22話
かなり投稿期間が開いてしまい申し訳ありません…!
急に寒くなったせいか風邪がぶり返しまして、ベッドと仲良しこよししておりました。
書き溜めもない状態からなので不定期になりますが、今日からまた更新続けていきます。
「さて、私達はこれから王都に向かうわけだが…幾つか注意する事がある」
「はい」
アラニス家の家紋が入った馬車の中でマリアベルは硬い金色のカードを受け取った。
赤く小さな魔石が埋まり、炎をモチーフにした刻印が刻まれたそれをレオポルドは必ずマリアベルが持つようにと念を押す。
「これは一時的な身分証のようなものでね、所持者がアラニス家に関りがあり、万一何か問題を起こした時はアラニス家が責任を負うという証だ。
金色は高位貴族用で使用人の同行は三人まで許されている。今回は私が同行しているから不要だとは思うが…念の為、養子縁組が受理されるまで持っていなさい」
「わかりました」
「それから、ランティスのタウンハウスは貴族街の中心に近い。
騎士もいれば高位貴族も当たり前にいる…タウンハウスに着き次第敷地に結界を張るから、エリヤはマリアベルの洗礼まで敷地の外には出ないように」
「…わかった」
「子爵家とは言え次期当主の専属侍従になるなら学ぶ事は多い。当面退屈する暇はないさ」
レオポルドは既に、魔物の魔力を持つエリヤの扱いについても対策を考えていた。
メディアの子であるエリヤを不当に扱う事はできないが、かといって公にする事もできない。洗礼を受ければ何も気にする事がなくなるのなら今だけ多少の不自由を我慢してもらうのが妥当だろう。
「私もたくさん勉強するから、一緒に頑張りましょう」
「…お嬢さんがやるなら、俺もやるよ」
「うんうん、切磋琢磨しながら頑張るといい。
そうだ、マリアベル。君の教育について後でミランダにも伝えるがね、君は少し手を抜きなさい」
「えっ!?」
マリアベルからすれば学ぶ事は星の数ほど、山のようにある。
それらが洗礼とその後のお披露目までにどれだけ詰め込めるかと不安ながら張り切っていたマリアベルはレオポルドの言葉に驚き目を見開いた。
「君はこれから平民上がりの貴族になる。
礼儀作法も教養も別に今の段階で完璧になる必要はないし、最初に完璧を見せれば失敗した時のダメージが大きくなるだろう。
不本意かもしれないが多少の“可愛げ“を残しておく方が居心地が良くなる筈だ」
「…可愛げ…」
「洗礼さえ終わればデビュタントまで三年ある。勉強はその時に回して、まずは家族になる為に時間を使うといい。
家族と話せば最低限の会話は身に付くしね」
「あ…はい…!ありがとうございます、伯父様」
マリアベルにとって養父母はまだ緊張が抜けきらない相手だ。
勿論互いにこの縁を喜んでいるのは理解していても、本当の意味で家族になるにはまだ時間がかかるだろう。
その最初の歩み寄りを大事にしろと言われ、マリアベルはふわりと笑う。
「それと、これは私の個人的な頼みなんだが」
「はい」
「君にとって指標となるものを決めてほしい。
すぐそこにあるものではない、大きな目標だね」
「指標、目標…ですか?」
「勿論既に決めたものがあるならそれでいい。
だが君はこれまであまり恵まれてこなかった。目標なく、ただ必死に生きてきたのではないかな?」
レオポルドの言葉はけして強いものではなかった。
子供へ向けるに相応しい優しい響きを持っていたが、マリアベルの心にはまるで重い石を投げられたように感じられた。
先程、エリヤに選ばれた理由を思案している間もずっと自分自身を肯定できなかった。
流されるまま、受け入れ…伸ばされた手を必死に掴むしかしていない自分を、マリアベルは幸福だと感じる度にずっと心のどこかで恥じていた。
「………そう、かもしれません」
考える余裕がなかった、といえばそうなのかもしれない。
しかしこれからは違う。
今まで生きてきた時間よりも長く、養父母の元…テスパラルという国で暮らしていく。
彼らの娘としても、子爵になる者としても、ただ流されるままではいけない。
「指標は欲求であり動く理由だ。
強すぎても良くないが、無いと人として輝けないと私は考えている」
「…伯父様にも指標があるのですか?」
「あぁ、勿論だとも。
私は最愛を幸せにすることを指標にしている。
イヴリンと出会った瞬間から私の人生は彼女の幸福の為のものだ」
「えっ……あ、そうなのですね…?」
唐突な惚気にもとれる、むしろそれ以外に受け取れないレオポルドの言葉にマリアベルは頬を染め目を逸らす。
しかし確かにレオポルドといるイヴリンは常に笑顔で、幸福を体現しているようだった。
「君だけの、君の為の指標を定めなさい。
私に報告する義務はないし、他の誰にも言う必要もない…内緒話として教えてくれたら嬉しいけどね」
「…私の為の、指標…」
レオポルドは悩むマリアベルを見ながら、すっとその横のアンジーに視線を走らせる。
侯爵として、商人として人を見てきたレオポルドにとって心の中に芯…指標がある者を見分けるのは比較的容易だった。
あれが欲しい、あの人が欲しい
あの人のようになりたい、この人に全てを捧げたい…
生きる上で、それに手を伸ばす者の目は輝きが違う。
それがたとえどんなものであろうが、ただ地面や自分のいる所を見つめ続ける者にはない生々しい輝きがあるのだ。
そしてそれは強さにもなる。
これから血筋を設定付けしたとはいえ平民育ちとしてテスパラルの貴族になるマリアベルは並よりも強くならなくてはいけない。
レオポルドが親族…宗家の長としてどれだけサポートしたとしても本人がすぐに折れてしまっては何の意味もない。
マリアベルに話すにはやや性急かもしれない、とわかってはいたがエリヤを…メディアの子を連れてきたのならいつまでも子供扱いするわけにはいかなかった。
マリアベルは既に主人なのだ。
「さて、そろそろ一日目の宿だ。
旅人向けのだが私も昔使った事がある、いい宿だよ。女将のパイが絶品なんだ」




