141 軍勢
百四十一
鉄の扉を抜け、階段を駆け上がり、ミラとカグラはやがて次のフロアに到着した。
その直後だ。急に視界が紅蓮に染まり、耳をつんざくような爆音が大気を震わせた。
一斉砲火である。超重装の男が破られれば、ミラ達は必ず入り口から姿を現す。細い通路と狭い出入り口。そこを狙うのは常套手段だろう。
「なんともまた、随分な歓迎振りじゃのぅ」
「これが話しにあった、常駐戦力ってわけね」
しかし、ミラとカグラは何事も無かったかのように、未だ立ち込める黒煙を振り払い歩み出た。そして晴れた空間を悠々と見回し、そこに立ち並ぶ敵戦力を一瞥する。
そのフロアは、金属製の床と壁で囲われていた。軽く見積もっても五百メートル四方は超える程の広さがあり、そこに揃えられた戦力は、正にキメラクローゼンという組織の巨大さを物語るに相応しいものであった。言ってみれば、ドーム球場よりも大きな空間に、見渡す限りのストルワートドール──戦闘用に改修された魔導人形が完全武装で並んでいるのだ。加えて先頭にはその部隊を率い、立ちはだかるように構えるグレゴリウスの姿もあった。
「どうやら、わしの出番のようじゃな」
ゆうに千を超える敵兵力を見回したミラは、一歩二歩と前に出ながら薄っすらと笑みを浮かべる。そして、ここぞとばかりに、
「ここはわしに任せて、お主は先に行け!」
と、清清しいまでの決め顔で言い放った。
一度は言ってみたいセリフ、憧れるシチュエーション、その上位にランクインするだろう定番の一幕である。どうやら同じ事をしたセロを見て、ミラもまたそのタイミングを狙っていたようだ。そんな時に、九賢者の中で自身が一番の適任となる戦場が目の前に広がっていた。
目には目を。相手が大量の兵力を揃えてきたのなら、『軍勢』の二つ名を持つダンブルフ、もといミラの出番である。数の暴力こそがミラの真骨頂なのだから、正に絶好の決め所だ。
「うん、分かった」
ミラの心持については置いておき、戦術的な視点でその事を重々承知しているカグラは、微塵の間も置かずこの場をミラに託すとピー助に乗って戦場の上を突っ切った。
しかし、それを易々と見逃すような相手ではない。グレゴリウスが上に手を向けると同時、魔導人形達がカグラに向けて炎を放つ。
千を超える火線が一点に殺到し衝突すると途端に弾け、紅蓮の焔を撒き散らし爆音を轟かせた。
「火力は中々のものじゃな」
大気が震え、微かな熱が堂々と佇むミラの頬を撫でていく。
そうして静けさを取り戻した上空。
「なんだと……?」
そこを見上げ、グレゴリウスは驚きの声をあげる。ピー助に乗っていたはずのカグラの姿が、炎と共に消え去っていたからだ。魔導人形の攻撃は相当な威力であったが、流石に人一人を跡形も無く焼き尽くせる程ではない。その事を誰よりも理解しているグレゴリウスは、一つの可能性に気付き、鋭く周囲に目を走らせた。
「じゃあ、あとはよろしくねー」
グレゴリウスの背後、ミラが立つ入り口の向かい側、次のフロアへ続く階段の前にその姿はあった。
五体満足で元気に手を振るカグラは、そのまま踵を返し階段を駆け上がっていく。
(任せろと言った次に、妨害してくる敵の攻撃を防ぐまでがお約束なのじゃがな……。わざわざ偽物を護るのも馬鹿らしいわい。まったく、消化不良じゃのぅ)
ピー助に乗って空を飛んでいったカグラは、陰陽術で作った偽物だった。初めからその事に気付いていたミラは、無言のまま手を振り返し、ふっとため息を一つもらす。
「まあ、それはともかく。ここからは、わしの仕事じゃな」
ミラは周囲に目配せしながら、グレゴリウスに向けて歩き出す。グレゴリウスもまた奥の階段に向けて舌打ちしたあと、どこか八つ当たり気味の目をミラに向け一歩ずつ踏み込んでいく。
彼我の距離が縮み、やがて術士にとっての適正距離で両者は足を止めた。その距離、約十メートル。近くで見る魔導人形の大軍は相当な迫力で、ミラはかつて身をおいていた仮想の戦場を思い出す。
(不思議なものじゃな。ゲームではなく現実じゃというに、まるであの頃に戻ったような気分じゃ)
ミラは、目の前に広がる光景に興奮を感じていた。戦意が高まり、集中力が増す。そんな感覚が内から溢れてくるようだった。
「この数を前にして、なお一人でここに残るか。相当な自信が窺える。だが、この戦力差をどうするつもりだ。あの天馬や黒い騎士を召喚したところで覆るようなものではないぞ」
ミラの実力をいやというほどに思い知っているグレゴリウスは、まるで探るような眼差しでそう口にした。今は千を超える兵力に対し、ミラが単騎で相対している状態だ。召喚術士なら、幾らかその差を埋める事も出来るだろう。しかし、精霊武具で完全武装した魔導人形は、それだけで一般兵の数倍の戦力となる。それが千単位で待ち構えているのだ。容易に崩せる戦況ではない。
「まあ、そうじゃな。数の差というものは、そう易々と覆せぬものじゃ。一体二体召喚したところで、この状況では物量に押し潰されるじゃろう」
ミラとしても、一人でこれだけの数を相手にするのは骨が折れる。一騎当千の絶対的な力をもって数千数万の敵を薙ぎ払う英雄など、それこそ物語の中だけの存在であると、ミラは理解していた。その答えに至ったのが、そもそもこの世界での経験に基づいた結果というのが、またおかしな話だ。
「しかし数というのは、わしが最も得意とする勝負でのぅ」
たとえ今が物語の中のような世界だとしても、認識は変わらない。絶対的な数の暴力。これに勝るものはないと。だからこそミラは、ダンブルフという英雄は、『軍勢』という二つ名で呼ばれる事になったのだ。
「準備はとうに整っておる。折角じゃ、召喚術の真の力、しかとその目に焼き付けるとよい」
そう口にしたミラの目が、不意に色を変える。どこまでも続く深緑、そして彼方まで透き通るような蒼が瞳に浮かんでいた。
【瞳術:仙呪眼】
それは、自然界に存在するマナを自身のものとして利用する、仙術士の奥義。ミラは、召喚術士としての力と仙術士としての力を合わせる事で、『軍勢』を生み出す術を確立したのだ。
【召喚術:ダークナイト】
無尽蔵に供給されるマナを惜しみなく注ぎ、ミラは初歩の召喚術を発動する。
現れた魔法陣は暗く光る穴となり、底の方から大柄な黒の騎士がせり上がる。黒い炎を思わせる揺らぎがその全身を覆い、空虚な目には赤い二つの光が宿っていた。
一体……二体、十体……二十体、百体……二百体。魔法陣は、まるで連鎖するかのようにその数を増やし、全てからダークナイトを生み出していく。
ほんの数秒だった。それだけの短時間で、千体ものダークナイトがミラの背後に立ち並んだ。
「ばかな……」
絶対的な数の優位。それをあっという間に失ったグレゴリウスは、驚愕をその顔に貼り付け、目の前に広がるダークナイトの軍勢に絶句する。グレゴリウスは、ミラの実力をそれなりに把握している気でいた。
侮れない、油断は出来ない。だからこそ今回、これだけの兵力を一箇所に集めて待ち構えていたのだ。
どれだけ強いといっても相手は術士。マナが尽きれば、その戦力は著しく低下する。魔導人形はそれを削るための頭数だった。
しかしミラは、軽々とその上をいく。現状から推察して、マナの枯渇は期待出来ないだろうとグレゴリウスは悟る。
そして同時に、グレゴリウスは一つの英雄譚を思い出していた。九賢者ダンブルフが得意とした、軍勢の一節。曰く、それはまるで群を成す死神のようだったと。
(これは……間に合わないか……。いや、もうすぐだ。あれは死神ではない。あと十分経てば、俺の勝ちだ)
九賢者ダンブルフなど、今となっては物語の中の人物。悪い妄想を髣髴とさせる光景に目を瞑り、湧き上がる焦燥を抑え、グレゴリウスは静かにミラを睨みつけた。
「ふむ、練習どおり、ばっちりじゃな」
ちらりと振り返ったミラは、居並ぶダークナイトを一望してから満足そうにそう呟く。キメラクローゼンとの総力戦に備え、ミラはある練習をしていた。ダークナイトが手にする得物。それを召喚時点で、聖剣サンクティアに換装するというものである。
鬼の呪いを秘めた武器は、武具精霊であるダークナイトにとっても天敵のようなものだ。しかし、精霊王の力を秘めた聖剣サンクティアには、その呪いに抗える力がある。
相手が使う黒霧石の武具を、最低でも防ぐ手段にはなるだろう。そうミラは考えたのだ。
結果、召喚された千体のダークナイトは、その全てが聖剣を手にするに至る。その戦力は、かつての軍勢すらも凌駕するほどだ。
そうして軍勢と大軍の睨み合いが暫く続いたあとの事。戦いはグレゴリウスの先制から始まった。魔導人形が、またも一斉に炎を放ったのだ。それはミラだけでなく軍勢全てに降り注ぐ大砲火で、そこは瞬く間に激戦地と化した。
「千を超えると、ただの火線も相当じゃのぅ」
素早くホーリーナイトを召喚し、その背後に身を隠したミラは隙間から顔を覗かせ、視界一杯を埋め尽くさんばかりに殺到する炎を見つめる。大火炎にさらされたダークナイトは、聖剣でもって炎を振り払い、静かに時を待つ。
僅かに炎の切れ目が見えた。直後にミラはホーリーナイトの背から飛び出し、大きく両足を広げ重心を低く構えた。
「反撃開始といこうかのぅ」
【仙術・相伝:十六夜風車】
力強く前方に突き出されたミラの右腕から、けたたましい唸りを上げて、暴風が吹き出した。それは途端に集束し旋回を始め竜巻となり、続けて降り注ぐ炎諸共、魔導人形達のど真ん中を貫いた。
「またきたか!」
猛烈な風の渦に巻き込まれながらも、グレゴリウスは黒い杖でそれを防ぎ、耐える。一度敗北に追いやられた術だ。対策を用意していたのだろう。しかし、魔導人形にまでは及ばず、百に近い数が今の一撃でガラクタと化した。
そして、降り注ぐ炎が疎らになる。それを確認したミラは、術の反動を受けた右腕を薬で治癒すると、いよいよその号令を下した。
「突撃じゃー!」
同時、轟音と地響きをあげながら、千にも及ぶ黒い軍勢が一気に飛び出す。それを迎え撃つようにして、魔導人形もその手に剣と盾を携え駆け出した。
戦場の中ほど、ミラの軍勢がグレゴリウスの兵と衝突する。途端に、爆音のような衝撃を響かせて、無残に千切れた魔導人形が宙を舞った。
「想像以上じゃな……」
聖剣サンクティアという特上の武器を振るうダークナイトは、これまで以上の力を発揮し、敵兵を葬っていく。その様はミラの目から見ても相当であり、より強固になった軍勢の姿にミラは薄っすらほくそ笑んだ。
だが、相手は精霊の力で強化された魔導人形。そして、あのキメラクローゼンが手を加えた代物である。一筋縄では終わらない。
瞬間、閃光が奔る。それは、いつか見た狂気の光であった。
(この人形全てに、精霊爆弾とやらが仕込まれておるというのか……。しかも、巻き込まれた敵に被害はないと。ふーむ、どういうカラクリじゃろうな)
その光を目にして、ミラは即座に状況の把握を開始した。
爆発自体は以前見たものより小規模で、半径は五メートルにも満たない。しかし、精霊という脅威の力を秘めたそれは、ダークナイトの装甲を悉く吹き飛ばすだけの威力があった。それでいて、傍にいた別の魔導人形に被害はない。
倒れても尚敵を討つ。正に人形らしく、効率のよい戦い方だ。
「ふむ、やりおるわ」
それを見回しながら昔見た戦場を思い出し、ミラは口端を吊り上げる。かつてはゲームだったその戦場。不思議と、それが今と変わらないようにミラは感じていた。しかし、その感情に気付く事はなく、ミラはただその熱に身を委ねていく。
「なるほどのぅ……。部隊によって違うという事じゃな」
ミラの目は、鋭く状況を分析していた。見れば、魔導人形は幾つかの部隊に分かれている。そして隣り合う部隊同士、爆発に巻き込まれた魔導人形が蒸発するという決定的場面をミラは目撃した。
それぞれが同種の精霊力を利用した爆弾を内蔵し、同時にそれを防ぐ精霊武具を身に着けているのである。だからこそ、同種ではない別の部隊の爆弾は防げない。
根本の仕組みまで見抜いたわけではないが、違いに気付いたミラは早速とばかりに軍勢を動かし、敵の隊列を乱す戦法をとった。
「気付かれたか……」
乱戦となり、精霊爆弾による被害がグレゴリウスの軍にも拡大し始めた。状況を確認したグレゴリウスは小さく舌打ちすると、懐中時計を見つめ「まだか……」と呟く。
「第二を実行するか」
精霊爆弾による一撃がなければ、個の戦力で劣る魔導人形は減る一方だ。それをよく理解しているグレゴリウスは、即座に次の指示を下した。
ミラの作戦通り、魔導人形の自爆が止まる。純粋なぶつかり合いでも精霊武具で完全武装した魔導人形の戦力は確かなもので、多少なりともミラの軍勢には被害が出ていた。
しかしそれは、言ってみるなら誤差の範囲。軍勢が敵を殲滅するのも時間の問題だろう。
それでも、まだ終わらない。再びグレゴリウスに動きがあった。グレゴリウスが杖を掲げると、広大な広間の左右にある金属の壁が、突如として開き始めたのだ。
「なんと、まだこれだけの兵力を隠しておったか」
開いた壁の向こう側。そこに待機していた魔導人形の全てが起き上がる。その数は、三千に届くだろうか。完全武装の魔導人形は、起動するなり一斉に駆け出した。
ミラを包囲するかのように広がり押し寄せる魔導人形。個の能力はダークナイトが勝る。しかし数の差は軽く四倍。いかに軍勢を操ろうとも、取り囲まれては、一人でその全てを把握し対応するのは至難の業だ。
「あの頃を思い出すのぅ」
数に勝るとは、それだけで有利となる。しかし、軍勢の二つ名を持つミラにとって、その点もまた抜かりはなかった。
『祈りなき月下の葬列。骸なき剣の墓標。
導き手は空より舞いし、極彩色の天使い』
ロザリオの召喚陣を二つ並べると、戦場の只中にありながら、ミラは朗々と言葉を紡ぎ始めた。
その声はよく響き、グレゴリウスの耳にも届く。
「これは詠唱!? 絶対に止めろ!」
グレゴリウスが杖を振りかざすと、ダークナイトと交戦していた魔導人形達が一斉にその矛先を変える。
『永劫輪廻を外れし御霊を、修羅へ誘う戦の乙女。
響く剣戟は葬曲を奏で、天の原へと虹を架ける』
同時に放たれた火線がミラに降り注ぐ。しかし、その大半は即座に反応したダークナイト達が聖剣で打ち落とし、残りもまたミラの傍に佇むホーリーナイトが、その塔盾でもって受けきった。
しかし、グレゴリウスの妨害はまだ終わらない。魔導人形達が仲間の人形をミラに向けて次々と放り投げたのだ。
十に近い数の魔導人形が一直線に飛来する。それらは瞬く間に崩壊を始め、内蔵された精霊爆弾に火をつけた。
直後、ダークナイト達が、迎撃するように鋭く跳躍し魔導人形を捕まえる。そしてミラまで届く前に、魔導人形ごと中空へ跳び上がり、眩い閃光と爆音を響かせ散っていった。
「くそっ!」
ダークナイトとホーリーナイトによる護りは厚く、ミラの詠唱を妨害出来ない。ミラの実力を思い知った今だからこそ、グレゴリウスは詠唱を止めたかった。
しかし、それは全て失敗に終わる。
『夜天を越えて降臨せん、七色纏う選定者達よ』
【召喚術:ヴァルキリーシスターズ】
ミラが紡いだ一言一句に呼応して、虹色に染まっていった魔法陣。それは、全ての詠唱をもって一つの意味が成された時、空間を繋ぐ門となった。
一際輝きだした魔法陣。そこからヴァルキリー姉妹の長女、アルフィナが舞い降りる。風のようにふわりと揺れるきめ細かい碧の長髪。紺碧の軽鎧にガントレット、そしてグリーブ。一目で特別と分かる神々しさを纏う戦乙女。
その存在感は圧倒的で、グレゴリウスは呼吸も忘れて息を呑む。
しかし、召喚はそれだけでは終わらなかった。アルフィナに続き、次女、三女と次々に魔法陣から現れたのだ。
そして最後の一人、七女のクリスティナが降り立つと魔法陣は役目を終えたとばかりに霧散していった。
「我ら七姉妹、召喚に従い参上いたしました」
アルフィナが一歩前に出ると姉妹達はその後ろに並ぶ。そして彼女達は同時に跪いた。細部は違うものの、姉妹達が纏う武具は揃いのものであり、加えて誰もが美しく気高い気品に溢れていた。
「うむ、久しいなアルフィナ。そして皆も元気そうでなによりじゃ」
高潔な戦乙女の姉妹。彼女等を従えるミラ。その様子は正に王と臣下を彷彿とさせるものであった。そして、ミラという存在がどれほどのものかを言葉なく物語っている。
グレゴリウスは、その光景に呆然とし言葉を失っていた。神の使徒を従える存在など、それは本当に人なのかと。
しかし今、一番重要なのは、それらを相手にして勝つ方法である。
ヴァルキリー姉妹の登場で、戦況はグレゴリウスにとって明らかに不利となった。それでもなお、グレゴリウスの顔に諦念の色は見られない。あるのはただ驚嘆だけであり勝利が揺らぐ事は無いと心の底から確信しているようだ。
その確信の源である何かの時間を待つように、手の中にある懐中時計にちらりと目を向けたグレゴリウスは、「あと少しだ」と呟き、にやりと微笑んだ。
さて、ここで一つ、ご報告がございます。
なんと、このたび!
一人鍋用の調理器、ポットデュオを購入しちゃいました!!
しかも、カリテ? とかいう上位種です!
いやはや、数多くの情報をありがとうございました。
今年の目標のつもりでしたが、皆様方の言葉を聞いているうちに、辛抱たまらなくなってしまったのです。
なので次は、教えていただいた、レシピの再現を目標とさせていただきます!
コストとの戦いが始まるのです!




