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【書籍化】氷月の騎士は男装令嬢~なぜか溺愛されています~(旧:侯爵令嬢は秘密の騎士)  作者: 藍上イオタ@天才魔導師の悪妻26/2/14発売
本編

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30.学園祭 2


 学園祭二日目は、日ごろの鍛錬の発表になる。

 昨日はお忍びでやって来ていたこの北の国の姫が、今日は正式に観覧にやってくると聞いていたので、なんだか胸騒ぎがした。


 胸騒ぎの理由が、自分の嫉妬だったらいい。

 そう思いながら、私はアイスベルクの女騎兵たちを観覧席に招待していた。無論、武装などしていない丸腰のワンピース姿だ。一度士官学生の鍛錬を見ておくことが勉強になると思ったからだ。

 彼女たちは、初めての王都に喜んで飛び切りのオシャレをしてきた。


 紅白のチームに分かれて、武術や剣術、乗馬や流鏑馬を競う。そして最後は騎馬戦が行われる。これは模擬試合で、魔法の使用は不可。実際の騎馬に乗り、模造刀で打ち合う。先に紙風船を割られた方が負けだ。

 騎士たちが紙風船を頭に乗せて、真剣な顔つきで戦う様子がコミカルで、しかし迫力があり人気だ。裏町では賭け事の対象にもなっているらしい。

 シュテルが大将の白組と、フェルゼンが大将の赤組に分かれて戦う。私は赤組だ。互いに接戦を繰り広げたうえで、今年は僅差で白組が勝った。鼻高々なシュテルに、フェルゼンと私は悔しがる。



 そして閉会式があり、最後の大取りがフェルゼンと私の剣舞である。




 閉会式が始まった。


「本日は北の国よりお祝いをいただいております」


 司会の説明にどよめきが起こる。

 大きな布をかけた、四角い箱。まるで何かの獣が入っているような気配がする。

 その隣に北の国の姫君が微笑んで立っていた。

 しっとりとした黒い髪は腰まであり、艶やかに輝きを放っている。対照的に真っ白な肌はまるで雪のようだ。赤い唇はまるで血のようで、妖艶にほほ笑む姿に心まで奪われそうな美しさ。


 この人が、シュテルを望んだ。シュテルはこんなに美しい人を見ても、どうして断ることができたんだろう。


 北の国の姫君は、黒い瞳をきらめかせて、箱を覆った布に手をかけた。


 ゾクリ。肌が泡立つ。


 振り返って観覧席を見る。いる。アイスベルクの女騎兵たちが手を振っている。

 ふっと息を吐いて力を抜いた。

 大丈夫。



「出でよ! リリトゥ!!」


 凛とした声が響く。バサリと布が投げ捨てられる。檻の中には大きな鳥。きらびやかな翼を広げて、大きく奇怪な声で鳴いた。

 その瞬間、檻の扉を姫君が開ける。


「モンスターだ!」


 叫び声が響いた。周りを見れば、グズグズと騎士たちが頭を抱えて座り込んでいる。私は剣をつがえて、リリトゥに立ち向かう。大きな翼が熱風を巻き起こす。炎の魔法だ。

  

- 我ニ従エ サスレバ欲イ男ヲクレテヤル -

 

 おぞましい鳴き声と裏腹に、直接頭に響いてくる言葉。

 畏敬の視線で、リリトゥを見つめる北国の姫。


 これは、操られてる?


- 我ニ従エ サスレバ欲イ男ヲクレテヤル -


 もう一度響いてくる言葉。脳裏にシュテルの顔が浮かぶ。

 サーベルを弾き返す鳥の爪。

 

 欲しい男を……手に入れられる?


 だったら。ふらつく心に戸惑う。


 でも、こんなやり方、軽蔑されるに違いない。魔物の力を借りるなんて、シュテルが許す訳がない。


 ガツンとリリトゥの爪が私の胸に刺さる。

 瞬間、リリトゥが驚いて後ろに飛びのく。

 胸の四葉のクローバーが、爪を弾き返したのだ。ウォルフがくれた幸運のブローチ。


 シッカリしろ!!


 これがリリトゥなら、戦えるのは女だけだ。魔物の力を借りるほど、私はそんなに弱くない。弱くないと信じたい。


 睨みあげればリリトゥは嗤うように鳴く。

 私は振り返って観覧席の女騎兵たちに口笛を吹いた。

 アイスベルク騎馬隊ならわかる合図だ。混乱する観客先から、ワンピース姿の女たちが駆け寄ってくる。


 サーベルをふるって氷で突く。リリトゥは嘲るように熱風を起こしてそれを払う。飛ばされたサーベルを拾おうとすれば、追いすがってくる。


「ベルン様!!」

「剣を取れ!!」



 アイスベルクの女騎兵たちが、士官学生たちのサーベルを抜き、リリトゥを囲んだ。これ以上飛び上がれないように氷でリリトゥの足を捕らえる。女騎兵たちのサーベルに氷の魔法をかける。彼女たちは果敢に挑むが、炎の翼が猛威を振るう。

 リリトゥの瘴気にあてられて、小物モンスターが土から沸き上がる。

 わらわらと足元で邪魔をする。

 

 私の一人の氷の魔法では限界だ。

 女騎兵たちは大きな魔力は持っていない。

 士官学生たちは混乱していて、とても立ち向かえそうにない。


 大きな魔力。

 人の心をとらえる魔力。

 それを打ち破る大きな力。

 

 シュテル。


 リリトゥの呪いを解く方法は一つ。お姉様から聞いたことがあった。

 でも、それが効くかは分からないけれど。


 私はシュテルに走り寄った。

 頭を抱えて苦しんでいるシュテルを抱き起す。シュテルは驚いた顔で私を見た。目の色が曇っているけれど、息だけで私の名前を呼ぶ。

 混乱の中でも私がわかるみたいだ。

 だったら。一縷の望みをかける。

 

「ごめん」


 許しを請うて、シュテルを私のマントに隠した。


 初めてだ。初めてなのに。


 悲しくて泣きだしそうだ。これで最後、終わりを告げる。

 最初で最後の、接吻。


 ひっそりとマントに隠して、そっと唇を啄ばむ。


 これで最後だから、真実を言わせて。これが最期だから、もう一つだけ嘘をつかせて。


 好き。今でも好き。だけど、忘れて欲しいから。貴方を過去にしよう。私を過去にして。


「好きだったよ」


 そう絞り出す言葉。

 瞳を覗き込めば、金の星がきらめいた。光が戻る。この国の希望の光。


「シュテル、分かる?」


 問えば頷く。


「魔力を貸して。シュテルのサーベルに水銀を張って」


 シュテルは苦しそうに、サーベルに魔力で水銀の膜を作る。私はそれを氷の魔法でコーティングして、奪い取った。


 私はシュテルを置いて立ち上がった。

 シュテルは、ゴホゴホとせき込み、口元から何かを吐き出した。


 呪いが解けたのだ。


 私はシュテルに振り返った。

 

「後を頼む」


 そう言って、リリトゥに走り寄り、その勢いのままシュテルのサーベルを投げつけた。

 胸に刺さったサーベルが、リリトゥの中で溶けていく。水銀の毒が効いていく。そのままリリトゥは地面に落ちた。それでも小物モンスターはまだ立ち向かってくる。


「立てる者はあるか!!」


 シュテルの凛々しい声が響き渡った。


「……おお……!」


 ムクムクと周りの士官学生たちが起き上がる。リリトゥが倒れたことで、みんなの呪いが解けたのだ。

 それを見て、北の国の姫君は崩れ落ちた。


 フェルゼンと目が合った。真っ青な顔をしている。心配している、分かってる。だから。

 私は唇に人差し指を当てて、シーっと合図を送る。小さいころから繰り返してきた、秘密の合図。


 私は、もうここにはいられない。

 すべて明らかになってしまったから。


 フェルゼンが悲痛な顔をして頷いたから、手を振って戦えと指示をする。フェルゼンは何かを振り切るように赤い髪を振って、炎の壁を私達と観客席の間に繰り出した。

 きっと逃れるための目くらましだ。


 こんな時まで、フェルゼンは優しい。

 


 ここはもう大丈夫だ。後はみんなが何とかしてくれる。


 私は女騎兵たちと逃げるようにしてコロッセオを後にした。





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