていた。『今夜は見逃せない』とは、精霊王とマーテルの言葉だ。

 ちなみに、ここにサラマンダーがいない理由は、その見た目である。サラマンダーは、ちょっとしたドラゴンに見間違えそうな姿をしているため、今回の作戦では投入を見送った。

 またアンルティーネを加えなかったのは、誰か……水に飢えた女性冒険者に見つかっては面倒だからだ。




「ふむ……。思った以上に有効かもしれぬな」


 ファジーダイスの代わりに、ポポットワイズに街を飛んでもらった結果、その成果はなかなかのものであった。

 ポポットワイズは、低空を隠れるようにして飛んだ。音もなく、そして目立たずに飛ぶ事が出来るポポットワイズだが、観測者達は見事にその姿を捉えた。そして、各所からの報告によって、ポポットワイズの現在地が判明するという流れだ。

 つまり、ファジーダイスの機動力がミラより高く、術具の追跡を振り切られたとしても、この目視による観測を行う事で、ファジーダイスの正確な位置を把握出来るというわけだ。

 中でも特に、索敵が得意なケット・シーと、弓の名手であるヴァルキリー姉妹の次女エレツィナの観察眼は圧倒的であった。途中から、「ポポット、負けない」と、逃走役のポポットワイズが意地になり出したくらいだ。

 幻影魔法までをも駆使するポポットワイズと、目を凝らすケット・シー、そしてエレツィナの観測対決。それはもう、幻影魔法によって随分と下の方が騒がしくなったほど熾烈を極めた対決だった。

 ただ、ミラはこれについては知らぬ存ぜぬといった態度を貫き通した。そして大騒ぎになる前に、ポポットワイズを送還して何食わぬ顔で作戦の予行演習を終えた。

 なお、ミラは途中で、もしかしたらケット・シーとエレツィナだけで十分だったのではないだろうか、などと考えたが、それは気にしない事にしたようだ。




 そうこうして観測者の配置と、その効果の確認を終えたところで、時刻は六時の少し前。もう少しで所長との約束の時間である。

 実験の結果、街のほぼ全域を観測範囲に出来た事がわかった。しかしながら、街の外に逃げられた場合は難しい。周辺は平地の草原であり、尾行しようにも直ぐに気付かれてしまう恐れが強いからだ。


『いざという時は、お主達が頼りじゃ』


 ミラは、それらを考慮して、ポポットワイズと団員一号をチームとした。動物型の両者なら、それと気づかれにくいと考えたのである。特に団員一号は、闇に紛れる事が得意であり、またポポットワイズも幻影魔法と、その静かな翼によって、夜空に溶け込める。自然のフィールドにおいて、最適な追跡者といえるだろう。


『お任せくださいですにゃ!』


『ポポット、がんばるー』


 そんな頼もしくも愛らしい声が返ってくると、ミラは今一度改めて、『では皆、よろしく頼むぞ』と、全員に伝える。直後アルフィナが応えると、他の者達からも気合の入った返事が続く。

 頼もしい仲間達の声だ。ミラはそれに微笑みながら、所長との合流地点に向かった。




「では一先ず、作戦を確認しておこう」


 合流した後、術士組合の会議室に場所を移すと、所長はそう言ってテーブルにハクストハウゼンの街の地図を広げた。そして、今夜の作戦概要についての再確認を行う。

 ハクストハウゼンの街の全域は、約三キロメートル四方。術士組合から標的のドーレス商会の屋敷までは一キロメートルと少し。そしてドーレス商会の屋敷から教会までは三百メートルほどであり、その教会は屋敷と術士組合の間にある。

 ユリウスは屋敷前に待機して、ファジーダイスの動向を確認。ファジーダイスが屋敷での犯行を終えた後、教会に向かったところで連絡を入れ、術士組合にまで急ぎ戻るという流れだ。

 ミラは連絡の後、ファジーダイスファンを装う女性冒険者達に紛れ、向かいの建物で待機。ファジーダイスが術士組合のベランダに現れたら、『ロックオンM弐型』を使い、マーキングする。これが、今回の作戦の要だ。

 所長は連絡を受けた後、術士組合内で待機。そして怪盗が組合内に侵入すると同時に合図を出して、組合を封鎖するという役割となる。

 しかし、これはいわばパフォーマンスに過ぎない。ファジーダイスは、この封鎖を難なく掻い潜り脱出するであろうと所長は言う。そこで、再びミラの出番だ。マーキングした『ロックオンM弐型』を利用して、ファジーダイスを追跡するのである。

 と、これが所長の立てた作戦概要だ。




「よし、動作に問題はなさそうだな」


 作戦の再確認が済んだ後は、今回使用する術具の確認も行った。その結果は良好。連絡用の術具は問題なく相互に文字のやりとりが出来て、またミラが使う『ロックオンM弐型』も、しっかりとユリウスの居場所を教えてくれていた。


「では、行ってまいりますね」


 一通りの準備を終えたところで、ユリウスは早速持ち場に着くべく、ドーレス商会の屋敷に向かって先に出ていった。

 ミラと所長はといえば、持ち込んだケーキをゆっくり味わってから会議室を後にする。そして廊下を進む途中の事だ。


「おお、そうだ。忘れないうちにこれを渡しておこう」


 所長はそう言って、怪しげなデザインの仮面をミラに差し出した。何でもファジーダイスファンは、皆これを着けて本番で盛り上がるのだそうだ。今回は、そんなファン達の中に紛れ込む作戦であるため、これを着けていた方が、より上手くいくだろうとの事だ。


「ふむ、わかった」


 目元の辺りを覆う作りの仮面。水の都のカーニバルで使われていそうなデザインのそれを受け取ったミラは、早速とばかりに被ってみる。


「どうじゃろう、ファジーダイスファンに見えるかのぅ?」


 ミラがそう言うと、所長は少しだけミラを見つめてから、「どちらかというと、女王感が強くなったな」と笑った。


「それは、どこの女王じゃ……」


 仮面を着けた女王。きっとそれは、頭に『夜の』が付くのではないだろうか。ミラは、そう呆れながらも、ふと隅に置かれた鏡で今の自分を確認してみる。


「わし、小悪魔風」


 ミラは鏡に映った自分の怪しげな可愛らしさに、思わずにやりと笑みを浮かべるのだった。




「更に増えておるのぅ」


 術士組合から出たミラは、その正面の大通りを見回して思わずといった様子で呟いた。


「ああ、いつもの事だ。まだまだ増えるぞ」


 所長もまた、その光景を眺めつつ、そう答えた。

 怪盗ファジーダイスが現れる事が確定している場所。それは、予告状の届いたドーレス商会の屋敷と教会、そして術士組合だ。これらはファンの間では常識であり、それら三ヶ所には特に多くのファンが集まる事になる。

 また加えて、彼女達には、ライバル役である所長とユリウスも人気であった。


「捕まっておるのぅ……」


「あれも、いつもの事だ……」


 見ると、先に出ていったはずのユリウスが、ファン達に囲まれているではないか。そして何やら応援されていた。困難に挑み続ける探偵助手の美青年というのは、ライバルとして、また男としても魅力的に映るようだ。

 なお、やがて所長も見つかると、彼にもファジーダイスファン達が集まってきた。彼女達は、渋い大人の男に惹かれるタイプのようだ。

 その結果、ミラは完全に蚊帳の外となっていた。


(昔のわしなら……昔のわしならきっと……)


 渋さと威厳、そして強さを兼ね備えたダンブルフ時代。ミラは、いないものとして外へ外へと追いやられながら、かつての時代に想いを馳せるのであった。




 ユリウスと所長がファジーダイスのファンにチヤホヤされる中、放置されたミラは、先に組合の向かい側に建つ店の前にまでやってきていた。ファジーダイスを狙うために、ベランダを貸してもらう事になっている店だ。


「あ、来た来た」


 そこには既に、今作戦に協力してくれる三人の女性冒険者が揃っていた。また、彼女達とは昨日に面通しをした際、自己紹介済みだ。剣士であり、鎧姿に剣を帯びているのが、ニナ。ローブを着ている一人は、魔術士のミナ、もう一人は死霊術士のナナだ。


「あれ? 所長さんは?」


 ミラが合流するなり、ニナがそう口にする。


「あそこじゃよ」


 ミラはその質問に答えながら、視線で場所を指し示してみせた。大通りの中ほどにある、人だかりを。


「あらー、そっかー。所長さんも人気だからねぇ」


 どうやらファジーダイスファンには、所長達も人気だという事は周知の事実らしい。納得したように言った女性は、暫く待つしかないと笑った。


「ところで、昨日会った時に聞きそびれちゃったんだけど……ですけど、君……えっと、貴女……貴女様? って、精霊女王さん、ですよね?」


 ふと、何やら他の二人にせっつかれるようにして、ローブ姿のミナがそう訊いてきた。しかしその態度は、どこか探るようでいて距離感を掴めないといった様子だった。とはいえ、それも仕方がないのかもしれない。ミラの見た目からして明らかに年下だが、噂に名高い精霊女王本人ならば、そのランクはA。対して彼女達は全員がCだ。冒険者の彼女からしてみれば、精霊女王は格上の存在になる。掴み辛いのも無理はないだろう。


「あー、うむ。そうじゃな。何やら、そう呼ばれておるのぅ」


 そう確認されるのはもう慣れたものだといった様子で、ミラはちょっと得意げに肯定した。すると、途端に三人の表情が明るくなった。


「やっぱりそうだったん、ですね! うちのグループのザックがお世話になりまして。しかも、あんな貴重なものまで頂いて。ありがとうございました」


 ニナが、突如そんな事を言って頭を下げた。すると、それに続くようにして他の二人も、感謝の言葉を続ける。

 はて、何の事だろうか。僅かに首を傾げたミラだったが、少し考えたところで何となく心当たりに行き着いた。誰かに何かをあげたといえば、二日前に精霊結晶をあげた男くらいだと。


「ああー、もしやお主達は、あの屋根の上にいた男の仲間じゃったか?」


 ミラが心当たりを口にしたところ、どうやらそれで正解だったようだ。彼女達は、「そいつです」と頷いて再び感謝の言葉と共に、それがどれだけ嬉しかったかを話し始めた。

 何でも彼女達は四姉妹であり、ここにいる三人の他にもう一人、年の離れた妹がいるそうだ。

 十歳になったその妹は、術士の才能があるという事で、半年前に適性検査を受けた。

 妹は前々から言っていたという。聖術士になって、立派な冒険者である姉達の役に立ちたいのだと。

 しかし検査によって判明したのは、適性が召喚術士のみであるという事実。召喚術士といえば、とば口に立つ事すら難しく、才能が召喚術士のみとなった者は、そのほとんどが冒険者になる事を諦めるとされる最難関の術種。それが世間一般の認識だった。

 妹も例に漏れず、その結果に絶望し、ふさぎ込んでしまったという。

 そんな時に颯爽と現れたのが精霊女王なのだと彼女は興奮気味に語った。

 召喚術士でありながらAランクで、遠い地の噂が届いてくるほどに活躍した冒険者。それは妹にとって、正に希望であったようだ。

 召喚術士でも、有名になるほどの活躍が出来る。きっと、姉達の役に立つ事だって出来る。そう彼女達の妹は奮起したそうだ。


「それから身体を鍛えたり、召喚術の勉強を始めたりしたんですけど……。勉強をすればするほど、その難しさと教材の少なさがわかり、また落ち込んでしまいまして」


 そう口にして苦笑してみせたニナだったが、そこで表情を輝かせ「そんな時に、本物がやってきたんですよ」と続け、ミラを真っ直ぐと見つめた。

 希望が見えたと思ったら、それは手が届かないほどの高みにあった。そうして落ち込んでいたところに、一度は奮起させる要因となった張本人が街に来たという噂が流れてきた。

 そして、かの精霊女王が水の精霊の有用性を大いに語り、また契約までの道筋を詳細に教えてくれたというではないか。

 ニナ達は妹のため、急いでその要となる精霊結晶の確保に動いたそうだ。しかし時すでに遅く、もとより数の少なかったそれは、あっという間に市場から姿を消していたとの事だった。

 そんなこんなで落ち込んでいたところ、今度は水の精霊が街にやってきているという噂が流れてきた。

 妹のため、ニナ達は街を探し回る。と、そんな中でグループの仲間であるザックが、精霊女王本人と遭遇。しかも、その本人から精霊結晶を譲ってもらったという事で、妹が今まで見た事がないほど喜んだそうだ。

 しかも、それだけでは終わらない。探偵の所長から受けた緊急の依頼に来てみると、何と話に聞いていた精霊女王がいるではないか。


「何だかもう、これはきっと何かが後押ししてくれているのかなって、思いまして……」


 色々と語った後、ふとそんな言葉を口にしたニナは、ミナとナナに目配せをする。そして、姿勢を正してミラに向かい合う。


「あの、こんなところでこんな事をお願いするのも何ですが……少しだけでもいいんです。妹に召喚術の事を教えてあげては頂けないでしょうか?」


 ニナがそう言うと、三人は揃って頭を下げた。ニナ達は昨日の夜に、こうすると決めていたようだ。何よりも妹のために。

 通り名持ちのAランク冒険者というのは、低ランクの同業者達にとって、それこそ雲上人にも匹敵する存在だ。そんな相手に家庭教師のような事を頼むなど、きっと他の冒険者達がこの場にいたら、何を馬鹿な事をと笑ったかもしれない。場合によっては、Aランクの冒険者様を困らせるなと怒られたかもしれない。

 それほどまでに、ニナ達の言葉は場違いであった。しかしニナ達も、それはわかっていた。だがそれでも妹のため、願わずにはいられなかったのだ。


「うむ、構わぬぞ」


 考えて考えて、悩んで悩んで、頼んでみようと決めたニナ達の言葉に、ミラは即答した。妹を想う姉達の気持ちが強く伝わってきたという事もあるが、何よりも召喚術の事となればミラは即決だ。

 召喚術で躓いてしまっている妹に、召喚術のイロハを教える。ミラにとってみれば当たり前の事であり、また今は、もう一つの想いもあった。それは、ブルースの存在だ。ミラ以外にも召喚術の普及のために尽力しているブルース。まだ見知らぬ誰かだが心強い同志の存在を得て、ミラのやる気はいつも以上に高まっていたのである。


「あ……ありがとうございます!」


 余りにも早いミラの返事に、ニナ達は一瞬だけ呆然としたが、すぐさま畏まり口々に礼を述べた。対してミラは、良い良いとばかりに頷き返す。


(少しずつじゃが、召喚術の波が来始めているとみても良さそうじゃな!)


 一度は召喚術士としての未来に絶望していた少女が、精霊女王の活躍、そして布教活動によって、再びその道を歩み始めた。

 存在が誰かの希望になる。そして希望を与えられる。これまでしてきた事が、確かな実を結んだ。

 それを実感したミラは、特に今回の手応えを噛みしめながら、ご機嫌に笑うのだった。







最近、ふと気づきました。

そういえば、胃酸が込み上げてくるような感覚が最近は無いな、と。

もしかしたら、胃酸過多が落ち着いてきたのかもしれません……!


という事とで久しぶりに、チョコを買ってきちゃいました。

半年ぶり? くらいになるチョコは、とっても美味しかったです!

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― 新着の感想 ―
その娘を弟子にしたら、公的には賢者の孫弟子になっちゃいますよ(笑) 王国の学園に入れるように紹介状を書くとか、色々な方法もありますよね。
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