第七十三章 ウォルティナ 4.祖父母の家で(その1)
~Side ネモ~
「全く……世間知らずというのは度し難いもんじゃ。まさか止ん事無き方々への献上を疎かにするとは……」
「そうは言うけどな祖父ちゃん、あの後も色々あったから、フォース……殿下も多分忘れてると思うぞ」
試合後も何か騎士学園との折衝だか後始末だかで、コンラートも駆け廻ってたみたいだからな。俺には関係無い……と言うか関係できない話だから、詳しい事までは判らんが。
その熱りも冷めないうちに、今度はチェット勝負での大勝ちになったからな。ジュリアンの笑顔も少し引き攣ってたし。
その後は後で、「大エド捜索網」の大捕物(?)があった訳だ。スケート靴の事なんざ、思い出す暇も無かったんじゃねぇか?
そう――話せないところは適当に暈かして――言ってやったんだが……祖父ちゃん、疑わしそうな目付きを変えやしねぇ。ここは多少強引にでも話を変えるか。
「そう言や祖父ちゃん、襟付きのチュニック、本格的に売り出したのか? 大奥様が買ってったみたいだけど」
この世界のシャツ事情、前世の日本と似てるようで少し違っている。
一応ワイシャツみたいなのはある……と言うか、他ならぬ我が魔導学園の制服に採用されている。
ただこれ、飽くまで上着――この場合はスーツみたいなのな――を着る事が前提になってて、ワイシャツ姿で表をぶらつくような真似ははしたない、みっともない事だとされている。要はセレブな方々のお召し物って事だ。魔導学園の生徒は一応貴族子弟に準じる扱いをされるからな。
じゃあ、ちゃきちゃきの庶民は何を着てるのかっていうと、前世でいうTシャツみたいなプルオーバー・タイプのチュニックだ。庶民はスーツなんて洒落たもんは着ないから、チュニックだけで表をぶらついても、咎められる事は無い。
ただそのためには、セレブのシャツと庶民のチュニックを明確に区別する基準ってのが要るわけで、それが襟の有無って事になってる。
まぁ、俺たち庶民の場合は別に問題無いんだが、セレブな方々としちゃ幾分ご不満があるらしい。ボタン留めのシャツを着るのが、一々面倒だって言うんだな。セレブもガキの頃はプルオーバーのチュニックを着る事が多いもんで、その面倒さは実感としてあるらしいが、他に代替案も無い事だし、内に不満を燻らせつつも、現状に甘んじるしか無かったわけだ。
ところが……そんな状況で祖父ちゃんが試作したのが、襟付きのチュニックってニューモデルだったわけだ。まぁ、ポロシャツの事を思い出して、俺が入れ知恵したんだけどな。
柔らかいが皺になりにくい生地に、割と確りとした折り襟を付けたもので、ぱっと見には普通のシャツに見える。しかしてその実体は、プルオーバーのチュニックと大して変わらないから、着脱の楽さは較べものにならないわけで……祖父ちゃんもすっかり気に入って、自宅じゃ専らこれで過ごしてたらしい。
ところがそうこうしてるうちに、祖父ちゃんの悪友たちがそれに気付いた。
自分たちにも分け前を寄越せとばかりに強請られて、祖父ちゃんも限定的な増加試作に踏み切ったらしい。それを渡すついでにモニター役を押し付ける辺りが、転んでもただでは起きない祖父ちゃんらしいけどな。
俺が知ってるのはそこまでだったんだが……
「うむ……と言うか、突き上げが段々厳しくなってきてのぉ」
「……そうなのか?」
「うむ」
チュニックよりかはノーブルに見えるが、着る手間はチュニックと然して変わらないってのが、祖父ちゃんみたいな連中……プチ・ブルジョア階級って言うか中産階級って言うか……とにかくその層に受けたらしい。増加試作の筈が段々と生産を重ねる事になり、済し崩しに一般販売に雪崩れ込んだんだと。
「商人としては遺憾の……いや、慚愧の極みじゃ」
「で――その慚愧の結晶を、レンフォール公爵家の大奥様が買っていった、と」
「うむ……〝息子への土産にする〟とか、おっしゃっておいでじゃったが……この場合の〝息子〟っちゅうのは……つまり……」
「当代の公爵閣下の事だろうな」




