23話
「マリア!よく無事で…!」
「マリアちゃん…!」
「お父様、お母様…お待たせいたしました」
あれから二度宿に泊まりつつ馬車は進み、王都へとたどり着き…途中、王都に入る為の大門で馬車の中まで身分証の提示を求められたがレオポルドから渡されたカードを見せるとニッコリと笑い敬礼で迎え入れられ、概ね問題なくランティス家で待っていた両親に迎え入れられた。
フィーガスの祖父母やレオポルドが同行していたとはいえ幼い子供が国を跨いで移動するのがよほど心配だったのか、養父アントニオに至っては微笑むマリアベルの姿に涙を浮かべている。
「…あれがお嬢さんの親?」
「そう。形式的には君の雇用主になる者だ。
どうだろう、彼らの匂いとやらは」
「………」
スン、とエリヤは鼻を鳴らし二人を見た。
レオポルドが馬車から降りてすぐ屋敷の壁に結界魔法を流したおかげでエリヤが馬車の外に出ても騒ぎは起きていない。
「アンタと似てるね、でもアンタよりいい匂いかもしれない」
「おや…それは残念だ。
だが君もそっちの方が安心だろう?」
「そうだね…ていうか、すごい見られてない?」
エリヤの言葉通り、マリアベルを抱き締めるミランダの横でアントニオはじっとエリヤを見つめている。
それは恐らくマリアベルの手前見つめている、の範疇に収まっているが、もし彼女がいなければ強く強く睨みつけているだろうことが明白だった。
「誰ともわからない者が同じ馬車から出てきたんだ、娘を持つ男親なら仕方ないさ…アントニオ!」
苦笑いで呼べば、アントニオはミランダの肩を叩くと足早にレオポルドとエリヤの元へ歩いてくる。
その顔からは警戒心が消えず、器用にこちらにだけ向ける殺気も相まってまるで大型の魔物のようだったが向けられているエリヤは視線を逸らす事無く目を合わせ続けている。
「…レオポルド、この者は」
自分よりもはるかに大きく分厚い体格から放たれる威圧感はエリヤがもしただの子供であれば竦み上がるほどのものだが、その独自の嗅覚で善人である事を見抜いているエリヤはどれだけ警戒心を込め見下ろされてもどこ吹く風だ。
「彼はマリアベルが選んだ、あの子の侍従だよ」
「なんだと、侍従は俺が…!」
「お前が、なんだ?
うちから良い人材を紹介してもマリアベルに懸想するかもしれんといって全部突っぱね、未だに候補すら決められていないお前が、なんだっていうんだ」
「ぐっ…し、しかし、」
マリアベルが最後にフィーガス領で受け取った手紙には侍従が決まらない事だけ書かれていたが、本来であればそれはあり得ない事だった。
いくらマリアベルの境遇が他者と違ったとしても、契約を交わせばそれなりに信用はできる。レオポルドとしてはマリアベルが養子入りする前にある程度候補を絞り込み、実際に顔合わせをして最終的な選別をする流れを予想していた。
しかし、それを台無しにしたのが目の前のアントニオだ。
娘への愛がそうさせたのだろうが、アントニオはマリアベルの近くに若い異性を置くのを嫌がりレオポルドやミランダの実家から紹介された青少年を全て不適格だと突っぱねてしまったのだ。
確かにマリアベルは愛らしい顔立ちをしているし、令嬢と侍従の秘められた恋を描いたロマンス小説は定番中の定番だ。
しかしだからといって全ての主従が恋に落ちる訳ではない。
「…トーニョ、ようやく迎えた娘を大事にしたいお前の気持ちはわかる。
わかるからこそ、このエリヤを彼女の傍に置くんだ。
これは親友としての願いでもあるし、一族の長としての命令でもある」
「…何故、この者なんだ?あちらの家の紹介か?」
「この子についてはマリアベルが教えてくれるのを待つしかないが、少なくともマリアベルにとって害になることはないと断言できる。私を信じて、うまく育てて使ってみろ」
「………エリヤとやら、魔力はあるのか」
信じたくはないが、仕方がない。
そんな心中がありありとわかる表情で振り返ったアントニオの問いにエリヤは指折りながら自身が使える魔術を挙げる。
「あるし、生活魔術は一通り使える」
「そんなものは基本だ、他は」
「風と水の簡単な奴なら」
「なんと、二つ指か」
「違うよ、一番得意なのは氷」
「三つ指だと…!?おい、レオッ」
テスパラルでは魔術を行使する為の魔力属性を指で数える。
魔力の総量は魔術の修業や体を鍛える事で増やすことができるが扱う事ができる属性は生まれ持ったもののみで、増える事はない。
一部存在する魔力持ちの平民は殆どが一属性、つまり一つ指と呼ばれ二つ指は数十年に一度現れるかどうかだ。
下位貴族は一つ指と二つ指が半々程度で、高位貴族になると二つ指が多いものの三つ指も珍しくない。
レオポルドは火・風・雷、アントニオも子爵ながら火・風・土の三つ指でアラニスの血筋が如何に魔力的に優れているかを如実に表している。
魔力に満ちていた数百年前は下位貴族でも四つ指の子が普通に産まれていたと言われているが、現代の四つ指は特殊な例を除き王家かそれに連なる家にしか現れない稀少な存在だ。
そんな中、平民にしか見えないエリヤが三つ指だと言われアントニオは思わずレオポルドに向き直る。
レオポルドは内心メディアの子である事に気を取られ確認し忘れていた事に焦っていたが、隙を見せればアントニオの中のエリヤに対する疑念が深くなりかねないと、余裕の表情でわざとらしく笑って見せた。
「ははは、何を驚いているんだトーニョ。
まさかただの子供をとでも思ったのか?」
「…なにか理由があるようだな」
「さて、ね。
エリヤも、この家の者にはいいが三つ指であることはあまり大きな声で言わない方がいい…雑音は極力さけたいだろう」
「わかった」
続いて紹介したミランダはエリヤの美しい顔立ちにまぁ、と驚いたが彼を選んだマリアベルの目を褒めそやした。
淑女の傍に置くのなら見た目が美しいに越したことはなく、所作や言葉遣いから平民である事はわかったがそれを理由に拒否する事もなかった。
「本人が選ぶのが一番だもの。
トーニョに任せていたらいつ決まるかわからないし、もし良くない子ならレオポルド様がダメだと言っている筈よ」
女性らしい強かさを感じさせる笑みにマリアベルは感謝を伝えエリヤの手を取って喜んだ。
そしてエリヤの紹介が終わると、いよいよランティス邸へと案内される。




