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という訳で俺は逃げます

お日様の様な温かさがエーリカの指先から俺の顔全体に広がる。


父と兄が「おお……」と声をあげた。

そうだろう、俺の嫁(予定)はすごいだろう。という気持ちになる。


人は勝手なものだと思う。

結婚をすると決めてしまえば、そういうものとして色々考えてしまう。


少しだけ、ほんの少しだけだけれど、王子も同じだったのかもしれないと思う。


「上手くいきました!!!

鏡、確か私手鏡を持っている筈です」

「それよりも屋敷の鏡で見ればいいですわ」


エーリカと義姉になる人が話している

目を開ける。


鏡をそっと手渡される。


鏡に映っているのはずいぶん久しぶりに見る傷跡の無い自分の顔だった。

多分すごく醜いという訳ではなく、かといって絶世の美男子みたいなものとは全然違う自分の顔。


「ありがとうエーリカ」


一瞬色々な人にこの顔を自慢したいと思ったけれど、それは難しいだろう。


あの母をどうにかすることは難しい。

母は正しく王族に従っているだけだし、乳母は名誉なことだ。

王子を優先するのは忠誠心が高い証で、貴族の力関係もあり結びついた父と母はそれだけで離縁することは難しい。

王子は俺よりも立場が上で、俺をないがしろにしていい立場にいる。


反逆をするだけの胆力はうちの家には無い。


ならば逃げるが勝ち。

地位が上すぎて話し合いにならないし、王子はそういう風に育てられている。

仕方がない事なのだ。


戦う事もできるのは知っているけど俺は、そういうものはあまり得意ではない。

もしも王子がもっと成長して、いつかあの時の話をできる時が来るかもしれないけれど、あの公爵家のお姫様がずっとそばにいてそれが可能かは分からない。

そもそも態と他の側近より身分の低い者と俺の見合いをセッティングしていたというのだって俺の思い込みかもしれない。

ただ、少なくとも俺の傷を形だけでも気にしないという人たちを選んだわけでもなさそうだった。

だからつまりそういう事なのだと思っている。


歩み寄れる状況では、無い。


だけどほんの少しだけ残る乳兄弟としての昔の記憶からもう一度何かきっかけがあって遠くの知人くらいになれないかと思ってしまう。

まああちらがそれを望んでいないかもしれないけれど。


出立する間際そんな話をすると、エーリカだけが「本当にお人よしですよね」と言った。

卑屈は思い当たる節はあるけれど、お人よしと言われたことは無い。


「お人よしではないよ。だって逃げ出すんだから」


そう返し、家族には生活が落ち着いたら連絡をすると約束をした。

そうして、平民でもしそうな恰好に着替えて出発した。

傷跡は家から出る際に無いのはおかしいので幻影の魔法で傷跡が見えるようにし、ある程度進んだら幻影を解く予定だ。


「ハインリヒ様、本当に私でよかったんですか?」

「様は駄目だよ

あまり平民の夫婦は使わない」


エーリカが辻馬車に乗るなりそう言った。

俺が呼び方についていうと赤くなって「ハインリヒさん……うう」と言った。

うちの奥さん(仮)はかわいいなと思う。


そして、「ハルでもいいよ。短くなるし」と言った後エーリカはさらに赤い顔をした。

辻馬車で言う事じゃないなと思いながらも「あなたと逃げることができて本当によかった」と答えた。


少なくとも国外には出る予定だけれど、なるべく早い段階で結婚してしまいたいな、そう思った。

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