27話
「今日はお招きありがとうございます。
お久しぶりです、ミランダおば様」
「よく来てくれたわね、ルカ」
イヴリンが連れてきた少年はレオポルドとよく似た燃えるような赤いくせ毛に榛色の瞳を持っていて、肌の色は母譲りなのか抜けるように白い。
また、顔立ちも彫りの深さはテスパラル寄りだがツンと上を向いた鼻や目の優しさはリャンバスの血を感じ、両国の雰囲気が上手く合わさった印象を受ける。
マリアの二つ上でデビュタント前だと聞いていたが、向かい合う初対面のマリア相手に微笑みかける姿は落ち着きがありマリアを安心させた。
「初めまして、僕の名前はルカ・アラニス。
君の名前を聞いてもいいかな」
「初めまして、ルカ様。マリア・テオドラ・ランティスと申します」
「母から聞いていた通り…その、とっても可愛いね。
僕の事は兄と思って仲良くしてくれると嬉しいな」
上に兄二人、姉が一人いる末っ子なせいか妹に憧れていたと嬉しそうに笑う顔は僅かに赤い。
血縁上の妹はいたがあまりその感覚のないマリアは年が近い少年の気さくな対応に笑顔が綻ぶ。
「では…ルカお兄様、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「勿論さ、僕にもマリアと呼ばせてくれる?」
「はい、ありがとうございます。
えぇと……どうぞこちらへ、ご案内いたします」
物腰柔らかなルカが相手なせいか、マリアの中にあった僅かな緊張はすぐに消え失せた。
調子を取り戻し母から教えられていた通りに持て成す様子に母親二人はほっとしたように息をつく。
今回イヴリンがルカを連れてきたのは会話術の確認や仕上げだけでなく、婚約者候補として最初の顔合わせも兼ねていた。
いくら前子爵の孫娘を名乗ったとはいえ、本来なら無関係なところをでっちあげたのだから血縁関係を証明する事はできない。
そんなマリアが子爵家の跡取りになる事をよく思わない親族もいるだろう。
その為、いずれマリアの伴侶となるのはアラニスの直系男子が望ましいと養子入りの段階で話し合われていた。
跡取りである長男は既に婚約者がいるが、下二人はまだ婚約には早く内定もしていない。
フィーガスの血筋で言えば従兄妹にあたるものの両国とも従兄弟の婚姻は禁じられていない為、表向きも裏向きも問題ない。
ひとまず二人の内、年が近く気性が穏やかなルカを引き合わせてみようと今日のお茶会が計画されたのだが、思いの外早く打ち解ける様子に両家の母の不安は解消された。
「ルカお兄様は、聖騎士様を目指してらっしゃるんですね」
「小さい頃に読んだ絵本の影響でね。普通の騎士もいいけどやっぱり聖騎士がいいんだ」
「この間お母様と街に行った時に、聖堂を護る聖騎士様を見ました。
真っ白な鎧がとても綺麗でしたが、聖騎士の皆様は必ずあの鎧なのでしょうか?」
「そう!聖騎士の鎧は何色にも染まらない純白と決まっていて…」
屈託なく、けれど相手を立てるようにゆっくりと会話を重ねるマリアのコミュニケーションは気が強く情熱的な女性が多いテスパラルにおいて珍しく、少なくとも母を除けばルカの周囲ではあまり見ない。
そしてそれは幼い頃からテスパラルで育ち、テスパラルの親戚や両親の知人の子女に囲まれ育ったルカにとって非常に心惹かれる魅力だった。
(姉を持つ弟という生き物故、というのもあるだろうが)
マザコン…というには足りない程度だが、生まれて今日までの時間の中で最も近く、最も長く過ごしてきた女性である母に憧れてしまうのは男子の常だろう。
そんな母を思わせる少女に好意を持たないわけがなく、ルカは自分の夢を語りながらどこか心が浮足立ち始めるのを感じていた。
それに加え貴族子息として十を越えれば、母が立ち会うとはいえ他家のいない場で異性に引き合わせられた意味に気付く年頃で、目の前に座る相手がそのまま自分の花嫁となるかもしれない…と考えればどうしても意識してしまうのは当然だった。
たった二時間程度のお茶会だったが、若い心が育つには十分だったのだろう。
一度異性として意識してしまえばほんの些細な…カップを持つ白い指の細さも、嫋やかに弧を描く瞼もルカの芽生えかけの心をぐんぐんと育てていく。
ティーカップの底が二度見える頃には胡桃の樹のように深い茶の髪へ添えられた真珠が自分が暮らすアラニス領のものだというだけで、えも言われぬ喜びを感じ胸を高鳴らせるほどに恋を感じていた。
「今日はありがとうございました、ルカお兄様」
「こちらこそ、とても楽しかったよ。…良ければ、あの、今度はうちに遊びにきてほしいな」
「はい、是非に」
和やかなまま、小さな二人の出会いの場は終わりを迎えた。
その後、ルカはイヴリンと共に帰宅するべき馬車へと乗り込んだが…馬車の扉が閉まるや否や、顔を上げまっすぐにイヴリンを見つめた。
「母様、兄様達の予定を教えてください」
「なぁにルカ、急にどうしたの」
「兄様達がいない日じゃないとマリアを呼べません。
エルナンド兄様は婚約してるからいいけれど、マルシオ兄様はダメですっ」
末っ子だからか大人しく育ったとばかり思っていた我が子の初めて見せる強い主張にイヴリンはまぁ、と感嘆の声を漏らす。
「そんなにマリアちゃんを気に入った?」
「っ…」
「ふふ。でもね?貴方には悪いけどマルシオもあの子の婚約者候補だから、そんなことはできないの」
幼児に言い含めるようにゆっくり、指を突き付けながら話すイヴリンにルカは大きな目を見開き、愕然とする。
「マルシオ兄様も婚約者候補…!?」
「あの子はちょっと事情があって余程の事がない限り必ずうちからお婿さんを出すけれど、それが貴方じゃなきゃいけないわけじゃない。
アントニオおじさんの娘でランティス家の跡取り…女子爵になる子なのよ?
いずれ子爵になる子の結婚相手としてマルシオの方が向いているならそちらを婿に出すわ」
「…でも、僕の方が…」
「えぇ。今は母様もそう思う。
マルシオも元気でいい子だけど、マリアちゃんには貴方の優しさの方が合うと思ったからこそ先に会わせたの。
でも貴方達はまだ子供だから、この先どうなるかはわからないでしょう?
貴方が他の子に一目ぼれするかもしれないし、マルシオがすごーく努力して子爵の花婿に相応しくなるかもしれない。
これはアラニス家とランティス家の大事な話だから、慎重に決めさせてちょうだい」
「……わかりました」
貴族に生まれた以上、婚約や婚姻で感情を最優先するわけにはいかない。
デビュタント前にも関わらずその考えが根付いてる息子の様子にイヴリンは微笑み、赤毛をそっと撫でる。
「私はやっぱり貴方がいいと思うのだけど、こればっかりはねぇ」
「大丈夫です…僕も努力して、絶対僕を選んでもらえるようにします。
マルシオ兄様、いいえ、マルシオ兄上にも負けません!」
「あらまぁ…やっぱり貴方もレオの息子だわ」
年の離れた長男はともかく少々我の強い次男とテスパラルらしい性格の長女の下で育ったせいか、ルカは他の同年代に比べ我儘を言わない物静かな子に育っていた。
その為貴族としてやっていけるのかと悩んでいたのだがマリアとの出会いはいい影響を与えたらしい。
「じゃあ早速、次のお茶会にはマルシオを連れていくけどヤキモチやいて喧嘩してはダメよ。
平等にチャンスを与えなきゃフェアじゃないものね、未来の騎士様?」
「うっ……はい…わかりました」
ふわふわとした赤毛を撫でながら、イヴリンはよくできましたと微笑んだ。




