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四十七. 1862年、京都~寺田屋事件~

久坂の多忙な日々が再び始る。長井 雅楽(うた)弾劾書の提出に、ダウンしている間に勝手に結婚していた徳川 家茂と和宮の反対運動を再開、薩摩の志士を説得する傍らで、攘夷志士に好意的な京都藩邸を通じ、稔麿の脱藩を赦して貰えるよう働きかけていた。

が。



「・・・ったくどいつもこいつも!皆アタマ悪いんじゃねぇのか!?」



久坂が珍しく不機嫌さを隠さずがらっ!と激しい音を立てて扉を開き、床を抜きそうな勢いで腰を下ろす。

「久坂さん・・・;本音洩れてます。もうちょっと隠しましょう;」

久坂から見ればどいつもこいつも実際どれ程意識せんとしてもそうなって仕舞うのだろうが、之では敵が増える。長州藩邸の者達は帰って来た久坂の剣幕に恐れ慄いて道を空けた。

「皆巧く乗せられやがって・・・・・・!」

久坂は久坂で焦っているのだ。何せ薩摩志士達の命が懸っている。長州藩は叉も“静観”を決め込み、京都の長州藩邸でさえ、公武合体派の長井を切札として残していた。藩が生き残る為に。志士活動をしている稔麿の件には同情的な態度を見せてはいるが実質保留である。

「各藩の藩主達は噂に踊らされていないみたいですね」

「其が薩摩藩主(島津さん)の手だろうからな」

「“手”?」

・・・・・・。松田が細川の遣り口と言った様に、藩とは別に藩主の思惑が存在する。毛利、細川、鍋島、黒田。夫々の藩主に島津は恐らく釘を刺している。「倒幕の噂は嘘だ」と。そして「余計な手出しは無用」だと―――

長州藩の姿勢を見ていれば、其くらい予測がつく。現実が視えていないのは、見事に当事者だけであった。

実は、島津は藩内で自ら己が藩の志士を景気づけていた。京という己が国が汚れぬ土地で一掃し易くする為に。故に薩摩の志士達は、容易に松田や久坂の忠告を聴かなかったのだ。

之が島津の遣り口だった。




(やが)て凄まじい粛清の運命が訪れる。寺田屋事件が遂に来た。

水戸に続いて薩摩が犠牲になる刻が来た。

久坂はこの日、寺田屋に来ていた。無論、避難を促す為である。


「各宿に散るべきだ」


と、久坂は言った。肥後人定宿『小川亭』『枡屋』に加え、久坂はこの時長州人の定宿『池田屋』の3つの避難処を用意していた。

「散れ」というのは、薩摩人を全滅させぬ為だ。最も(おそ)れるべき最悪の事態は、粛清に因って薩摩の志士が滅びて仕舞う事である。

志士が藩から在なくなれば、その藩は佐幕一色となって仕舞う。そうなれば、新たな志士がその藩から生れる事さえ無くなって仕舞うのだ。其だけ志士は藩の前には矮小な存在なのだ。

「松田さんだってそう警告したんじゃないのか!?」

寺田屋事件で志士側の先頭に立った代表的人物は有馬 新七である。真木和泉は昨年の肥後人と清河の顔合わせにも参加している。其にも拘らず、薩摩人だけでなく真木も肥後人に対して反感を懐いていた。


長州人(おはん)はあの佐幕人の肩を持つのか」

「!?」


久坂は即座に言葉が呑み込めなかった。佐幕人とは誰なのか。ストレートに受け止めれば松田の事であろう。

「・・・・・・何の事だ!?」

「京に来て理解した・・・肥後の志士は幕府の間者じゃ。松田兄弟だけは違うと思っておったが、結局は熊本藩の狗じゃったか」

「・・・・・・!?」

幕府の間者・・・!?熊本藩の狗・・・―――肥後の志士も薩長土と同様に佐幕派に苦しめられている事を久坂は知ったが、その知識から(もたら)される薩摩と肥後の藩主の狸と狐具合に、底冷えのする想いがした。

「・・・・・・その情報は何処から?」

詰り薩摩の藩主は己の藩の藩士をだまし、肥後の藩主は周囲をだましている。噂は意図的に流されるものだ。薩摩藩主本人が流す“島津は志士の味方である”ものと、肥後藩主本人が流す“志士は実は藩幕府側の間者である”ものの、何れも強力な信頼性を持つ「噂」の相乗効果に因って、志士間には大きな亀裂が生じていた。島津と細川が共謀していたとは考え難い。が、何れも藩内の志士を排除する為の方策と考えられる。

「道理で肥後人は議論ばかりだと思った訳だ。動く時も肥後単独だしな」

「真木さん!」

真木和泉でさえ噂に踊らされている。肥後人の悪意の無い行動特性が凡て裏目に出ている事が原因の様でもあった。思想の為なら同胞さえ葬る矛盾も不信感を後押ししているのかも知れない。

「とにかく小川亭や枡屋に移るより、寺田屋(ココ)に居た方が遙かに安全じゃ。・・・久坂、おはんを見損なったぞ。よもやおはんまで佐幕に寝返る事になろうとはな」


「・・・分ってねぇなぁ・・・・・・!」


久坂も噂に捲き込まれている。尤も、薩摩側から見れば長州藩とて佐幕と何ら変らない。公武合体を雅楽(うた)う長井を代表に据えている限り、長州藩は佐幕の域から出ない。

「・・・・・・久坂さん」

白熱して周囲が視えなくなりつつある久坂に、山口は声を掛けた。そろそろ帰ろう、と言いたかった。空が暗くなってきていた。

外の方にずっと注意を向けているが、嫌な予感しかしない。

「久坂さん」

さりとて久坂は聴き入れない。久坂も必死である。粛清の時間が近づいているという事ではないか。諦めた後の結末が視えている。

・・・山口は刀を抜く用意をした。気配は其処まで迫っている。・・・短い人生だったかもな、とぼんやり思った。



―――すっ



襲撃にしては遙かに落ち着いた音で襖が開かれる。山口を除いた一同は飛び跳ねる程に愕いた。山口が即座に刀を抜く。

が。


「―――っ!?」


相手は刀を抜く事も、山口の刀に怖じる事も無く生身で山口の脇を通り過ぎる。予期せぬ展開に、山口は咄嗟に反応が出来なかった。入って来たのはたった一人。だが、誰も邪魔できない程の緊張感を持った者であった。

「―――桂さん・・・・・・!?」

―――江戸詰めである筈の桂 小五郎が、何故か京の寺田屋に居る。

桂の行動は速かった。唖然として行動を起せずにいる久坂の腕を掴み、部屋の外に連れて行く。・・・その間、何も言わず、何にも眼を合わせなかった。


山口ははっとして彼等の後に続き、桂と久坂の背後を護った。


彼等が無言で寺田屋を出た直後、背中で壁を破る音が響き、思わず振り返った。・・・薩摩鎮撫使9名が、突入したところであった。

「・・・・・・・・・」

・・・・・・久坂と山口はぼんやりと、白刃の交える独特の音を聞いていた。・・・()って貰っていたのだ。桂が説得した末のこの結末だ。

「・・・・・・・・・久坂」

・・・・・・桂が振り返らず、俯いた顔で言った。・・・・・・表情は判らない。だが、未だに手首を掴んだ侭の手は僅かに震えていた。

「・・・・・・今日から京都留守居役になった。私も京で活動を行なう」

・・・・・・桂が掴んだ手を離す。淡々とした口調であった。併し決して振り返らなかった。

「―――長井さんを要撃しようとした松浦 松洞(しょうどう)君が亡くなった。恐らくは、御癸丑(ごきちゅう)以来の来原(くるはら)さんに唆されて斬ろうとしたのだろう」

「・・・・・・・・・」

久坂は言葉を失った。長州でも殺し合いが始った。この一線を完全に越えて仕舞った事も、久坂が天誅を解禁する消極的な理由となっている。

―――寺田屋事件は、間接的な理由となった。

「・・・・・・久坂。君は謹慎だ」

―――桂はそう言い捨て、二人を置いて先に往った。併しついて帰らざるを得ない。其に、久坂は流石にもうそこ迄子供ではなかった。

「・・・・・・・・・はい」

久坂は大人しく(したが)った。

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