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傷跡の思い出

エーリカは笑顔を浮かべた。

はにかんでいる様なそういう表情は初めて見る。


研究所はある意味和気あいあいとはいえ、立場の違い等もある。

全てを知っている訳ではないことは知っているけれど、はじめて見る表情にドキリとした。

自分は多分かなりチョロい。


彼女は真剣な表情をして俺に話をしてくれた。


前に俺の顔を直そうとして失敗した話だった。

そう言われて、そんなことがあったとようやく思い出した。


それは全体を治すことを試みるという様な話ではなかった。

まだ、確立できていない理論を試すために

ほんの少しの部分に治癒を施して、正常な肌とやけどが残り続ける肌、そして魔法を使った部分の肌を比較するというものだった。

だからほんの1cm四方で試したのだ。

結果はあまり芳しくなかった。


その部分は若干固くなってしまった。

エーリカはこちらが恐縮する位謝りまくっていて可哀そうだった。


その時俺が優しくしてくれたのが彼女にとって忘れられないらしい。


「人の怪我を治すという、尊敬できる仕事を手伝えてうれしいよ」


その時俺は言ったらしい。

尊敬できるというのは今も思う。そんなことを言ったのかもしれない。

それに俺の顔のやけど跡は、魔法薬によってつけられたものだ。

一般的なやけどの治療ができても元には戻せない。


だから失敗しても、この方法だと失敗するというデータが取れたという事だ。

研究としては一歩前進してるともとれる。



「そんなこと気にしなくてよかったのに」


俺が改めて言うと「そういうところです。そういう優しいところがハインリヒさんのいいところだと思います」とエーリカは言った。


顔以外の話をちゃんとするのは初めてかもしれない。

いつもは顔が不快になってないか。

顔の所為で陰口を言われているか。

そんな話ばかりだ。


エーリカは顔にやけどがあるというのを正しく認識した上で、話をしてくれていると思った。

勿論魔法使いの中にはやけど跡を気にしていない人間は他にもいる。


だけど、その上で俺の、俺が考えたこともない優しさを見つけてくれていたのが嬉しい。


だけど、本当にそれは小さな小さなことだ。

一生をかけられるほど大きなものだとはどうしても思えない。


そのことをエーリカに言うと「そんなことじゃないです!!」と言われた。


「それに、それだけじゃないんです。

一緒の職場で仕事をしていて本当にハインリヒさんは尊敬できるし、一緒にいて落ち着けるんです」


落ち着くと言われたのは初めての事だった。

傷がプレッシャーになるというのは重々承知だったが、そんなこと言われたことが無い。


「落ち着く」

「はい。でもハインリヒさんは気を使いすぎだとは思いますが」


うーん。気を使いすぎた覚えがない。


「とにかく。私にもメリットしかないってことです」


力強くエーリカは言った。


「だから、私にあなたの言葉を利用させてください」


利用してもいいですよ。じゃないのか。

むしろ優しいのはエーリカの方じゃないのか。

そう思った。

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