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五十五. 1862年、粟田山~人斬りの邂逅~

「よぉーー久坂ぁーー」



―――文久二年10月17日。松陰の慰霊祭行なわる。


「おーー久し振りだなーー」

長州一行が長州藩邸に到着する。入江 九一、寺島 忠三郎、伊藤 俊輔等20人近くの集団で、松下村塾生総出と謂ってよかった。その先頭にいるのが、高杉である。

「毎度、面白い位に変んねぇな。海外行って来たってのに」

「いつもの事だろ。代り映え無いけぇ飽いてきたぜ」

相変らずの遣り取りをする二人。長州藩邸は若者達の活気で一気に賑やかになる。

「顔が自信満々だな、皆」

「当然ちゃ。松陰先生にいい報告が出来るけぇね」

「入江はホント松陰先生が好きだな」

「あれ?山口は?」

「アイツは松陰先生と関りが無いけぇな。今日は一日自由にさせてる。後で会うか?」


山口は佐倉と奥の部屋に二人潜んでいる。佐倉は外のがやがやに耳を澄ませて「・・・いいんですか?」と気まずそうに訊くも、山口は一度しか会った事無い人達だし、と素っ気無く答えた。



「青山先生」



今回は萩から神官を呼んでいる。大掛りな儀式を予定していた。久坂達も正装である黒の礼服に着替える。

駕籠から降りて来た狩衣姿の初老の男性の元に、久坂が進み出る。


「本日は宜しくお願いします」



―――椿八幡宮第9代宮司・青山 清。明治に入り創建された東京招魂社(現・靖国神社)の初代宮司となる。



その時、長州藩邸の敷地に新たな足音が入って来た。―――稔麿である。くいと笠を上げたその男は、滅多に揺るがぬ瞳をこの時は大きくして、急激に歩を緩める。


「おぉ、吉田!」

「久坂・・・」


稔麿の歩は遂に止り、驚いた顔でその場に立ち尽す。青山 清が振り返ると、稔麿は殆ど反射的に笠を外した。


「青山先生・・・・・・・」


「『稔麿』。・・・その名を、使ってくれている様じゃの」


宮司はにっこり微笑んだ。稔麿は速歩(はやあし)で宮司の許へ向かう。深く礼をし、・・・文一通お送りする事が出来ず、済みませんでした、と、詫びた。

「・・・脱藩の罪を赦されたそうじゃの。良かった」

この宮司は『稔麿』の名の名づけ親でもある。松陰と並び、謂わば第二の親であった。吉田の家の相談にも乗り、稔麿や妹のふさを預っていた時期もある。

「・・・・・・」

久坂は微笑ましげに見て、宮司は稔麿に任せる事とした。

―――松下村塾生に交って、“御癸丑(ごきちゅう)以来”時習館派もいる。



「大楽さん」



―――大楽 源太郎と赤根 武人が、松下村塾生について京へ来ていた。


「大楽さんもわざわざ松陰先生の慰霊祭に来てくれたのか」

大楽と赤根は二人だけで固まって、何やら再会の歓びとは関係の無い話をしている。高杉等よりも松陰の世代に近い事もあって、少し浮いた感じがあった。

「んあぁ?別に」

大楽は久坂と若干似た軽薄な哂いで返した。大楽と松陰は其ほど接点も無い。


「元々京に用が有ったんだよ。其に、今日の慰霊祭には肥後さんも来るんだろ?ちょっと挨拶しておきたくてさ」


「―――肥後さんに?」


久坂は首を傾げる。久坂。高杉が久坂の肩を掴んだ。久坂は振り返る。高杉は大楽の事を嫌っている様であった。

桂が礼服に着替えて外へ出て来る。縁側を下りて振り向いたのが大楽の正面で、桂は大楽と目が合うと


「・・・・・・・」


・・・僅かに眉間が険しくなった。・・・どうも。大楽さん。挨拶こそきちんとするものの、其以上は口を開かず、脇を通り過ぎていった。

「・・・・・・!?」

久坂はびっくりして桂の後ろ姿を見る。くっくっく、と大楽が(わら)った。高杉は露骨に大楽、そして赤根 武人を睨む。

・・・・・・如何やら長井 雅楽(うた)の排除の仕方に卑劣な部分があったらしい。

皮肉なものである。長井を排除する事で味方同士が新たに分裂を起すとは。併し、薩長同盟もそうだった。共通の敵が在なくなれば、盟友なんてものは脆いものなのかも知れない。




冷泉(れいぜい) 為恭(ためちか)の暗殺、か―――?」




粟田口には肥後勢もいた。肥後本国からは宮部 鼎蔵と河上 彦斎、大坂から松田 重助と中津 彦太郎、そして堤 松右衛門である。

堤は殆ど長州人と同様に行動し、肥後勢と長州勢の重要なパイプ役となっていた。


「こんにちは。青山さん」


肥後勢は宮司と殆ど格好の変らぬ気合いの入れようだ。松下生は久坂含めその格好に結構ドン引いているのだが、着慣れているのか皆其形(それなり)に似合っていた。青山宮司は普通に宮部と喋っているので、本来の儀式の正装とは()ういうものなのかも知れない。


「・・・・・・そんな眼で見るんじゃない!!お前達!!」


・・・・・・松田はまだ感覚が標準に近いらしい。松下生達の泳いだ視線に、顔を真赤にして怒鳴る。好きで着ているんじゃないんだ!!

だが、高杉だけはのちに坊さんになるだけあって興味がありそうだ。この後、荷物になるなら装束を長州藩邸に置いていていいよ、・・・着てみてもいいなら、と打診していた。


彦斎も無論、同様の格好である。信心深い彦斎は装束をきちんと着込み、真面目な顔つきで、厳粛な儀式の空気を崩さずにいた。

・・・独りでいたがる彦斎に


「―――松陰と会った事も無いのに慰霊祭に参加するのも、何だか変な気分がしないか?」


―――彦斎はふっ,と目線を上げた。大楽 源太郎が彦斎の許に近づいて来る。・・・彦斎は何も言わず、静かな眼で大楽を見上げていた。

「・・・・・・松陰に想い入れの無い者同士、早めに身を引いて藩邸で宴に行く仕度でもしておかないか?真心の無き者に慰められても霊は嬉しくなかろう」


・・・・・・彦斎は僅かに目を細めた。日頃は弧を描く眉は、今回は真直ぐにつり上げられている。




「――――・・・・・・」

―――宮部は長い間、手を合わせて松陰の霊を送っていた。・・・祈り終り、うっすらと開いた瞳には、まるで松陰の霊が視えているかの様な不思議な色がある。別れが名残惜しげであった。

・・・高杉はいつも、自分達長州人以上に松陰の為に祈り続けるこの男、否、肥後人達を、感心する様に見ていた。今も、先に祈り終えて、宮部や松田等の拍手(かしわで)を見ている。他の長州人達が早々に引き揚げる中での高杉のその姿も、肥後人並に目立った。

そして何故か、彼等と一緒に引き揚げるのだ。傍から見ると其は、手綱を締められてついてゆく馬の様であった。

・・・・・・高杉を昔から知る松下の高弟達は、何だか笑えて仕舞う。


(妙な懐き方だな)

(人見知りなのか、何なのか)

(よほど信頼してる証すよ、コレは)

(もっと他に表現方法は無いのか)


・・・・・・そういえば、彦斎の姿を途中から見ないな。久坂はふと気づいた。大楽の姿も無い。

「・・・・・・河上さんが居なくはないか」

桂も気づいた様だった。集団を離れた久坂に、小声で言う。

「ああ。―――大楽さんも居ないぜ」

「な」

桂は言葉を詰らせる。

「・・・多分、一緒に消えたな」


「何でっしゃろ」


久坂と桂が顔を上げると、元力士で松田と行動をともにする事の多い中津 彦太郎が近づいていた。沈着な行動をしている心算であったが、緊張した空気を醸し出していた様だ。

「・・・・・・河上さんが居ないんだ」

桂がそう言うと、中津は、ああ・・・と肥後人には珍しいおっとりとした返事をした。―――でも、と、逞しい野太い声が続く。


「堤も一緒に居なくなっとるでしょう?」


久坂と桂は脱力した顔で中津を見た。次に、呆けた互いの顔を見合わせる。




―――長州藩邸は久坂の予言通り静まり返っていた。

人目を忍ぶ必要が無く、佐倉が天誅の際に負った傷も癒えたので(山口が気をつけて包帯を頻繁に交換させたので)、佐倉(たっ)ての希望に依り、留守番組の二人は部屋を出て、道場で剣の稽古をしていた。


「ちょっ、ちょいちょいやめ!そろそろ休憩しようぜ。大丈夫、ちゃんと続きはするから」


何度竹刀を交らわせても次から次へと打って来る佐倉に、山口は遂に音を上げた。間髪容れぬので息を吐く暇も無い。

「えーーー?」

佐倉はあからさまに不満な顔をする。

「そんな急に激しく腕を振り回すと傷が開くぞ」

傷が開いたら叉仕事が出来なくなるな、と独り言を言う様に呟くと、佐倉はしぶしぶ竹刀を下ろした。

「・・・仕方ないですね」

「だから、何でお前の方が優位なんだ?」

山口は在りし日と同じツッコミをする。

「水飲んで来い。汗が引いたら叉始めるぞ」

山口がそう言うと、佐倉は水を与えられた様に元気になり

「はい!」

と、大きな声で言って道場を駆け出して行った。

「・・・・・・。そんなに急がんでも・・・」




ばしゃばしゃと顔を洗い、水を飲み汗を拭き取ると、漸く息をついた。手拭を畳みながら道場に向かって歩いていると、ちらりと視界に何かが入った。



―――日の光を受けて眩しく輝く白き着物。



(・・・え)


縁側に人が居る。縁側に腰掛けて、一身に太陽を受けていた。格好から、慰霊を取り仕切る宮司だと思った。だが、慰霊祭を終えたにしてはまだ誰も帰って来ていない。

(うわっ!!)

と、佐倉は思った。慌てて隠れる処を探す。彼女自身、何とタイミングの悪い、と感じたであろう。次に女とバレれば辞めさせられる。併し、そんな時に斎服を着た白い者は立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。


・・・烏帽子が背丈を判らなくしているが、意外と高くない。その感想が、佐倉が隠れようとするのを遅らせる。引き摺る様な大袖が鳥の羽根の如く翻り



―――此方を向いた。



「・・・・・・」


相手は真直ぐに佐倉を見ていた。随分と貌の系統は違うものの―――・・・佐倉は驚く。



女 で は な い か



―――顔の位置が自分と変らない。或いは自分より少し低いかも知れなかった。男物の着物に着られているのも、自分と同じである

(私と一緒―――・・・!?)

空気も同じだ。少なくとも佐倉は、この神官装束の者が其の侭神官を職としていると思わなかった。・・・人を斬った事がある。決して掻き消えぬ血肉を纏った死の臭いまでもが自分と共通している。



「―――そなた」

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