表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

00 「どこかの男女の哀しい恋」



「…おいっ!……な!」



誰でしょうか。呼ばれている気がします。でも、目は思うように開きません。

何を…していたんでしたっけ。



あぁ、そうです。恋人に別れを告げられて、恋人の浮気相手に出くわしたんでした。それで、言い合いになって幼馴染が来て…それで__



「■■■!……ぬなよ!…は…く…そと…!」



ああ、もう。そんなに髪がぐしゃぐしゃになって。私なんて置いて行けばいいのに流石、私の幼馴染ですね。



「■■■?」



お願い。逃げて。私なんて置いて行ってもいいから。

どうしてそんな顔するの?

そうでしたね、君は私が好きなんでした。気づいてましたよ。だって、私とおんなじ…ううん、私よりももっと恋してる目でしたから。きっと傷つけたでしょう。ごめんなさい。『運命だ』なんて言われてあの人と結ばれようとした。バカみたいですよね。でも、君がここで死ぬのが運命なら私は認めませんだから__




重い体を動かします。もうほとんど力なんて残ってないけれど、それでも私はやらなくちゃいけないことがあるのです。

私と私の体を支えていた幼馴染は幸いなことに二階のテラスの近くにいました。困惑しているであろう幼馴染をテラスへと引っ張っていきます。幼馴染のポッケに手を一瞬突っ込んだ後、テラスの端まで来て私は幼馴染を突き飛ばしました。下には植木があることを私はよく知っています。ソレがクッションになってくれるでしょう。

驚きに満ちた幼馴染に微笑んで見せました。

きっと、今の私はとてつもなく醜いのでしょう。恋人の浮気相手に頭を殴られたし、腹部にも何かが刺さっている気がします。それでも___笑います。


大切な幼馴染の彼に。

私を思ってくれた優しい優しい彼に。

ありがとうと、さようならを込めて。















* * * *



「おい!死ぬな!」



血濡れた幼馴染を抱きかかえそう声をかける。頭からはどこか切れたのか血が流れているし、腹部には小振りのナイフが刺さっている。今、彼女に意識を手放させたら確実に____死ぬ。そうでなくても出入口は炎でふさがれているのだから。



「■■■!死ぬなよ!早く外へ!」



そう口には出しても外へ出る手段などない。テラスから飛び降りれば植木がクッションになって俺は助かるだろう。そう、()()。幼馴染の彼女は違う。彼女は怪我をしている。ナイフは止血ができるようなものがないため腹部に刺さったままだし、何より、彼女は今にも死にそうだ。死なせたくはない。けれど、賭けに出て大切な彼女を殺したくもない。

悩んで、動けずにいると彼女が俺を視界に映した。



「■■■?」



彼女は口を動かす。が、声は出ていない。ただ、口の動きでなんとなくわかる。



お願い。逃げて。私なんて置いて行ってもいいから。



言いたいことがわかってしまって、顔をしかめてしまった。彼女は俺一人だけなら逃げれるとわかっている。けれど、彼女を助けるためだけに残っているのも。

彼女はもうろうとしながら口角を少し上げた。まるで、仕方のない子ねとでも言うかのように。

彼女は己の体を無理やり起こし、俺をテラスへと連れていく。おぼつかない不安定な足取りで一歩、一歩とテラスへ向かっている。テラスの端まで来ると困惑したままの俺を少し抱き寄せた後、柵の外へと突き飛ばした。

どこにそんな力が残っていたのかわからない。驚く俺に彼女は微笑んで見せた。しばらく見ていなかった弱弱しい強がりの笑み。




結局、彼女は助からなかった。

彼女の元恋人が浮気相手の女と立てていた計画を阻止してやろうとあの場所へ向かったのに、できなかった。それどころか、彼女に助けられ彼女を死なせてしまった。こんなことになるなら、彼女があいつと出会う前に伝えておけばよかった。『幼馴染』の位置に甘えていた俺は愛しい人も守れなかった。


彼女の葬儀は多くの人が来た。彼女の両親は泣き崩れ、彼女の兄は涙をこらえていたがその目は充血していた。彼女を妹のようにかわいがっていた俺の姉も彼女の棺の前まで行くとその場で声をあげて泣いていた。彼女の友人も、彼女を慕っていた中高生も、彼女の職場の者も、葬儀に来ていた人々()みんな泣いた。俺は泣けなかった。なぜなら、彼女が命を落とした日からずっと泣いていたのだから。もう涙に変えられる水分は残っていなかった。

あいつは__来なかった。彼女とあいつの関係を知っていた者は皆「どうして来ないのか」と聞いてきたが、言葉を濁しておいた。言えるわけがなかった。恋人だったあいつに、近々結婚すると言っていたあいつに、浮気され捨てられ殺されたなんて。そんなことを言えば皆、怒り狂うにきまっている。この人たちの手は汚させたくない。だから、黙っていた。


俺だけで復讐してやろうと、そう思っていた。あの日着ていた服の中から彼女の携帯が出てくるまで。

未送信のメールには俺への言葉があった。



____________________________


私は君に初恋は彼だって言ったよね。

ほんとはね、違うの。

私の初恋は君()()()

ううん、()()君なの。


意気地なしでごめんね。

こんな女でごめん。


私とあの人は付き合ってなんかなかった。

ずっとずっと利用されてた。

私は…………………




____________________________



彼女の真実を知ったとき、殺意に振り回された復讐はやめた。

そして、彼女の家族と俺の家族にすべて話した。あの日の事件はあいつが企てたことであるということ。彼女は裏切られ殺されたのだということ。彼女が残したたった一つの真実も。







そういう運命だったのだと、多くの人間が言う。







果たして、そうなのだろうか。

彼女が傷つけられ死ぬことが運命だったのなら、そんな運命は認めない。


初めての恋をくれた人。そして、一生俺の一番である人。

彼女の魂が幸せを手に入れられるよう祈っている。

そして欲を言うのなら、今度こそ彼女と____

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ