51話
本日は連投になります。
洗礼式はまだまだ続きますよ~~~~。
「この箱には六つの指輪が収められています。
人が扱う属性それぞれの魔石が嵌り、指輪を着けた者に適性があれば強く輝きを放ちます」
マリアから受け取った箱を開け、大神官は六つ並んだ指輪から赤い魔石が嵌ったものを持ち上げる。
「そして魔石の色は属性の色を表しています。これは火の属性…アラニス家に多く見られるものです」
「…っ…」
マリアはアラニス家に多いという言葉にギクリとした。
フェルディナンドの孫娘を名乗っている自身に火の属性がなかったら、そう思うと指先が震え始める。
大神官はその怯えに気付き、しわがれた手で優しくマリアの手を撫で小さく大丈夫だと囁いた。
火の魔力への適性は最も多くの人が持つ。
よほど祖先が雪深い地域に暮らしていなければ、大なり小なり皆が持っているものだ。
不安を打ち消すように、マリアの指へ通された指輪はその赤い魔石を燃え盛るように強く輝かせる。
「火の属性持ちだ!」
「さすがフェルディナンド様の孫!」
ワァッと参列者が沸いた。
疑いの目を向けるような者はそもそも招かれていないが、それでもマリアが火の属性を持っていたことで安心する者も多いのだろう。
関門を一つ潜り抜けたことに思わずマリアの肩から力が抜ける。
「火は多くを燃やしますが、同時に人を暖かにするものです。
貴方の火が皆を優しく包まんことを」
「はい」
属性を得た子に送る祈りの言葉にマリアは微笑んで応えた。
その属性が持つ裏と表、善き事に使われるようにと願いを込める言葉はマリアの中に静かに染み入っていく。
次いで深い青色の魔石が嵌った指輪が右手の人差し指に通され、揺蕩う水のように揺らめきながら強く輝いた。
「水は激しい勢いを持って大海へと流れますが、同時に人々の渇きを満たします。
貴方の水が皆を癒し恵みを与えんことを」
「はい」
淡い緑色の魔石が嵌った指輪は右手の中指に通され、柔らかな色に反し広く強く輝いた。
「風は立ち向かう者を押し返しますが、同時に背を押すものでもあります。
貴方の風が皆の背を押し幸福を運ぶものであらんことを」
「はい」
琥珀色の魔石が嵌った指輪は右手の薬指に通され、まるで内側から弾けるように強く輝いた。
「土は山として人の歩みを阻みますが、同時にその足元を確かに支えます。
貴方の土が皆に安堵を齎すものであらんことを」
「はい」
薄青を溶かしたような清廉な白い魔石が嵌った指輪は右手の小指に通され、照り返すように鋭く輝いた。
「氷は吐息を白くし身を凍てつかせますが、同時に弱い体を護る盾でもあります。
貴方の氷が皆にとって春の先触れとならんことを」
「はい」
五つの指輪がその手で輝くと、参列者は言葉を失った。
聖女は必ず光の属性を持つ。つまり、マリアにはもう一つ六つ目の属性が約束されているのだ。
テスパラルに帰還した聖女エリアナでも四つ、六つ指の聖女など歴史書でしかその存在を知らない。
国を問わず聖女も王族も四つ指以下になって久しいというのに。
「……私がこの指輪を嵌める日が来るとは、」
大神官は感慨深げに呟いた。
フェルディナンドが洗礼を受けた当時、大神官もまだ洗礼を迎えたばかり。
年老いた神官によって通された指輪…そこに嵌った光の魔石を輝かせるフェルディナンドの姿は今も彼の記憶の中に焼き付いている。
聖女の洗礼を執り行える喜びと共に幼い頃の記憶が上書きされてしまうような寂しさが心を波打たせていく。
「………」
一度、一度だけ深く呼吸すると大神官は優しく蕩けるような乳白色の魔石が嵌った指輪をマリアの左手親指へと通す。
魔石は朧げな光を波状に広げ、聖堂の中で幾重にも重なりながら膨らんでいく。
(……そう、なんだ)
マリアは自身の指から広がるその光の波を見つめながら確かに『それ』が自分のものなのだと感じ取った。
これまで感じることはなかったが、気付かなかっただけで生まれた時から自分の中にあったのだと、理解できる。
違和感はおろか、懐かしさすら感じないほどに。
目の前に広がる幻想的なその光景に参列客や脇に控える神官達は宙を見上げあんぐりと口を開き、陶然とした。
「…やはり、グラダファの娘は違うな」
フェルディナンドはかつて己がその指で輝かせたものとは明確に違う、強く清廉なその光を眩し気に見つめていた。




