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28 壊せない場所、息子と友人



 木の隙間を抜けた先には、べつの中庭が広がっていた。

 アオの姿は見当たらず、セルイラは四方八方に視線を動かす。


「……!! ここって、」


 茶会が開かれる場所とは比べ物にならないほどの小さな中庭を眼前にして、セルイラははっとする。


(うそ……まだあったの)


 200年前、自分がよく訪れていた小さな庭。テーブルセット、花壇。セラが使い易いようにとあとから設置された東屋と手押しポンプが付いた井戸。

 てっきり無いものと思っていた懐かしい空間がセルイラを優しく出迎えていた。


 茶会の場所とは違った甘い花の香りが鼻腔に伝わる。さらさらとそよ風に撫でられ聞こえてくる木の葉の音が気持ち良い。まるでここだけゆったりと時間が流れているような錯覚に陥った。


 青い芝の上をゆっくりと進み、あの頃の自分が休憩がてらに腰をかけていた椅子の笠木に触れそっと撫でる。

 けれどさすがに花壇の花すべてが咲いているわけではなかった。


「確か、このあたりね」


 日当たりの良い花壇の一つに近づいたセルイラは、その場にしゃがみ込む。

 何も植えられていない乾いた土と雑草があるだけのその花壇には、美しい紫色のチューリップが咲いていたはずだった。

 ここの花は魔界の地に流れる魔力を吸って育っていたため、寒い季節以外を除いて綺麗に蕾を開かせていた。


 無意識に手を伸ばしたセルイラは、ぷちぷちと小さな雑草を抜き始める。

 そういえばアルスター伯爵邸にて育てていた鉢植えの花はどうなっているのだろう。チェルシーが気づいて水を与えてくれているのだろうか。


 無心のまま指先を使ってぼこぼことした土の表面をいじっていれば、こつんと固いものが指の腹に当たる。

 土の中から出てきたのは、チューリップの球根だった。


「まだ、生きてるわ」

『──おい、そこで何してんだ』

「……っ!」


 セルイラが球根を丁寧にすくい上げたその時、背後から声が放たれた。


(ア、アルベルト……!!)


 振り返ると、そこには不信感ありありといったように顔を顰めたアルベルトの姿があった。

 おそらくセルイラが茶会の場を抜け出したところを目撃していたのだろう。


(だからってここに来るなんて、主役が消えてどうするの)


 おそらくメルウだって気づいているはずだ。アオもいないようだし、ひとまず茶会場所に戻ろうかと思い改めるセルイラだが、目の前にはアルベルトが立ち塞がって動けなかった。


『わ、わたしは……ちょっとここが気になって、見に来ただけで』

『……面白いものなんて、何一つもねぇよ』


 卑下するように吐き捨てたアルベルトは、ふいっとセルイラから顔を逸らし、中庭を見ると目を細めた。

 勝手に侵入したことについては怒っていないようだが、その面持ちはどこか寂しそうである。

 捨てられた子犬に似た雰囲気のアルベルトに、セルイラは慰めるような声音で尋ねていた。


『ここは、あなたにとってどんな場所?』

『……は? そんなことを聞いてどうするんだ』

『ただ気になっただけ。言わなくても別に構わないわ』

『聞いといてなんだそれ、腹立つな』


 相変わらずの口調であるが、言葉とは裏腹にアルベルトは気が緩んでいるのか肩の力が抜けていた。

 公衆の面前で佇むアルベルトと、今のアルベルトはやはり違う。性格は変わらないけれどこちらの方が何倍もマシである。


『もう誰も使ってないんだよ、ここ。残してたって場所は取るし邪魔なだけだ。意味なんかない』

『……そう』


 聞かなければよかったと苦笑を浮かべるセルイラに、アルベルトは『ただ……』と言葉を濁した。


『誰も、ここを壊す気はないんだ。いや、違うな。壊すことが、できないんだ』


 壊したくないと、言っているように聞こえた。


(……)


 アルベルトの発言を聞いて目頭が熱くなったセルイラは、ぐっと堪えて下唇を噛む。

 アルベルトが気がつかなかったのは何よりの救いだった。


『ここは、大切な場所なのね』

『うるせぇ』


 アルベルトは、否定をしなかった。


 そんな静かな沈黙の中、二人の間に一陣の風が吹き上がる。

 弾かれたように瞬きをしたアルベルトは、自分の片腕を使って顔を半分隠してしまった。


『……てっ、な、なにを言わせんだお前は!』

『えっ』

『こ、こんなこと口が裂けても言う気なんて……おい! 俺が大人しくいるからって調子に乗るなよ!?』

『……』


 少しだけアルベルトのペースが分かってきた。あまり人前で素直になれず、本音を漏らせばこうして照れるが故に言葉が乱暴になる。


(ふふ、ここだけ見れば可愛いのに。魔力縛りとか、横暴なことをしないのなら)


 生暖かい笑みを噛み殺していれば、アルベルトはぶつぶつと独り言をこぼし始めた。


『……おかしい、おかしいぞ。なんなんだこの女。魔法でも使ってんのか。口が滑るぞ。くそっ、変な匂いをさせているせいだっ!!』


 本気で悩み始めてしまったアルベルトを見つめながら、セルイラはこの先のことを考えた。


(もし……わたしがセラ(母親)だと告げたら、あなたはどう思うのかな、アル)


 アルベルトに自分のことを言える日は、一体いつになるのだろう。

 


 ◆



『おーいアルベルト。副官殿がお呼びだ……と、んん?』


 ガサガサと足音が聞こえたと同時に小さな中庭に現れたのは、アルベルトの友、ユージーンだった。

 彼はアルベルトだけがいると思っていたようで、セルイラの姿を見つけると不思議そうに首裏を掻くような仕草をした。


『まさかと思うが、ここに連れ込──』

『んなわけないだろうが!!』

『はは、そうだな。しなだれかかる女の子たちは片っ端から相手にしていたけど、無理やり手篭めにするような屑じゃないよなぁ』


 なんてことを言うんだこの男。

 あまり聞きたくなかった類いの話題を展開され、セルイラは隣にいたアルベルトをじっとり見つめる。


『ぐっ、おいユージーン! ベラベラとこの女の前で話すな!』


 魔界語が理解できるセルイラの前でユージーンに自分の閨事情の片鱗を暴露され、アルベルトは分かりやすく慌てていた。


『なにを恥ずかしがっているんだよ、らしくもない。まあ、俺はもう少し女の子の扱いを学んだほうが今後のためになると思うんだがねー。この前の子だって一晩過ごしたきり──』

『あああああ!』

『うわっ、どうしたんだ?』


 凄まじい勢いでアルベルトはユージーンに体当たりを仕掛ける。

 自分でも分からないが、アルベルトはこれ以上の話をセルイラに聞かせるわけにはいかないという強い思いに駆られていた。

 体が勝手にセルイラの顔色を窺うように必死になっていたのだ。


『本当にどうしたんだよ。取り乱すことないだろ、この子には聞き取れてないんだ』

『……』

「……」


 肩をすくめたユージーンは、妙な空気を漂わせ無言になっていたセルイラとアルベルトを見て呆気にとられた。

 聞きたくもなかった息子の裏話に、セルイラはただ耐え忍んでいる。


『なんだい、その気の合った間は』


 そしてユージーンは改めてセルイラの顔を確かめた。


『……っ、と』


 気まずそうに揺れ動くセルイラの青い瞳をしかと見据えたユージーンは、稀に見るその美貌に息をつくタイミングを間違える。

 女性には優しく接せよ、蝶よ花よと愛でよ。そして相手が自分の好みのど真ん中なら尚のこと。それがユージーンの普段からの心得だった。


「はじめまして、お嬢さん。俺はユージーン。このアルベルトとは友達なんだ」


 驚くことにユージーンの口から出てきたのは、人間の言葉だった。

 目をしばたたかせるセルイラに、彼はくすっと甘い微笑を浮かべていた。


「俺を産んだ母親が人間だったんだ。だから、少しだけなら人間の言葉も話せる」

『あの、魔界語でも大丈夫ですよ』

『……あれ?』


 ユージーンは浅い笑顔のままピタリと顔の筋肉の動きを止める。

 まさか人間であるセルイラの口から魔界語が発せられるとは思ってもみなかったのだ。


『ああー、はは。なるほどね。参ったなぁ』


 先ほどの会話も筒抜けであったことが判明し、ユージーンはさらに垂れた目じりをすぼめ、興味津々にセルイラの顔を覗き込んだ。


『魔界語が分かる人間の女の子なんて初めて会ったよ。さっきは下衆な話を聞かせてごめんね』

『いいえ、先に言わなかったのはわたしですから。こちらこそ失礼致しました、ユージーン様』

『ところで、あなたの名を伺っても構わないかい?』

『ええ……わたしは、セルイラ・アルスターと申します』


 怯んだ様子もなく距離を詰めてくるユージーンに、セルイラは久しぶりのよそ行き笑顔を作るのだった。

 


ありがとうございました!

もうユージーンでも友人でも同じ意味ですよね(迷走)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 友人のユージーンくん。分かりやすくてとても良い(๑╹ω╹๑)
[一言] 昔の庭が残ってるってテンション上がるなぁー(笑)
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