120 ヘビの特技
百二十
警備に気付かれる事も無く屋敷をあとにしたミラ達は、そのまま住宅地に出ると屋根の上に飛び乗って、宿までの最短距離を駆け抜ける。速度重視なためか時折静寂効果の範囲から漏れる事もあったが、ミラ達は気にせず、ただただ急いだ。
そうして十分ほどで宿に帰り着くと、今度は静寂の範囲から漏れないよう注意して、サソリとヘビが拠点にしている部屋の前まで移動する。
「静かじゃな」
「間に合った、のかな?」
ミラとサソリは、部屋の中の様子を窺うように扉に張り付き耳をそばだてる。ミレーヌの怪しいマスクを目印に、追っ手が向かっているという話だったが、どうにもその気配がない。
「その逆かもしれんぞ」
ミラは、《生体感知》で室内にヘビとミレーヌの二人以上の反応を感じていた。なので、考えられるもう一つの状況を口にする。全ての事が済んだあとではないかと。
ミラとサソリは戦闘準備を整えると頷き合い、一気に扉を開け放つ。そして完全隠蔽の効果に任せて部屋に飛び込み、状況を確認した。
「これはなんとも」
「間に合っては、なかったね」
二人は、荒れた部屋を見回してそう呟いた。壊れているものはない。だが室内は、まるで猫二十匹ほどが大暴れたような状態になっていた。
そう、二人が着くよりも前に、追っ手はここを襲撃していたのだ。
急いで帰ったが、ミラとサソリは間に合わなかった。間に合わなかったが、特に問題もなかった。
ところどころが解れた絨毯の上に、黒装束の男が二人転がっていた。しかも良く見れば、ヨハンの屋敷にいた見張りに似ている。
その二人は見事に縛り上げられており、猿轡まで噛まされた状態だ。内一人は意識がないのか身動き一つしない。そしてもう一人はといえばミミズのようにのた打ち回っている。見ればその傍には、冷笑を浮かべ、工具のようなものをテーブルに並べているヘビの姿があった。
「やっぱりこうなっちゃってたかー」
床に転がった二人の男を一瞥したサソリは、どことなく艶やかな顔をしたヘビを見て苦笑する。どうやらこの状況は、サソリにとって予想の範疇だったようだ。
「心配は要らなかったのぅ」
キメラクローゼンの息が濃い場所であるため、幹部クラスが来ているのではと考えていたミラは、明らかに平凡な追っ手の姿にため息を漏らす。
そして改めて見れば、ヘビはミラ達が出る前の、タンクトップとホットパンツという格好のままであった。戦闘後とは思えないほどのラフさだ。
反対にミレーヌは、しっかりと服を着せられベッドの上に大人しく座っていた。ただどうしたのか、その顔が随分と赤く染まっているように見える。
「なにやら、賑やかになっておるのぅ」
完全隠蔽を解いて、ミラはそう声をかける。すると同時に、ミレーヌが小さく悲鳴をあげた。突然目の前にミラとサソリ、そしてワーズランベールが姿を現したのだ、驚くのも無理はないだろう。
だがヘビはといえば、一度思いっきり驚かされたからか耐性がついたらしい。ミレーヌのように飛び跳ねる事はなく落ち着いた様子でまずサソリを一睨みする。そのあとミラに顔を向けて小さく頷き返し、横たわる追っ手の首元に素足を乗せた。どことなく、扇情的な光景だ。
「これが窓から侵入してきた。目的を吐かせるから少し待って」
どう見ても非人道的な金属具を手にしたヘビは、そう簡潔に言って足に力を込める。すると一層、男はもがき呻いて激しく首を振り回す。
「一人目は、よく訓練されていて、なにも話さなかった。だから今度は、もっと強く」
ヘビが冷ややかな視線を床に転がる男に向ける。同時に男はその動きを止めヘビを見つめ返し、何かを訴えるように言葉にならない声をあげる。
「そやつらの目的じゃが、多分これじゃろう」
流石に哀れすぎるだろうか。そう感じたものの、キメラクローゼンの関係者ならどうでもいいと思ったミラ。だが、目的は分かっているのでヘビに面倒をかける必要もまたないだろう。
ミラは、ベッドの隅に転がっていた怪しいマスクを拾い上げ、ミレーヌの師匠ヨハンがいる屋敷での出来事を掻い摘んで話した。
ミレーヌの師匠は確かに、キメラクローゼンと繋がっていた。だがそれは妻と娘を人質にとられ、協力を強要されていたからである。そしてその妻と娘を救出する事を条件に、協力の約束をとりつける事に成功した。
だが救出に行く前、弟子ミレーヌのマスクに探知の術がかかっていると聞かされる。それはミレーヌに予定外の動きがあった時、追跡者を向かわせるためのものだと。
そこまで説明すると静かだったミレーヌが、驚きの声をあげた。だがそれは、マスクに術がかけられていた事にではない。ヨハンの妻と娘についてだ。
ミレーヌが言うには、師匠ヨハンの娘アンネがオズシュタインの学校に通う事になり、心配なので妻も付いていったと、そう聞いていたようだった。
そしてその事情は、セントポリーまでの錬金素材の買出しから帰ってきた時に聞かされたという。なので、お見送りは出来なかったと。
「その時、屋敷にいたら巻き込まれてたかもしれなかったね」
「はい」
サソリが言うと、ミレーヌは消え入りそうな声でそう頷いた。
「そういった理由で急ぎ戻って来たという訳じゃが、まあ、心配は無用じゃったな」
ミラは手にしたマスクをベッドの上に放り投げる。そして見事に縛り上げられた追跡者を見下ろしながら苦笑して締め括った。
「なるほど。つまりこの二人は彼女を狙った追跡者」
ヘビが納得した様子で金属棒をテーブルに戻すと、猿轡の男は肯定を示すように何度も頷いてみせる。だが次の瞬間、また激しくもがき始めた。ヘビが黒々とした、いかにもな鋏を手に取ったからだろう。
「そろそろ取ってあげたら? もう充分そうだよ」
必死に悶える男を見下ろしたサソリは、強調するよう口元を示す。それを受けたヘビは鋏をしゃきりと鳴らし小さく頷き、冷たい瞳で男を見据えた。すると男は射竦められたように押し黙り、だが直後、懇願するかのように何度も首を縦に振る。
「そうみたい」
その姿で完全に降伏したと判断したヘビは、ぽつりとそう呟き屈みこんで、男の口に噛ませた猿轡を外した。
「知ってる事なら何でも話す! 必要なら何だって渡す! だから、頼むから勘弁してくれー!」
いったいミラ達が戻る前に何があったのだろうか、男の第一声は余りにも悲痛な叫びだった。しかし、それを言い切った直後、男の口に再び轡が突っ込まれる。そしてヘビが一言「うるさい、静かに」と口にして、鋏を突きつけた。
男は、その鋏をじっと見つめたまま、一度だけゆっくり頷き答える。
「大人しそうに見えたが、随分とアレじゃのぅ……」
ミラは薄着なヘビの女王様ぶりに若干興奮しつつも、普段との違いに驚く。
「昔は、尋問とか苦手だったみたいなんだけどねぇ……」
サソリはそう言うと、少しだけ語った。
出会ったばかりの頃のヘビは、見た目どおり淡白な性格だったという。だが社交性がないかというとそうでもなく、話を良く聞き良く吸収する、一種の天才だそうだ。
そして任務上、尋問が必要になった時、その知識の無かったヘビは専門家に任せたらしい。
そしてその時の専門家による、尋問のあれこれが色々問題だったのだと、サソリはどこか遠くを見つめて笑う。
ヘビは、それで興味を持ったようで、更にその後、様々な尋問方法を習得して今の形に落ち着いたのだという。
(尋問と言うより、そういうプレイに見えるのは気のせいじゃろうか……)
話の途中、ちらりとヘビの方に顔を向けたミラは、ヘビに素足で踏まれながら『決して貴女には逆らいません』と宣誓させられている男を遠い目で見つめ、「変態がおる」と苦笑する。
続く説明では、捕虜が二人居た場合、ヘビは猿轡をしたまま一人を見せしめにするらしい。とはいえ、非人道的な事はしていないという。テーブルに並べた道具は見せるためだけのもので、幾らか声をあげさせたあと、薬で意識を刈り取るそうだ。
ただサソリは、どうやって見せしめに声をあげさせるのかまでは頑なに口にしなかった。ただ一言頬を赤く染めて、ヘビは凄いテクニシャンなのだと呟いただけである。
「一先ず、場所は変えた方が良いかもしれんのぅ」
サソリからヘビの小話を聞き終わった頃、丁度、黒装束の男の奴隷宣言も終わり、ミラは気持ちも切り替えるようにそう口にした。
なにはともあれ、心配していた追跡者による被害はなく、それどころか情報源になりそうな人員を二人も確保出来た。だからこそじっくりと聞き出したいところだが、この場所は既に相手方にも把握されているだろう。なので更に人員が送られてくる前に、場所を移す必要があるのだ。
「そうしよっか。聞き出す事は沢山あるだろうし」
眠りこけたままの男を一瞥したサソリは、「うわぁ……」と小さく口端を引き攣らせたあと、そう言ってそっと後ずさる。
「なら、王様の隠れ家に移しておく。ミラさん達は、親子の救出」
そう簡潔に口にしたヘビは、死霊術で人型のゴーレムを作り出す。するとそのゴーレムは眠っている男をその手で掴み、大きく開いた頭部の穴に放り込んだ。もう一人の男はといえば、震えながらそのゴーレムを見上げている。
「ただの運搬用。大人しくして」
ヘビがそう一言かけると、男はぴしりと背筋を伸ばし「はい、大人しくします!」と、声高々に返事をする。見事な隷属っぷりであった。
そうして奴隷男がゴーレムの中に放り込まれたあと、
「中と外、どっち?」
と、ヘビはゴーレムと共にミレーヌの前に立って、そう短く問う。これもまた簡潔、というより主体のない言葉で、把握には多少の時間を要しただろう。事実、ミレーヌは何か勘違いしたようで顔を赤らめた。
「そ、外で! お願いします……」
そう強く答えたミレーヌに、ヘビは「分かった」と小さく頷く。そして命令を受けたゴーレムがミレーヌをその腕で抱き上げると、ヘビは鞄を手にしてからゴーレムの背に乗り込んだ。
「あ、外ってこういう事……」
ゴーレムの中か、外か。その意に気付いたミレーヌは、沸騰したように顔を赤くして、恥ずかしそうにゴーレムの腕の中で丸くなった。
「こっちは任せて」
「うむ、頼んだ」
準備が整ったヘビを見上げ、ミラは力強く見つめ返す。それを受けたヘビは頷き答え、悠然と窓から飛び出していった。
「じゃあ、私達も助けに行こうか!」
ヘビを見送ったあと、手早くカバンを手に取ったサソリは、そう言ってベランダに飛び出していく。そんなサソリの後ろ姿に向けてミラは、
「この部屋の惨状は、このままでよいのか?」
と、口にした。ここは宿の一室、つまりは借りた部屋である。流石に荒らしたままとんずらするわけにもいかないだろうと、ミラは真面目な一面を見せたのだ。
「……だよねぇ」
動きを止めたサソリは、そう呟き肩を落とす。どうやら気付かぬ振りをして、勢いのまま無かった事にするつもりだったようである。
追跡者が来た事からして、この宿はもう敵側に察知されているため拠点には使えない。出たらもう戻る予定はないので、そのままにしていった方が早いだろう。宿にとっては迷惑な話だが、そもそも襲撃してきた相手が悪いともいえる。とはいえそれはこちらの都合であり、宿にとっては部屋が荒らされたというのが全てだ。
サソリも当然、それは分かっていたようで、決めたら行動は早い。直ぐエントランスに向かっていった。
ミラは生体感知を使い、隠れている者がいない事を確認してから、サソリのあとを追う。
エントランスには、困った顔をした宿の従業員と、起き上がり小法師のように頭を下げるサソリの姿があった。ミラは無関係を装い、遠くから見つめる構えだ。
被害の見積もりには、そこそこの時間がかかってしまうとの事だが、下手に待っているとキメラクローゼン関係の見張りが追加で到着してしまう恐れもまた高くなる。
追跡自体は完全隠蔽で幾らでも撒けるが、最低でも姿を見られてしまう事になるので、今後の動きに支障が出るかもしれない。
ゆえにサソリは見積もりを待たず、部屋の修理費として結構な額をポケットマネーから支払っていた。
「まあ、なんじゃ。必要経費として、あとで申請すればよい。わしも口添えしてやるからのぅ」
「うん……。ありがと」
さめざめとしたサソリの背中に優しく手を置いて慰めの言葉をかけるミラは、同時に、部屋を荒らした主犯ながら、自然な流れで逃げたヘビに感心するのだった。
「ところで、王様の隠れ家とはどこの事じゃ?」
眠らない繁華街を抜け、再びメルヴィル商会の倉庫街に向かって進む途中、ミラはふとサソリにそう訊いた。ミレーヌの追跡者の二人を運んでおくと言った場所である。当然のようにヘビが口にしていたので、その時は気にならなかったものの、よくよく思い出してみれば、どこの事だかさっぱり見当がつかなかった。
「ああ、えっとね、パトロンガーSさん? が話をつけてくれていたっていうあの商会あったでしょ。ちゃんと話が通っていたみたいで、なんと本店の地下室を提供してくれたんだ」
「なるほどのぅ、尋問するにしても打って付けじゃな」
キメラクローゼンと繋がりのあるとされるメルヴィル商会のライバルともいえるイーバテス商会。その本店の地下ともなれば、いかにキメラクローゼンといえども易々とは近づけないだろう。
なぜ王様の隠れ家という暗号名なのかは分からなかったミラだが、良い仕事しているじゃないかと、心の中でソロモンに賞賛を送った。
先日、いつもの如く、グーグルアースで世界旅行をしていた時なんですが、
ポリネシアあるじゃないですか。
あそこ、リング状の島がいっぱいあるんですが、
あれって、どうしてあんな形になったんですかねぇ。




