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七十七. 1863年、大和~天誅組を、止めろ!~

どんっ


松田 重助が天誅組本陣に乗り込んでいた。本部の場処など、竹志田と内田を尾行(つけ)ればちょちょいのちょいである。え、自身も見張られていなかったかって?逃亡人生なめんな。


「うちの子を返して貰おうか」


松田が威勢よく啖呵を切った。背後には力士隊ならぬ彼の専属力士の中津 彦太郎がそそり立っている。仁侠映画の一場面の様だ。が



「はあ?」



吉村等は間抜な声を上げる。一体何の話だよ。吉村等は別に松田んちの子を拉致った覚えは無い。てか、うちの子って誰。


「「げっ、松田っっ!?」」

竹志田と内田の“うちの子”自身が“うちの子”という自覚が無いのだから吉村等が知らなくても仕方が無い。竹志田等も松田の突撃訪問に驚いている。そしてあからさまに疎ましがっている。

「・・・チッ。何で来たんでィ」

「勝手に保護者面されても困るんスよお兄さぁん」

ヤンキー坐りに因縁をつける眼つきをして松田に突っ掛る。こちらも、何故か喋り方が仁侠映画の悪役の様。映画一本撮れそうだ。

「ええい黙れお前ら!! 手前(てめえ)の尻も手前で拭けないくせに一人前ぶるな!!あと何だその喋り方は!直しなさい!そして先輩をちゃんと敬え!全く彦斎といい!」

松田が梢子棍を取り出し真赤になって喚き散す。些か感情的に過ぎる。そして怒りの矛先がどんどん変ってきている。


「おい。内輪揉めなら外で()れ。二人は返すから」

「「「えええぇ!!!?」」」


吉村の欝陶しげな回答に、肥後人一同は顎が外れそうな程の大声を上げる。貴重な筈の兵力をあっさり手放しやがったあぁーーー!?

松田以上に竹志田や内田がショックが大きそうだった。

「あの人とは何でもありません!俺達は肥後勤皇党とは何の繋がりも無いんです!!」

「組織から独立した志士ならついて行っていいんでしょう!?お願いします!!」

竹志田と内田が必死に吉村に懇願する。う゛・・・松田としては見ていて微妙な気分だが、竹志田と内田のみ隊から外されても仕様が無い。

名付けて“うちの子作戦”。モンスター‐ペアレント的な駄々を捏ねて隊に風穴を開ける事で、攻撃の前に解散させる目論見だ。

抑々がこの天誅組、隊の結束は清河の引き連れた“浪士組”にも劣る。




『―――余計なお世話かも知れませんが』

―――彦斎が松田の許に来て、数日を其の侭大坂で過した。彦斎自身はまったり茶を点てたり和歌を詠んだりと休暇を満喫していたが

『十津川郷士が近い内に大坂に入ります』

『・・・・・・何?』

・・・・・・山口が松田にそっと情報を入れる。

『郷士の代表を見せしめに斬首し、脅迫して隊に組み込んだ様です。武装も大してさせられていないのだとか。天誅組とはそういう連中です』

『・・・!おい―――』

松田がはっと顔を上げ、声のした方向を見る。山口の姿は既に無かった。・・・・・・松田はその姿勢の侭固まる。あいつは一体何者だ。




吉村は首を縦に振らない。吉村等が一転して彼等を手放そうとするのは、“肥後”の背景があっては(かかわ)りたくないからだろう。

「・・・お前達」

吉村が竹志田と内田に掛りっ切りになっている間に松田が兵達に声を掛ける。―――誰か一人でも勇気を振り絞る事が出来れば。

「・・・大変だった様だな。だが、お前達は其でいいのか。お前達は大将の首を取られてまで戦闘に参加させられている。かと思えば、うちの様に戦闘に参加したくてもさせて貰えない者がいる。其はおかしいと思わないか」

「あっおい、松田!」

吉村が竹志田と内田を振り切って松田の許に駆けつける。松田は吉村の慌てるさまを見ると・・・にんまり、としたり顔を浮べた。

(・・・・・・っ!こいつ・・・・・・!)

それ(矛盾)を見せつける事が目的か。不満は相当溜っている。士気に大打撃を与えるだろう。現に竹志田と内田の二人はもう追って来ない。


ガッ!吉村は松田の胸倉を掴んだ。


「貴様・・・・・・!」

松田も伊達に浪士を遣っていない。吉村の腕を掴み



「お前も目を覚ませ、吉村 寅太郎」



・・・・・・細い瞳孔を光らせて言った。


「武力蜂起がいけないと言っているんじゃない。只、今回の決起は意味が無いと言っているんだ。其どころか、同時進行で行なわれている別の計画を潰し兼ねないんだぞ!」


「大和行幸、か?」


・・・・・・フッ。吉村は胸倉より手を離し、其の侭己の額に当てた。・・・顔を伏せている。併し、クックック・・・と喉で哂い、(やが)(わら)い声が高く大きくなってゆき、其に伴って吉村の背は弓形に大きく反り、顔は限界の見えた天井を見上げた。



「はははははははは!!」



吉村は大口を開けて哂った。要塞が崩れん程に響き亘る声であった。十津川郷士と、竹志田、内田はその不気味さに頬を引きつらせた。

「・・・・・・何が可笑しい」

・・・松田も思わず梢子棍を構える。中津は吉村の背後に回った。・・・・・・。ぴたりと哂いが止み、辺りには急激な静けさが広がった。


―――――


「・・・・・・平野さんは、西郷殿と親しい」

「・・・・・・」

松田とて、其位は知っている。この男とて御癸丑以来に匹敵する程の志士歴はあるのだ。併し、御癸丑以来になるには―――・・・齢が若すぎた。

御癸丑以来でも巨魁、その上風土的なものがあり西郷との面識は無い。

「其が、何だ」

「肥後はいつも長州、長州。滑稽な迄にと思っただけだ。そして見事に長州側の情報しか耳に入れていない。肥後のその立場なら仕様も無いか」

「・・・・・・!?」

そうだ、肥後の志士は基本的に長州以外の志士との交わりは少ない。そういう風にされているから。西郷といえば薩摩だが、薩摩側から長州の耳には入らぬ全く別系統の情報が志士の間に流れているというのか。


「・・・・・・まさか」


西郷が志士である事は恐らく佐幕の世になっても違い無い事なのだろう。平野 国臣や天誅組に薩摩藩の情報を与える誠実さはあるのだから。西郷にはこの頃、藩政府を止める程の力はまだ無い。



とにかく誰かが、生き残る方法を考えるしか



「てめえ・・・・・・」


と謂うより、平野 国臣等御癸丑以来か。なるほど之では志士が勝てるか判らない。併し、平野は何故この事を長州に伝えなかった。いや、伝えれば恐らく長州藩は武器を持ち出し、京が戦渦に包まれるであろう。ならば何故挙兵計画は明かした。



――――・・・知ったところで止められぬ,からか



・・・・・・まるで知らせないのは確かに不味い。

「・・・・・・大人しくなったな」

・・・・・・松田は十津川郷士達と―――・・・竹志田、内田を見る。


「・・・ふっ」


松田は突如、口許を緩ませた。吉村は瞳を大きくする。竹志田と内田が顔を上げた。がばっ、と松田が二人の肩に覆い被さる。

「・・・おいおい、さっきの威勢の良さは何処に往ったんだ。挙兵に参加したかったんじゃなかったのか」

すっかり空気に呑まれ、竦んで仕舞っている後輩を松田は元気づける。陰で見守られていたとはいえ、たった二人で頑張ってきた彼等を守って遣りたいと想った。

「俺に任せろ。お前達の志を無下にはしないし、かといって無闇矢鱈に死なせはせん。お前達の死ぬ場処は此処じゃない。だから、俺が何とかして遣る」

わしゃわしゃと二人の髪を掻き混ぜる。

・・・・・・っ!内田は縋る様な眼で松田を見た。そして何かを言いたそうにする。併し其を阻んだのは・・・18歳の竹志田 熊雄だった。

「ん?」

松田は穏かな声で問う。竹志田に至っては、唇を噛み締め、涙を堪えていた。内田は禁門の変まで生きるが、竹志田は一月後に死ぬ。戦死ではない。病死である。

竹志田がこの時期を選んで死ぬ事は、天命だったのだ。

―――無論、松田は知らない。


「―――事情は解った。だが、俺は其でも反対だ。兵の戦意が低すぎる」

「其はお前がそうしたからだろうが・・・・・・!」


吉村が最早ヒステリーとも謂える(はげ)しさで松田に喰い懸る。確かに松田は今のところ、どれも空振りでいいところが一つも無い。


「いや、お前の募り方が不味い」


松田は首を横に振り、きっぱりと断わった。腕組みをしていて偉そうだが、其も確かに一理ある。

「彼等は攻撃を望んでいない。・・・・・・お前が納得のいく説明を怠り、彼等の大将を斬首したからな。恐怖と憔悴で(やつ)れ切った兵を出したところで、志士側(こちら)の戦力を無駄に削るだけだ。其に、人を動かしたいと思うならば動かすなりの作法があるだろう」

松田は肥後藩が絡まなければ極めて合理的な志士である。吉村等指揮を執る浪士、兵力十津川郷士、内田、竹志田、そして長州藩。


全てを尊重するならば答えは(ほぼ)一つであろう。



「天誅組(この兵)を京に持って()く」



松田の発案に、皆が瞠目した。皆が愕いた。



「貴様、(みやこ)を攻めろと言うのか」

吉村は歯を剥いた。



十津川郷士の落胆は大きく、今こそ反乱を起し兼ねぬ剣幕となる。後輩達は死に場処を与えられたのかと腹を括った。



「今は“攻”より“守”だ!」



だが松田の意図は違う。吉村等浪士共はやる気に溢れる。十津川郷士は決起に懐疑的。長州藩には危機が迫っている。松田自身は極力犠牲を出したくない。

之等全ての情況、感情を充足させる方法とは。



「―――天子さまを攫う計画はもう諦めろ。天誅組(おまえたち)が手を出さなければ攘夷親征は滞り無く終る。そうすれば朝廷が主権を持つ算段になっている。其よりも京に行き、長州藩に加勢すべきだ。薩摩(やつら)の狙いは飽く迄長州藩なんだろう?天誅組(おまえたち)の存在は誰も想定していない。なれば、新しいものに手を出すより失おうとしているものを引き留める方が先じゃないのか」



吉村等浪士共は血気を持て余している。なれば、殊更抑えつける事はせず、ぶつける方向を変える方がよいか。

現実的な薩摩の事だ。天誅組(想定外)が来れば取り敢えず退き、大事に発展させはしなかろう。だからこそ天誅組首謀者達はあの血腥い寺田屋事件でも生を得た。

(・・・・・・まぁ、二度目があるかは知らないが)

寺田屋程度の大きさにはなるかも知れないが―――・・・そこは自分達で責任を取って貰って。



十津川郷士(おまえたち)も、()ういう事なら如何だ。・・・今、勤皇の中枢を成す長州藩が陰謀に拠って陥れられようとしている。長州藩はこの事を知らない。丸裸で危険に身を曝している状態だ。勤皇の世を守る為、盟友を救う為、手を貸してくれないだろうか」



―――松田は十津川郷士に“お願い”をした。唇を引き結んで、心からの願いである。利用しようなどという下心は一切無かった。


「・・・・・・」

吉村は口を開いて松田を見ていた。・・・肥後出身というだけで、自分はこの男を敬遠してきたが。


「・・・・・・我々も、勤皇の士だ」

十津川郷士は意思の強い眼で松田を見た。吉村には見せなかった()である。彼等はその屈強な意思を吉村と疎通していなかった。

軈て賛成する者が出てくる。吉村は其を、瞳を大きくして見ていた。疑問は、無かった。

感情的に極めて単純な事を言われているだけなのだ。今此処に在るものを否定されている訳でもない。

・・・・・・志士(とも)を失うのが嫌なのは当然だろう。


「―――吉村」


松田は、吉村にも頼んだ。

「・・・人間、感情に素直になった方がいい時もある。お前もここは友情を優先させてくれないか。長州藩が遣った事を、如何か信頼してくれ」

「・・・・・・・・・了解(わか)った」

・・・・・・己の誠意と想っていたものが自然体ではなかった事に気づかされる。

「・・・だが」

肥後人勢が瞳を拡げる。皆、面白い位に同じ眼を持っている。欝蒼とした要塞ではあるがこの昼間に眩しくないのかというくだらない事を吉村は考えた。



「―――当然、お前達も天誅組に加わるんだろうな?」



松田はきょとんとした表情をする。吉村はその反応に安堵した。・・・自身が指揮を執る自信を、吉村は失いかけていた。

「ああ」

―――松田は笑顔で肯いた。如何だ、自分の気持ちに素直になった方が楽に動けるだろう。

「そうと決ったら、他の隊にも知らせねばだな。幾つかの隊に分けているんだろう?この隊で総てだと考えると兵が少なすぎる」

「そう離れた処には居ない。俺が行って知らせる。お前が隊長を務めろ」

「は、俺が?」

吉村が外に出る。少し離れた森の遊歩道に、白く長い神幸行列が見えた。白き装束が手に持つ黒きものも、彼の眼に明瞭(はっきり)と映った。


吉村は眼を見開く―――




ぱぁんっ!!




「「っ!?」」

「――――」

「・・・・・・・・・!」



ぐっ!! 吉村の身体が吹っ飛び、倒れる。皆呆然と其を見ていた。吉村が独りで、脚を押え呻いていた。血がみるみる拡がってゆく。


「・・・・・・・・・」


最も先に我に返ったのは中津 彦太郎だった。急いで吉村を抱え上げ、傷口を見る。

―――之は、銃創―――・・・

「松田さん―――!」

中津が伝えようとする。が、松田は立ち尽した侭、反応が無い。只一点を見つめて、呆然としている。


「松「―――何故だ・・・・・・」


・・・・・・松田が呟く。中津はたじろぎながら松田の見ている方向を見る。開け放たれた扉の向うには。


―――中津も絶句した。



軍旗がはためいている。



離れ、九曜の紋―――・・・



「・・・・・・俺はまだお前の掌の上に居たのか」



ぎりっ、と梢子棍を強く握り締める。太い木の柄が折れんばかりに力が籠められており、掌には深き爪跡が刻まれる。



「細川 韶邦(よしくに)――――・・・・・・!!」

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