55 不穏
──夕刻。セルイラは、夕餉の間にて他の花嫁候補の令嬢たちと食事を摂っていた。
形式上アルベルトも着席しているが、セルイラが魔界へやって来た初日とは比べ物にならないほど静かにしている。
初日のような傍若無人な態度は褒められたものじゃないが……逆に静かすぎるのも考えものだった。
(アルベルト、こっちを見すぎだから!)
セルイラは心の中で深いため息を吐いた。
先ほどからチラチラと、アルベルトはセルイラの様子を気にするように窺っている。
本人は隠しているつもりのようだが、アルベルトの落ち着きない態度は魔族の使用人たちにはバレバレだった。
大方、メルウから今晩のことを聞いたのだろう。
息子としては、父親と、セラの生まれ変わりであるセルイラの対話の行方が気になって仕方がないようだ。
(だからって、そんなに挙動不審にされると困るわ。今だって……)
ちらりと、セルイラは壁際に控える給仕の魔族たちを見る。
いつもの勢いがないアルベルトに、彼らは訝しげにしていた。そして、アルベルトの視線がセルイラに向いていることにも気づき始めている。
(こんな調子なのに、今までどうやってユダの注意を逸らしてきたの、この子)
城内の使用人の中には、ユダと通ずる魔族も少なからずいるという。
本人にその意識はなくとも、操る術をユダは持っているのだ。
(本当に困ったわ……)
食事中だというのに、セルイラは頭を抱えそうになった。夕餉の間に向かう直前、ニケから聞いた頭痛の種を思い出して、またもや嘆息が漏れる。
(魔族からの視線が痛い)
……どうやら城内の使用人たちの間では、アルベルトの花嫁候補としてセルイラが一番の有力候補にあがっているともっぱらの噂だったのだ。
夜会でダンスを踊った際も、似たような話題でセルイラは注目を浴びていたが、その時はまだ可能性として中年の魔族たちに言われていただけだった。
それなのに、いつの間にこうも尾ひれが生えてしまったのだろう。
セルイラからしてみれば色んな意味で勘弁して欲しい。
ユダの呪術の件もあり、今は花嫁候補云々の問題を重要視していられないのだから。
「……まだ、具合が良くないのですか?」
隣に座るアメリアが、こっそりとセルイラの体調を気にかけてきた。
「ううん、大丈夫。ありがとう」
今回の夕餉は、沈黙を嫌がったアルベルトが楽器隊に演奏をさせている。
そのおかげもあって、空気は幾分やわらいでいた。
『……』
ふと、アルベルトの視線がアメリアへと移動する。
「あ……」
それに気がついたアメリアも、ぴくりと肩を揺らして見返している。
驚くことに、アメリアはほんのりと微笑みをアルベルトに返していた。
その顔はどこか安心したような、なんとも言えない面映ゆさがある。
(そういえば……舟遊びの最中に、足元がふらついて転びそうになったアメリーを、アルベルトが咄嗟に支えていたとか、ニケが言っていたっけ)
それでアメリアは、アルベルトに対しての意識を徐々に変えているのか。
夜会のときも助けられたからか、アルベルトを見直しているように思える。
『……っ』
アルベルトはすぐにぷいっと目を逸らしてしまったが、セルイラから見た限り満更でもない。
(……むしろアメリーがアルベルトと……って、今考えないといけないのは、この後のことでしょ!)
呑気に二人の行く末を想像してしまったセルイラだが、強引にそれらを消し去った。
まもなく夕餉は終わる。ノアールに打ち明ける時が、刻一刻と迫っていた。
◆
「アメリー、ちょっとアオのこと、見てもらっていてもいい?」
時間は過ぎ、部屋で待機をしていたセルイラは、寝床に眠るアオをひと撫でして言った。
「どこに、行かれるのですか?」
立ち上がって簡単に身支度を整えるセルイラに、アメリアが尋ねる。
「……うん、その……ミイシェ……様に会ってくる。遊び相手が欲しいみたいで」
「ああ、ミイシェ様ですか。本当にセラに懐いていらっしゃいますものね。昼間も、とても笑顔が可愛らしくて、なんだか幸せな心地になりました」
妹がいたらあのような感じだろうかと、アメリアは首を傾げる。
セルイラを疑った様子はなく、本当にミイシェの希望でセルイラが呼ばれているのだと思ったのだろう。
「ふふ、ミイシェ様もアメリーと一緒に遊べて楽しそうだったわね」
セルイラが答えたところで、扉からノック音が響き渡った。
『セルイラ様、お迎えにあがりました』
『……ありがとう、メルウさん』
廊下には、メルウがいた。
すでに準備が整っているようで、礼を述べるセルイラにこくりと頷きを返している。
『アルベルト様とミイシェ様のもとには、ニケがおります。頃合を見計らい、同じく談話室へお連れいたします』
ノアールが待つのは、東の棟にある談話室。ミイシェやアルベルトとも話したあの場所だ。
まず、ノアールと話すのは、セルイラのみ。アルベルトとミイシェは、その後にやって来る。
「それじゃあ……行ってくるね、アメリー」
「あっ……セ、セラ!」
部屋を出て行こうとするセルイラを、アメリアが引き止める。
振り返ると、なぜかアメリアは、不安そうな表情を浮かべていた。
「あの、いえ……なんでもありません。行ってらっしゃいませ」
慌てて取り繕った笑顔を見せるアメリアに、セルイラは「行ってきます」と言葉を返した。
◆
セルイラが部屋を出て行くと、アメリアは自分の胸に両手を添えてきつく拳を作った。
自分でもよく分からないが、セルイラの後ろ姿に憂わしいものを感じたからだ。
「そこまで、遅くならないですよね。セラが帰ってくるまで、起きていられるでしょうか」
待っている間に、ニケが持ってきてくれた本でも読もうかと、寝台に移動しようとした時だった。
「──……いけない」
「え?」
ふと雫が弾けるような音が聞こえ、アメリアは何となくアオが眠る寝床へと視線を集中させる。
一瞬だけ、眩しい光が見えたような気がした。
「……あ、あれ!?」
アメリアは急いでアオの寝床へと駆け寄るが、近づいたところでなにも変わりはしなかった。
「さっきまで、ここにいたはずなのに……どうして……どこにもいない……?」




