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第二十一話 おうちでバンドゲーム1

 朝、目が覚める。スマホの時計を見ると七時二十三分だった。


 前はきっかり七時十五分に目覚めていたのに。念のためアラームをセットしたほうがいいかもしれない。


 ベッド脇で、充電が完了したドローンのLEDがグリーンに点灯している。


 昨夜はドローンの操作についてネットで調べたり、実際に練習をしたりして、気がつくと日付が変わる直前だった。


 梨子に、


「ミンミンミンミンうるさいんですけどお!!」


 と怒られなければもっとつづけていたかもしれない。


 ――あれ? そういえば……。


 昨日はまったく勉強をしなかった。


 はかどらないからと逃げたわけじゃない。勉強をしなきゃ、といった気持ちが浮かんできさえしなかった。


 夢中だった。こんなに無心でなにかに打ちこめたのはいつぶりだろうか。いや、もしかすると生まれてはじめてのことかもしれない。


 ドローンで遊ぶのは楽しい。でも、小説を読むことや、漫画を読むこと、おいしいご飯を食べること、トレーニングをすること、それらと比べて特別な楽しさがあるわけじゃない。


 じゃあなんでドローンだけあんなに夢中になれるんだろう?


 自分の胸に問いかけてみても答えは浮かんでこない。


「おっと」


 ベッドで自問自答している場合じゃない。朝食をとらなければならないし、おいしいコーヒーも飲みたい。昨日、梨子と一緒に仕込んで冷凍しておいた玉子焼きときんぴらごぼうも弁当箱に詰めなきゃ。


 俺は跳ねるようにベッドから下りてキッチンへ向かった。





「先輩、わたしと楽しいことしましょう!」


 放課後、いつものように琴吹さんが遊びに来る。

 彼女が手に持っていたもの、それは――。


「ズイッチじゃん!」


 仁天堂(じんてんどう)が発売するゲーム機、ズイッチ。据え置きモードと携帯モードを切りかえられる優れものだ。


「そんなに喜んでもらえるとは……。やっぱり先輩もゲームが好きなんですね」

「え? いや……」


 べつにゲームが好きなわけじゃない。琴吹さんがはじめて『ふつうに遊べそうなもの』を持ってきたことに、俺はいたく感動したのだ。


 でもそれを言ってしまうと、琴吹さんがいままで持ちこんだものが駄目だったかのように聞こえてしまいそうだ。


 なので。


「うん、ゲーム大好き」


 俺は空気を読んだ。


「よかったあ」


 琴吹さんは「ほお……」と息をついて胸をなでおろす。


「そんな不安だった?」

「はい。だってわたし、いつも変なものばかり持ちこんでるじゃないですか?」


 ――自覚はあったんかい……!


「今回はふつうなので、先輩をがっかりさせちゃうんじゃないかと」

「俺のほうが変なものを求めてたと言わんばかりの」


 驚天動地の責任転嫁である。


 変なものを買い求めるのは琴吹さんの母親だし、選りすぐりの変なものを持ちこむのは琴吹さんだし、言うなれば俺の部屋の惨状は琴吹さん()が原因なのに。


 俺の気持ちなど露知らず、琴吹さんは申し訳なさそうな顔で、


「ふつうですいません……」


 とか言いながら、ズイッチの電源を入れた。


 六インチほどの画面にメーカーのロゴが映しだされた――つぎの瞬間。


 キーン! と歪んだギターの音と、ダダダダ! とマシンガンのようなドラムの音が鳴る。


「『バンドしようよ!』というゲームです!」


 髪を逆立て、顔に稲妻みたいなメイクをした二頭身のキャラクターたちが画面を所狭しと駆け巡りながら楽器を演奏している。


 琴吹さんが俺にコントローラーを手渡した。


「振ったりボタンを押すだけで手軽にバンドマン気分を味わえるリズムゲームとなっております」

「どこから目線?」


 メーカーのひとなの?


 ズイッチの本体を勉強机の上に設置する。画面はちょっと小さいが、遊べないというほどでもない。しかし、音ゲーを楽しむには、音量も音質も少々寂しいような気がする。


「ちょっと音が小さいかも」


 と、言ったのは俺ではなく琴吹さん。


「と思ったでしょう!」

「う、うん」

「そこでこちら!」


 ベッドの上でバッグをひっくり返すと、ばらばらとイヤホンが落ちた。


「家にあるやつ全部持ってきました!」

「おおっ」


 俺が驚いたのは、その数。二十は下らない。それに種類も、ケースに入ったもの、くるくるとケーブルが巻かれたもの、耳にかけるタイプ、耳に差しこむタイプ、様々ある。


 俺の驚きの声を感嘆の声と勘違いしたらしく、琴吹さんは小鼻をふくらませた胸を張った。


「近所でも用意がいいって評判の琴吹です」

「大丈夫? それいじめられてない?」

「? みんないいひとですよ?」


 きょとんとしている。


 ――琴吹さん天然だから心配だな……。


 無意識にそんなことを考えてしまった自分に、俺ははっとした。


 俺こそどこから目線だよ――。


 ――こ、恋人じゃあるまいし……。


 顔がかあっと熱くなり、俺はまるで琴吹さんがそうするみたいに手で顔を覆った。


「どうしたんですか?」


 と、琴吹さんの声が間近で聞こえた。手をどけると、彼女の顔が俺の顔のすぐ近くにあった。つま先立ちをして、ちょっと首を傾げるようにしたその姿勢は、まるで……キス、をするときみたいだ。


「ちょ……!?」


 俺は思わず仰け反り、後じさり、尻餅をついた。


「え、ええ!? 大丈夫ですか、先輩」


 転んだ俺に手を差しだす琴吹さん。

 でも俺は。


「大丈夫、ちょっと足がもつれただけだから」


 手を借りずに起きあがった。


 せっかくの好意を無下にしてしまうのは心が痛いが、いま彼女の肌に触れてしまうわけにはいかない。きっと動揺を隠せなくなってしまう。


 妹の大切な友達に不埒な感情を抱くわけにはいかない。


「さ、さあ、ゲームやろうか!」

「いえ、まずイヤホンを選びましょう」

「あ、ああ、そうでした」


 肌に触れようが触れまいが、動揺は隠せていなかった。

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