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112 潜入

百十二



 郊外の一角。高い壁に囲われたその施設は、敷地内に無数の倉庫が並んだ倉庫街であった。


「この場所には、メルヴィル商会が扱う貴重品が多数保管されているって話だったんだけどなぁ。この近くにいる人達は皆がそう言っていたし、遺跡があるなんて一言も聞かなかったよ」


 施設から少し離れた建造物の屋根の上。小さな村くらいならすっぽり入ってしまうのではというほどに大きな倉庫街を眺めながら、サソリは消沈気味に呟く。諜報能力に自信があった分、隠された情報を見抜けず落ち込んでいるようだ。


「非常に疑わしいというだけで、あると決まったわけではない。あったとしても、お主は既にあの欠片に目をつけておったのじゃから、探り当てるのも時間の問題じゃったろう」


 あの時あの店でミラに出会わなければ、サソリは黒い霧を纏う欠片を購入し、その出所を調べ、結果センキの埋葬地を探り当てただろう。そしてなにより、この倉庫街が怪しいと直ぐに目星を付けられたのは、サソリの調査があってこそである。

 そうミラが励ますと、サソリは分かり易いほど即座に立ち直り、「覚悟しろメルヴィル商会」と、やる気を漲らせた。


「貴重品があると大々的に謳い、厳重な警備を当たり前のものとして、本当に守りたいものを隠す。私とは正反対のやり方ですね」


 そんな二人の背後でワーズランベールは、どこか楽しそうな様子で倉庫街を見回していた。



 その後、屋根から下りたミラ達は、歩いて施設に向かう。そうしてようやく到着した入り口の門は大きく開け放たれており、完全武装した二人の警備兵によって護られていた。

 入り口脇には、パラボラアンテナにガラス玉を敷き詰めたような、見覚えのない装置が置かれている。サソリいわく、それが魔力探知系の警戒装置だそうだ。

 ミラ達はそこに正面から近づいていくが、警備兵が反応する気配はない。

 更に近づき、雑談が聞こえるくらいにまで接近する。

 警備兵達は夜食について話していた。焼き鳥で一杯やりたいだとか、こってりしたラーメンがいいだとか、がっつりした焼肉丼も捨てがたいと盛り上がる警備兵達。

 するとその時、ぐぅっと小さな音が響く。振り向いてみれば、そこには目を泳がせるサソリの姿があった。


「さて、腹の虫だけでなく、魔力も誤魔化せるじゃろうか」


 そう言ってミラは入り口に向けて歩き出す。ワーズランベールとサソリも続いて警備兵の横を通り過ぎていく。

 そして無事門を抜け、そのまま警戒装置の探知網に引っかかる事無く、ミラ達は施設内に足を踏み入れた。


「すごーい。全然気づいてない!」


 堂々と前を通ったにもかかわらず、まったく反応していない警備兵。振り向きそれを確認したサソリは、楽しげに笑う。


「お主が余計な事をせんかったからのぅ」


 そんなサソリにミラは、石を投げて気づかれた時の事を仄めかし、にやりと微笑みかける。するとサソリは無言のまま唇を尖らせ抗議した。


「センキの埋葬地の入り口は、どこにあるのかな」


 誤魔化すように、サソリはそう口にする。

 改めて見回してみれば、敷地にはレンガ造りの倉庫が整然と立ち並んでいる。五棟一列を一まとめとして遠くまで続く倉庫郡は夜の闇の中、等間隔に配置された街灯によって、その輪郭を淡く照らされていた。

 整地された石畳の道路の先、遠くには巡回する多くの警備兵の姿も見える。加えて、とても静かだからだろうか、警備兵が腰につけたランタンの灯が暗い倉庫街にぽかりと浮かび上がり、ゆらゆら揺れて移動していく様は人魂のようでどこか不気味に映った。


「お主が見たと言う、欠片を売った警備兵。そやつがどの倉庫から出てきたかは確認しておらぬのか?」


 ミラは、どこもかしこも同じ造りで見分けがつかない倉庫街を見回し、サソリに問う。遺跡の入り口を探して一つずつ確認していたら朝になってしまうと考えたからだ。


「うーん……。あの時は入り口を見張ってただけだから……」


 盗掘してそのまま売りに行ったのならば、警備兵は遺跡の入り口がある場所から出てきたと考えられる。だが、広大な敷地の全てを一人で監視出来るはずもない。なのでサソリは人の流れが分かる入り口に網を張っており、そこまでは確認していなかったそうだ。


「ならば仕方がないのぅ」


 そう呟いたミラは、ふと何かに気づき再び周囲に目を配る。


「ミラちゃん、どうしたの? 敵?」


 ミラの様子に、サソリは直ちに気を張り巡らせ警戒の姿勢をとった。


「いや、警備兵の動きじゃが。どうにも気になってのぅ」


 言いながらミラは、遠くに見えるランタンの光を目で追う。サソリもまた、言われて周りを探りながら警備兵の動きに注意を向けた。

 それから数十秒して、サソリが「あ、そっか」と声をあげ、同時にミラも違和感に気づく。

 そして二人はワーズランベールと共に倉庫の屋根へと飛び乗って、遠くに目を凝らした。


「確認してみる価値はありそうじゃな」


「うん、そうだね」


「なるほど。そういう事ですか」


 ミラとサソリだけでなく、ワーズランベールもそれに気づいたようだ。

 見当を付けたミラ達は道路に下りると、そのまま目標に向けて駆け出していく。

 違和感の正体。それは警備兵の巡回経路だった。

 警備兵の数は多く、広い倉庫街を見回るには十分な人数がいた。だがどういうわけか、これまでミラ達が立っていた入り口近くには、巡回の警備兵が一人も来ていなかったのだ。

 それは、入り口に警備兵二人が詰めていたからかもしれない。または、巡回が通り過ぎたあとだったのかもしれない。

 しかしその事が気になったミラは屋根に上り、ぼんやりと動くランタンの灯りを目印にして巡回経路を確認した。そして、その勘は外れではないと確信する。

 入り口方面まで回る警備兵は二人ほど確認出来た。だが他の警備兵は全員、奥の方に集中していたのだ。

 倉庫街の奥には、警備を厚くする理由があるという事だろう。



 そしていよいよミラ達は、警戒厳重な地区に足を踏み入れた。それでいて堂々と倉庫の小さな窓を覗き、中を調べ始める。完全隠蔽だからこそ成せる荒業だ。

 街灯の僅かな明かりが差し込む倉庫内には、大小様々な木箱が積み上げられている。それは、だいたいの倉庫が同じで、差は木箱の数くらいだけのようだ。


「ぬ、ここは少し違うのぅ」


「うん。倉庫じゃなさそうだね」


 幾つ目かの倉庫を覗き込んだミラとサソリは、そこが明らかに他とは違うと気づく。小窓から見えたのは、木箱ではなくテーブルだったからである。

 見た限り、そこは居住空間だった。《生体感知》で探ったミラは、周囲の警備兵の他、目の前の倉庫の中から二人分の反応を感じとる。


「警備兵の宿舎とかかな」


 小窓から見える範囲全てに視線を巡らせて、サソリはそう予想する。それは大いにありえる事だ。警備兵の数は多く朝も夜もずっと警備しているのだから、交代要員は必要である。警備網を敷く範囲に休める場所があれば、効率も良いだろう。こういったところが要所要所に置かれている。そう考える事も出来た。


「それが一番妥当じゃが、どうにも違うように見えるのぅ」


 だがある一点に注目したミラは、果たしてここは本当に警備兵の宿舎なのだろうかと思案していた。その一点とは、部屋の隅に干された洗濯物である。

 何か引っかかるところがあるのかとサソリが問えば、ミラはその洗濯物を指し示す。


「あの洗濯物じゃが、どれも女物に見えるじゃろう。そして一番の要因は、あのパンツじゃ。ウサギのバックプリントのパンツ。あれはどう見ても低年齢の女の子用じゃろう!」


 暗くて見え辛いが、部屋干しされている洗濯物の中に低年齢向けのパンツを見つけたミラは、探偵を気取ってそう力強く答えた。警備兵に女性がいてもおかしくはない、だが子供はいないだろうと。


「あれって……パンツなの? それに低年齢用とかあるの?」


 目を光らせるミラの意気込みをよそに、返ってきた言葉は予想外のものであった。


「あるじゃろう。……ないのか?」


 自信が揺らぐミラ。この世界の事をまだ完全に把握している訳ではなく、もしかしたら大人の女性もバックプリントを穿くかもしれない。そう思ったからだ。

 ただ実のところサソリは、そもそも基礎的なパンツの形状を把握してなかった。そのため、バックプリントが子供パンツという図式が彼女の中では成り立たないのである。


「どうなんだろう。私はずっと今の種類しか穿いた事ないし。ほら、宿でミラちゃんが私のカバンからとった、あれだけ」


 そう言われてミラは、その時の事を思い出す。ミラがサソリのカバンから取り出したのは、丈の短い黒のレギンスであった。だがどうやら、サソリにとってはそれが正真正銘のパンツだったようだ。


「そうじゃったのか。色気がないのぅ」


 ミラはサソリを見つめ残念そうに呟き、そして語り出す。パンツというのは、たとえ見えなくてもそこに隠れていると分かっているだけで魅力的なのだと。だからこそ女性は下着にも気を配るべきである。そうミラは偏った自論を展開した。


「じゃあミラちゃんも、ああいうパンツ穿いているの?」


 ミラの熱意に感化されたのか、どうやらサソリは興味を持ったらしい。子供の頃から修行の日々であったサソリは、女らしさというものに疎かった。そして仲間内からもよく言われていた一言を、ミラの口からも聞いた。それらが巡り巡って、パンツに集約したようだ。女らしさとは、パンツから始まるのだと。


「バカを言うでない。わしは既にその上をいっておる。もっとセクシーなやつじゃ」


 そう言ってミラは根拠のない自信満々にスカートを捲り上げてみせた。夜の闇の中、薄っすらとした灯りに照らされ白い太ももが栄える。そしてその上、普段はスカートに隠された領域が露になり、白い肌と黒のセクシーパンツという見事なコントラストがそこに浮かび上がった。


「わっ、すごい。私のと全然違う。こういうのを穿けば、私も色気出るかな!?」


 屈み込んで、まじまじとそのパンツを見つめたサソリは、更に触れてみて自分のパンツとの違いに愕然とする。そしてミラの思想に汚染され始めた。


「基礎は整っておるからのぅ。ばっちりじゃろう」 


 ミラは大いに肯定し、色気に目覚めたサソリの後押しをする。果たしてそれが正解なのか、ここにそれを判断出来る者はいない。

 それから二人は、今度下着を一緒に買いに行くという約束を交わし、その場を離れた。宿舎だろうとなかろうと、見た限り遺跡とは無関係だと結論したからだ。

 そんな二人のあとを、ワーズランベールは何ともいえない表情で付いていくのだった。



「ぬ、ここも倉庫ではなさそうじゃな」


 次に覗き込んだ所もまた、倉庫の外見をした別の何かのようだ。小窓から見える範囲に木箱等の類はなく中央に四角い穴があり、そして室内は昼間のように明るかった。


「ほんとだ。それに、警備兵が中にいる。これは怪しいね」


 続いて顔を覗かせ室内にくまなく視線を巡らたサソリは、その厳重な警備体制に目を細め、狡猾そうな笑みを浮かべた。

 これは最優先で調べる価値があるだろうと、ミラ達は早速入り口の方に回り、そこの扉に手をかけて力を込める。


「あ!」


 そんなミラの行動に、サソリは慌てて声をあげる。中に警備兵がいるのに扉を開けては気付かれてしまうと。とはいえ、扉の方は押しても引いても開かなかった。どうやら鍵がかかっているようだ。


「もう、びっくりしたよ」


 サソリが安堵のため息をもらすのを見て、ミラは静寂の精霊の力の真髄を説明していなかったなと気付く。カバンだけでなく扉の開け閉めも、完全隠蔽の力をもってすれば誤魔化せてしまうのだと。

 ミラがそう教えると、血の滲む思いで隠密の業を修めたサソリはワーズランベールを見つめ、「そっか、それなら大丈夫だね」と、どこかやるせなさそうに呟いた。


「さて、どうしたものかのぅ」


 静寂の力でどれだけ誤魔化せても鍵がかかっていては、どのみち中には入れない。


「これ、すごい精密な錠だよ」


 細長い金属棒を手に扉の鍵穴を覗き込みながらそう呟いたサソリは、開錠を試みた。だが少しして立ち上がり「ちょっと無理みたい」と言って扉を睨みつける。サソリいわく、城の宝物庫くらいに堅牢な錠前だったそうだ。

 鍵を持っていなければ表からは当然開ける事は出来ず、結果、倉庫を一周してみたものの裏口らしきものすら見当たらなかった。


「これは、最終手段を使うしかなさそうじゃな」


 表の扉に戻って来たミラは扉を見据えそう口にすると、すっと右手を掲げる。


「最終手段って。どうするの、ミラちゃん?」


 ミラならばその細腕で建物ごと吹き飛ばす事も容易いだろうとサソリは想像する。するとミラはその手を軽く握り扉に添えた。


「普通にノックして、中から開けてもらうというのはどうじゃろう」


 そう言ってミラは、扉を叩く真似事をしてみせた。

 ミラの考えはこうだ。倉庫の中には警備兵がいる。扉を叩けば、誰か来たのかと中から鍵を開けて顔を出すはず。その一瞬を狙って扉の隙間から中に進入するというものだ。


「確かに。一番確実かも……」


 誰が持っているか、どこにあるか分からない鍵を探すという手段は論外だ。建物を破壊するという手も、相手に当然気付かれ警戒を更に厳重にされるという恐れもある。

 ただノックするだけならば目立たず、上手くいけばそれこそ気のせいで済ませられるだろう。


「でも、それだけでいけるかな? 隙間からちょっと顔を出して見回して終わり、ってならないかな?」


 単純だが意外と有効だと納得したサソリだが、そう都合よくいくだろうかと懸念を口にする。様子を窺うだけなら顔が出る隙間だけでいいのだ。そして扉を開けた者がその場から動かなかった場合、接触せずに潜り込む事は困難だろう。

 それを聞いたミラは、待ってましたとばかりに笑みを浮かべ、ポーチの中に手を突っ込んだ。


「そこで、これじゃよ」


 そう言ってミラは、ポーチから最終手段の要となるものを取り出した。


「買収するとか? 盗掘するくらいだからお金は大好きそうだけど、銀貨じゃ安すぎないかな?」


 ミラが取り出したもの、それは一枚の銀貨(五千リフ)であった。それを見たサソリは、賄賂にしては流石に安いだろうと苦言を呈す。だがミラは自信満々にチッチと指を振り「そうではない」と言って二人を連れ、扉から少し離れた街灯の下に向かう。


「これを、こうするのじゃ!」


 見せ付けるように銀貨を掲げたミラは、それを街灯の下に置く。そして再び扉の傍に戻り、光を反射してキラリと輝く銀貨を見て自慢げに胸を反らせた。


「なるほどー。そういう使い方かぁ」


 それを見て、サソリも納得したように頷く。

 扉から顔を覗かせれば、街灯の下に落ちている銀貨が目に入る。お金が好きならば、確実に拾いに行くだろう。誰もが興味があり、少しだけならとその場を離れさせる事が出来る吸引力のあるもの。それが金銭である。


「じゃあ、あとはノックしておびき出すだけだね」


 そう言って扉の前に立つサソリ。そこでワーズランベールが注意事項を伝える。ノックしてその音を中の警備兵に届けるには、一時的に隠蔽効果を切る必要がある。なので周りに注意して見つからないようにと。


「わかりました」


 そうサソリが了承した直後、角にぽかりと淡い光が浮かび、ランタンを腰に下げた警備兵がそこを曲がってくる姿が見えた。


「暫し待て。巡回がやってきおったぞ」


 あくび交じりに道路の真ん中を歩いていく警備兵が通り過ぎるのを、じっと待つ二人。角から近づいてきて、そして正面の道路を過ぎ、遠ざかっていこうかという、その時だった。


「お、銀貨じゃん。……ラッキー」


 ふと立ち止まった警備兵は周囲を窺うように見回したあと、街灯の下でキラリと輝く銀貨を懐にしまい、そのまま足取り軽く去っていった。


「わしの、銀貨……」


 ミラは呆然とした様子で、その警備兵の後ろ姿を見送る。哀愁すら漂う若干涙目のミラの背中を、サソリとワーズランベールは何ともいえず苦笑しながら見つめるのであった。

気付くとコップにダイブしている虫。

これだからこの季節は嫌いなんだ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] あー、分かる 台所でカップ焼きそば作って完成まじかでハエが止まった時の悲しみの向こう…( ´^`° )
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