25話
いいねやブクマ、いつもありがとうございます。
誤字報告も助かっております…気を付けてはいるのですが:
ランティス邸の二階、日当たりのいい角部屋がマリアの部屋として用意されていた。
隣がミランダの私室でアントニオは更に隣の部屋となっている。
ここは人が暮らすのなら間違いなく屋敷の中で一番条件がいい部屋…本来なら当主が使用するものだと、扉を開けた瞬間に感じる爽やかな風と日差しが伝えてくる。
「マリアちゃんはもうすぐ洗礼だし、デビュタントも近いでしょう?
きっとあっという間に成人して当主を継いでしまうから、どうせならもうこのお部屋を使ってもらう事にしたの」
「でも、お父様のお部屋じゃ…」
「トー…お父様の事はいいのよ、城に詰める事も多いから。
すぐ外に出れる方が楽だって、それはもう嬉しそうに部屋を階段前の所に移していたわ。
…それで…このお部屋の内装は私が調えてしまったけれど、どうかしら?」
ミランダの言葉に振り返ると、その部屋の中は屋敷全体の温かなものとは異なり、甘すぎないモダンな雰囲気に纏められていた。
白地に生成りの蔦と花模様が浮かぶ壁紙。黒檀と金細工で構成された家具。
花瓶や燭台など置かれている調度品も子供らしさがない淑女の為に作られたものだ。
「初めてあちらのお屋敷で会った時に、白いレースの襟が付いた濃い緑のワンピースを着ていたのがとても素敵だと思ったの。
きっともっと素敵な女性になっていくから、それに見合うお部屋をって考えたのだけれど…少し暗すぎたかしら…?」
生家では広さのない離れで、ピンクに細かな花柄が散った幼い女児の為の部屋だった。
領邸で間借りしていた部屋はイヴリンのもので、恐らく彼女の趣味だろう白と淡い空色で統一された清潔感のある部屋だった。
この部屋はそのどちらとも違う、母であるミランダが娘の為に調えた想いのこもる部屋で、自分の将来を描いたそれを喜ばないマリアではない。
「……ありがとうございます、お母様。
私きっと、このお部屋が大好きになります」
そっと母の着るドレスの袖を掴み、はにかむ。
年相応に照れを含んだその顔にミランダはマリアの目線まで腰を落とすと一層愛情を込めて頬に唇を寄せた。
母が退室し、マリアはアンジーと共に部屋の家具やそこに収められたものを確認し始めた。
エリヤは既に教育係となる先輩侍従の元へ案内された為、別行動だ。
フィーガス邸で山となっていたイヴリンからの贈り物は既に届いていて、あの日抱き締めたクマのぬいぐるみもベッドに寝かされていた。
「この子もちゃんと来たのね」
「大きなベッドでよかったですね」
「えぇ、また一緒に寝られるわ」
まだ空白が多い本棚の中にはフィーガスで使っていた教本と同じシリーズが端に並び、クローゼットの中もテスパラル風の薄布を重ねた物が何着か掛けられている。
マリアが好きなものを選べるようにあまり買わなかったと言った父母の、目に見える配慮だ。
「アンジー見て、ブローチと同じマークが入ってるわ」
「まぁ…便せんにも同じ柄の透かしがありますね」
幼い子供にはまだ不釣り合いな大きさの机に並ぶガラスペンとインク壺、レターセットにノート…筆記具全てにマリアが今も胸元に着けているブローチと同じ海亀と花の模様が入っていた。
ブローチもテスパラルの貴族であれば当たり前。
これらの印が入ったものも用意して当たり前のものなのかもしれないが、それでもマリアにとっては掌に落ちてきた星のように特別な、キラキラと輝くものに見え抱きしめたいほどに愛おしく感じられるものだ。
真新しい絨毯の硬い踏み心地も、触れた家具の木目の滑らかさも、この家の娘の為に用意されている。
「私、本当にこの家の子供になったのね」
遠い所まで来た。
そしてその遠い所が、家になった。
開いた窓から流れ込んだ風が白いカーテンをふわふわと踊らせ、マリアの長い茶色の髪を揺らす。
この髪は確かにマリアベルを生家から遠ざけたが、それでなければ彼女はここまで来られなかった。
マリア・テオドラ・ランティスの幸福に続く道はお姫様ではないからこそ、今彼女の足元に描かれている。
新しい父母の優しさが、海亀の横に咲く花が、この先の道を歩むマリアを守り導いてくれる筈だ。
「ねぇ、私、この家の子供になったのよ」
「だから、」
「…さよなら、マリアベル」
もう何処にもいない、お姫様になれなかった私。




