41 200年振りの家族
今回短めですが、よろしくお願いします。
どうしてこんなことになったのかと、セルイラは考える。しかし、いくら考えても分かりようがなかった。
目の前には、自分にしがみついて離れないミイシェがいて、奥の専用扉には血相を変えたノアールが佇んでいるのだ。
誰が、この状況を予測できたというのだろう。
『ま、魔王様……』
『こちらの棟においでになるのは珍しい』
『それに今、ミイシェと言わなかったか?』
『本当に、ミイシェ様……王女様なのか? 原因不明の病でずっと眠られているとお聞きしたが……』
雑多の声や響きが遠く近くで交差する。皆が同様に思うのは、なぜミイシェ王女がここにいるのか。そしてなぜ、ミイシェは人間であるセルイラに抱きついているのかであった。
──ママ、ママの香り。ほんとうにママだ。
すりすりと、セルイラに頬を擦り寄せるミイシェの安堵した声が頭の中に届いてくる。
喉からの声ではなく、念話によるものだ。
(ミイシェ……)
可愛らしい旋毛の見える小さな頭部に手がいきそうになり、セルイラはやっとの思いで寸止める。
どうして自分を母だと認識しているのか全くわからない。
けれど近くにいるミイシェを、何のしがらみもなく抱きしめられないことが、セルイラには心苦しくて堪らなかった。
この場でのセルイラはただの人間だ。花嫁候補の令嬢の一人であって、ミイシェとの接点は何も無い。
幼い体をぎゅっと抱いて安心させることは、今のセルイラにはできなかった。
(ミイシェ、ごめんなさい)
その肩に、セルイラはそっと手を置く。目線を合わせて、周囲に不信感を持たせないように。最低限の距離を保つ。
──ママ、だいじょうぶだよ。ミイシェしってるよ。だからかなしい顔、しないで。パパのこと、ママのこと、ずっと、おしえてもらってたの。
頭の中に伝わる声は、悟っているようだった。
(どういうこと……?)
しかし、ミイシェの念話は伝わってきても、セルイラの心の声がミイシェに届くわけではない。
ミイシェはただにっこりと、セルイラに笑いかけた。ただ逢えたことに心からの喜びを噛み締めるように、笑っている。
──また、あとで。ミイシェのこと、いっぱい、いっぱい、ぎゅうってしてね。ママ。
それだけをセルイラに伝えると、次にミイシェが視線を向けたのは、ノアールだった。
『パパ……!』
たたたっ、とミイシェはノアールの元に駆け寄ると、速度を緩めることなく飛び込む勢いで抱きついた。
『……っ』
それをしっかりと支え、長い腕でこわごわと包み込んだノアールは、ミイシェの顔がよく見えるように片膝をついて覗き込む。
眉を八の字に歪ませ、何度も、何度も、ノアールはミイシェの姿を確認していた。
『ミイシェ、なのか……?』
幻に触れるように、ノアールは手を伸ばしてミイシェの丸い頬をひと撫でする。
『えへへ、パパ、くすぐったい〜』
『……』
それでもノアールは止めなかった。形容しがたい表情で、ここにいるのだと再確認すると、ミイシェの体を胸に閉じ込めた。
『ミイシェ……っ』
こんな魔王を、今まで見たことがあっただろうか。
会場にいる魔族たちは、見てはいけないものを見ているような錯覚に陥った。
魔族たちが思う魔王ノアールと息子であるアルベルトは、不仲というわけではないが、だからといって親子として親交を深めているとはいえない微妙な距離をしていた。
それがどうだろうか。愛情が薄い印象さえあった魔王が、我を忘れたようにミイシェを抱きしめている。
彼らにとっては、まさに青天の霹靂と言っても遜色はなかった。
『ミイシェ!!』
『おにーさま』
遅れてアルベルトは、ノアールとミイシェの元へと急ぐ。
ミイシェはまた、迷うことなくアルベルトを兄と認識していた。
『俺のこと、わかるのか? お前、ずっと眠ってたんだぞ!』
『ミイシェ、わかる。アルベルトおにいさま。いつもミイシェのちかくにいてくれたよ。しってるよ』
『……!』
アルベルトの表情がくしゃりと崩れる。彼の感情に含まれるのは、ただ単純な喜びだけではなかった。
『父さん、一体どういうことだよ』
『……』
ノアールは口ごもり沈黙を貫いた。その態度が気に入らなかったのか、アルベルトは青筋を立て噛み付く勢いで論ずる。
『……っ! あんた、毎回そうだよな。こっちがなにを聞いても一切話そうとしない! 一人で抱えて何になるんだよ!』
ノアールには、話せない理由がある。アルベルトだって察していない訳では無い。
それでもつい反発してしまったのは、ミイシェが目覚めて気が動転してしまったからなのだろう。
『頼むから、もうやめろよ。いい加減──』
『アルベルト様』
アルベルトは、この場で言ってはならないことを口にしてしまっている。
この話の先を他者に聞かせるわけにはいかない。そう判断したメルウは、二人の間に割って入った。
ノアールの胸ぐらを掴む勢いのアルベルトを諌め、ちらりと目配せをする。
『これはもう、夜会どころではありませんね』
これから対処に追われる自分の姿を想像して、メルウはどこか遠い目をする。
──ミイシェ、そしてノアールの乱入により、夜会という名の花嫁候補の令嬢たちのお披露目は、中途半端な形で中断となった。
ありがとうございました!




