百三十二. エピローグ四 1866年、京都~妖刀の受け手~
「私が新選組の尾形です」
殺した男が目の前に立っている。少なくともこの場に居る全員にその事が知れた。三浦が真っ蒼な顔をして尾形を見る。
・・・・・・尾形は三浦に視線を呉れた。併し三浦には何も言わず
「困りますな沖さん。私の部下に妙な事を吹き込まれては。之で三浦さんの身に何か起れば如何されるお積りだったのです」
と、沖田を責めた。三浦は尾形の背中に回り、恥かしげも無く庇われた。
「・・・どうもしませんよ。抑々(そもそも)彼は仇討の為に新選組に居る。目の前に仇が居るのに止める道理は無いでしょう?」
沖田は三浦に甘く接する尾形を睨む。監察仕事で時間が無いのか、権力者の息子だからか、眼前の犯人河上 彦斎が同郷人ゆえ負い目があるのか、文学師範であり局長小姓としての教育係でもあるのに尾形は三浦に大した教育をしていない。沖田も他人の方針に口煩くは言わないが、前述した通り一番隊には三浦の被害者が出ているのだ。
池田屋の因果から派生して、沖田と尾形の間でもぐるぐると別の問題が廻っている。
「仇討は名目です。新選組の真の役目は、佐久間先生の子息という事で狙われるやも知れぬ三浦さんを保護し、組織で以て警護する事。言葉を言葉の侭捉えるべきではありませぬぞ」
最早其処に彦斎そのものは関係が無くなっている。併し、引き金は間違い無く彦斎だ。尾形が池田屋の引き金になった―――彦斎自身はそう疑っている―――・・・のと同じ様に。
そうだ―――・・・と三浦は尾形の背後で抗議する。
「三浦さんのした事については新選組ではなく会津藩に担当を依頼します。会津藩から肥後藩および小川亭には説明して戴く故、三浦さんは此の侭屯所に戻り副長方の指示を受けてください。一番隊も三浦さんを護衛し帰営為さるよう」
尾形は感情を含まずてきぱきと捌く。彦斎に対しても
「我々も外へ出ましょう」
と、変らぬ態度で誘った。
「私に御用がおありなのでしょう―――?」
「待ってください」
沖田が反論する。
「そんな事が出来る訳がないでしょう。一体何を考えているんです。大体、幹部を置いて平隊士を後生大事に連れて帰るなんて隊として成り立たないではないですか」
「之は副長命令です」
尾形は険相と謂える顔で沖田を睨んだ。土方はこの人に対する扱いが残酷すぎる、と沖田は想った。
「―――申したでしょう。此処では私の裁量に従って頂くと。今の私には副長と同等の権限が与えられている。其に、土方副長より貴方と河上 彦斎が仕合う事態を避ける様にも仰せつかっております―――」
「・・・は?」
沖田は不快を露わにした。何故と問い詰めるが尾形には分らない。尾形が分るのは精々土方がこのところ沖田を矢鱈気にする様になった程度である。沖田の結核はまだ周囲に隠し通せる程度の病状であり、沖田自身もまだ剣の腕は落ちていないと信じている。
実際のところ、一時期よりも少し弱くなっているのだが、彦斎も再び安定しなくなっているので、相対的に見ても実はよく判らない。
「私では敵わないと?」
「知りませぬ」
尾形はそんなものには興味が無いし知ったところで無益だと言いたげであった。隈っぽいものが、両眼の下に出来ている。
「・・・・・・貴方が帰ってくださらぬと、あの子も帰ってくれぬのですよ―――」
―――二人は表の玄関を見た。戸の彼方では佐倉が沖田を待っている。山野は追い出し損ねたのか何故か此方側に居るが。
尾形は佐倉の出自を把握していた。この事態に発展した為に、聞かされたのかも知れない。
「――――・・・・・・」
沖田は何度か瞬きをした。
「・・・分りました。でも外は既に昏い。其に、私の部下は肉体的にも精神的にも鍛えられています。あなたを独りにする方が余程心配です」
・・・・・・。尾形は不承不承沖田を見ると
「お好きに為さるが宜しい。なれど、手出しも他言も無用です。折角一つ一つに切り解いたのに、余計な接触をして事を複雑化されては困ります」
と、言った。山野と三浦を先に退出させ、沖田、そして尾形と彦斎が一緒に出る。小川亭を去り際、肥後人達は
「―――・・・御迷惑をお掛けしました」
と、彼女等に詫びた。どちらが、ではなく、どちらとも、彼女等の前にはもう二度と姿を現さない。
「・・・・・・なれど御安心を。私が小川亭に来るのも本日で最後です」
ていとりせは放心していた。・・・・・・暫くして、その場に泣き崩れる。凡てがもう終るのだ。因果の始りから9年目に入ろうとしていた。
外は日がとっぷりと暮れている。
風が強かった。鴨川から斜めに吹く風の、彦斎が風下、尾形が風上である。尾形の着ている黒い羽織が風で膨らんで捲り上がり、白い姿態がくっきりと闇に浮ぶ。
之こそを、幽霊と呼ぶのだ。
「私に何の御用でしょう」
幽霊が問う。一番隊隊士達は息を呑んでその光景を見つめている。尾形が頭脳派であるという認識は隊での扱いから植えつけられてはいたものの、一同を前に鮮やかに解決なんていう捕物帖めいた展開の役は見た事が無い。見せ物ではないし、沖田以外の者にとっては猶一層の疑惑を深めるものだったが、隊長沖田の引率の下若い彼等は社会見学をした。
「・・・・・・」
佐倉はひとり血の気を引く。―――山野が佐倉の肩に手を置いた。
「―――之を」
彦斎が尾形に刀を投げ渡す。
尾形は刀を受け取ると、外観を確認したのち―――刀身を鞘より抜いた。其だけで若い一番隊隊士達はおお、と声を上げる。
「・・・あのねぇ、あの人も一応試験を受けて新選組に入隊しているんですよ?」
沖田が呆れた顔で自身の預る部下達を見る。
抜いた刀は遠目に見ても判る程に摩耗して、刃と峰の境が粗無い為に針が闇を突き刺した様に刀全体が光っていた。
「・・・之は面妖な」
西洋騎士道の刺突剣の如く在る―――と尾形は呟いた。彦斎はこの上無く嫌な顔をした。自身の手が武士の魂である日本刀を夷狄の野蛮な剣に堕としたとでも言いたいのか。
内面から血が滲み出し、刀身が闇に溶け込み始める。
「!血か?刀身から流れ出してるの」
「でも、まだ抜いただけだろ!?其とも、平隊士の眼では追えない迅さで斬ったとか?」
「でも相手には何の変化も無いよね!?痩せ我慢して動かなかったとしても血は誤魔化せないだろ?」
「・・・・・・あのですね、もう少し常識的に考えてみましょうか」
部下達の無邪気な興奮に沖田が珍しくツッコミに回らざるを得なくなる。自身の隊士なのに冷ややかな眼で彼等を見ていた。
「あれは間違い無く刀の内側から漏れ出しているんですよ。刀そのものは可也の業物です。でないとそうなる前に曲るなり折れるなり錆びつくなりしますからね。只、遣った人は最悪です。普通の人なら刀にそこまで無理はさせませんから、最高の刀に最悪の遣い手がついてこその珍しい現象ですね」
「沖田先生が珍しく先生やってるぜィ」
山野が愕いた顔をして呟く。ここの隊は隊長も隊士も御互い様なのかも知れない。
『・・・・・・古閑 富次からの預り物だ』
彦斎が言った。正確には、八月十八日の政変時に古閑より奪った刀である。古閑はこの刀を持って『緒方 小太郎』と名乗り、勤皇党に近づいた。其より前、古閑は殺害現場の首塚に刺してあったこの刀を引き取った。この刀はそのくびの持主の物であり、元は古閑の物ではない。
更に刻を巻き戻し――――・・・・・・彦斎はこの刀を『 天 誅 』と書いた布と共に、首塚に刺した。
『・・・・・・富次は息災でしたか』
尾形は無造作に刀を地面に刺し、何事も無かったかの様に尋ねる。・・・・・・凡てを知っているくせに。この刀もこの男も、彦斎と古閑の凡てを視ている。否、この刀を通じてこの男が視ているのか
『息災な御蔭で残ったのは俺だけになったさ。俺ももう肥後へ帰る』
『―――ほう。其は、其は』
申し訳ありませんでした―――と、尾形は言った。陰険で癪に障る物言いは古閑 富次と共通している。
『―――あれから、如何していた』
『・・・・・・鳩野 宗巴医師に救われ、亦楽舎にて医学を学び―――・・・』
彼等は恐らく国言葉で話している。居合わせた隊士達は彼等が何を話しているのか殆ど聞き取れなかった。知識のある者が辛うじて単語に部分で反応できる程度だ。
『文久以降は、鹿児島に潜んでおりました』
「かごんま?」
「かごしま。薩摩の事ですよ」
西国の地理にぴんときていない沖田に佐倉が補足する。何だかこの二人に挟まれていると自分一人が馬鹿の様だと山野は思った。北陸や加賀100万石の事だったら自分も知識が豊富なのに。
併し、尾形と薩摩に何の関係があるというのだ。
『・・・確か、清河 八郎が肥後で浪士上京の話をし、その後薩摩へ下ったのは文久の初め』
『ええ。あの御仁には人を惹きつける才があった故、隠れ蓑にさせて頂きました。更なる高説も伺いたかった事ですし―――』
『なるほど・・・道理で―――』
彦斎は怒る様な哀しい様な、複雑な笑みを浮べた。
『殺れなかった訳だ』
その頃の彦斎は家老付き坊主の身で御親兵に推選される迄は参勤交代時くらいしか藩外に出られなかった。藩外に逃げられては、追えない。
暇を貰い、肥後を単独で生れて初めて出る時に三池藩の番所で見かけた狂気を孕んだ瞳の青年も叉、この男によく似ていた。あの刻に確認して逃がさず斬っておくべきだったのか、彦斎の中でもう判らなくなっている。
併しあの刻斬っていれば、この男が京に上る事を防げたかも知れない。
この男が京に上らなければ、池田屋事変は起らなかった、否、仮に起っても、宮部が敗ける結果にはならなかったかも知れない。
三池の番所で見た“二刀流”―――
『宮部先生を“殺した”のは、おぬしか?』
彦斎が最後の問いをする。本当は糺したい事がまだ沢山ある。謝罪で済む部分があれば謝罪もしたい。だが、彦斎の“天誅”から此処まで遁れてきた尾形が何の準備もせず応じる訳は無かった。
『まさか。斬ったのは近藤ですよ。新選組局長・近藤 勇の“功績”です』
・・・・・・ 彦斎は表情を曇らせる。解っている。人に依って正義が異なる事くらい。もう青くはないのだから。
其でも感情ではなかなか割り切れないものがある。どす黒い想いが堰を切った様に流れ出してくるのを彦斎は感じていた。
『・・・其位は俺とて解っている。俺が訊いているのは―――』
『河上どの』
―――と、尾形が明瞭とした声で口を挿んだ。
『お話はもう終りです』
彦斎はふと眼を瞠る。尾形の背後を無数の黒い影が蠢いた。辺りを見回すと、自身の背後にも黒づくめの男達が居る。
其等の黒は一斉に刀を煌めかせ、殿に立つ浅葱色の羽織を纏う男達が四人
「「「「新選組二(三)(八)(十)番隊だ!!」」」」
と、叫んだ。この上無い選りすぐりの隊である。
ザ・・・と尾形が初めて足音を立てる。
『貴方を捕縛する手筈が整いました。私の仕事は之で終りです』
尾形は踵を返し、再び彼方へ帰ろうとする。
『貴様・・・・・・己を囮に・・・・・・!?』
『そんな大層なものではありませぬよ。新選組には、そういう役職の者が在るのです』
『“役職”・・・・・・?俺と同郷人だからという理由で利用されているのではあるまいか』
彦斎は皮肉にも恨むべきこの男に対し他人事ではいられなくなっている。今更になって同郷の後輩という情が湧いたのか。其とも
『―――其が何か?』
と、尾形は訊ねた。
『同郷人だから何だというのです。其こそが我等の強みの筈。反面、組織に縁故無き者は利用される事も叉必至。我々は初めから信用や信頼など捨てている。大事を成すには唯々犬になるしかありませぬ。何故ならば、我等の中には秀才は生れても天才の器は存在し得ぬからです。我々は従う様に出来ている。其は歴史も証明しています』
―――最後に、尾形からの質問で彼等の問答は幕を下ろす。
『貴方は何故、長州の犬である事をやめたのですか。この刀を新選組まで態々(わざわざ)渡しに来た理由は何です。何故今更肥後へ戻ろうと?―――其等については、逮捕後に叉副長土方が聞きましょう。・・・・・・私が思うに、還らぬ方が貴方は幸せだ』
『・・・待て。まだ此方の質問に―――』
『宮部殿の最期を御知りになりたいのでしたら』
尾形の瞳が狂気に光る。彦斎は背筋を凍らせた。
『其を追体験してみれば宜しい』
斬ッ!!―――早くも一刀目が彦斎に襲い懸る。彦斎は尾形を追おうとした。併し、その前に新選組一の剣豪の冠を争う永倉 新八と斎藤 一が立ちはだかる。
「いっぺん強い奴と総司抜きで闘ってみたかったんだよな!なぁ斎藤!?」
「ああ。之は尾形さんに感謝せねばだな」
『・・・・・・ッ』
尾形は一番隊と三浦達狼藉者を連れて屯所へ帰る。護衛として彦斎との対峙中も尾形の背後に居た服部 武雄は鞘を渡され
「刀は鑑識する事になろう。土方副長に御渡しし、その後の処分を仰いでください」
と、彼に言われた。
「併し、之は単なる先生の家宝なのでは」
「あっても困るゆえ」
尾形の返事は素っ気無い。
「過去の物が還ってきても、今の生活を脅かす事にしかなりはせぬ。新選組で信頼を失う事は即、死に値します。よく覚えておいてください」
沖田が三浦を見てにっこりと微笑む。怯える三浦に無理矢理肩を組んで、耳元で、そっと呪いの言葉を呟いた。
「―――積る話もありますし、今度、二人で飲みに行きませんか」
ちらと尾形が沖田を見返る。三浦は数日後、この肥後人を捲き込んだいざこざに新選組の手が取られているのに乗じて隊を脱走する。
「・・・・・・」
服部は複雑な表情をして、血を流すその刀を地面より引き抜いた。
「在って困るなら、肥後藩に刀をくれよ」
―――土手の方より声が風に乗って聴こえ、一同は鴨川の方を見下ろした。むくりと黒い塊が起き上がる。捨石と完全に同化していたのは、いつぞや新選組壬生屯所に怒鳴り込み、何度も土方を相手取り喧嘩しているあの肥後藩吏であった。小川亭はもう、肥後藩吏が家宅捜索を始めている。
「―――河上 彦斎の持っていた物ならば、肥後藩こそ調査しねぇとならねえからな。其に、その刀の価値をお前んトコの田舎っぺ大将が判る訳がねぇ。先生の遺品を処分なんていう罰当りな事をされては堪らん」
「“先生”・・・・・・!?」
殆ど彦斎と尾形の遣り取りを理解できていない大半の隊士は、只言葉を反復した。
「・・・・・・構いませぬが、なれば肥後藩から土方に御説明戴けますか。刀の事は大勢の隊士が見ておりますゆえ」
肥後藩吏はうげぇという顔をした。土方と肥後人というのは若しかして相性が最悪なのだろうか。其でも仕様が無いので渋々了承する。
恙無く刀は引き継がれた。
「・・・・・・併し、やっぱり君があの“緒方”だったんだな」
肥後藩吏は自身の腰に刀を差し、しみじみと言った。そして、何を思ったのか突然こんな事を言い始めた。
「河上 彦斎は必ず我が藩が肥後に連れ帰る。新選組には渡さねぇよ。俺も韶邦さまの御命令で完全に肥後に引き揚げるところだ。―――君も戻って来たまえ。・・・私が口利きしてあげる。聞いている限り、君にとっても新選組は居心地が好くなさそうじゃないか」
『―――――・・・』
―――河上 彦斎の物語も尽きる。芸州口の戦いでは持ち堪えた影打が折れ、得物を全く失った彦斎は胸を切り裂かれた。心臓を握られた感覚がして胸を押える。凡ての運から見放された気がした。
―――この者等は只の剣豪ではない。知識のある剣豪だ。
知は力である。知は新たな生命を吹き込み、知は叉能力の素地を増幅させる。全知全能と名のつく通り知を持つ者は神であり、人はいつでもその視えざる掌の上で弄ばれるのである。
『――――緒方!!』
彦斎が怨嗟の声を上げる。
『矢張り、貴様が殺したのだな・・・・・・!?』
―――尾形は彦斎を見て微笑んだ。
「・・・・・・肥後もまだまだ生き難い様ですな」
尾形は不気味な笑みを其の侭肥後藩吏に向ける。
「お言葉ですが上田殿、同じ居心地の悪さなれば、私はより育て甲斐のある方を択びます。この組織も確かに生き難い、なれどこの西国の浪人を母国より、そして人斬りより守ってくれたのも叉この組織です。その恩をまだ返してはおらぬゆえ。・・・其に、彦斎捕縛の手柄を貴藩に譲る気が無いのは私も同じで御座いまして」
彼等の話題はもう彦斎のその後の身柄へと移っている。本の頁は勝手にぱらぱらと捲られ、彦斎は物語の退場を促されている。
「―――ああ、だから肥後藩と新選組の出る幕を分けたのか」
彦斎は激しく抵抗した。―――往生際が悪い。誰もがそんな彦斎を見苦しいと思った。人斬りもここ迄落魄れたのかと。
彦斎とてこんな役を演じる位ならば今此処で果てて仕舞いたい程の嫌悪感が喉元を嘔いている。が、孰れにしろ刀が無い。
其に、此処で死んだら、自身の躯は何処へ往く。
―――新選組に有利に働く事は、見苦しい抵抗をする以上に堪えられない。
三方向から同時に攻撃が来る。この内原田の槍が最も先に到達し、彦斎の着物の袖を搦め獲った。場処は四条大橋まで逃げている。
二人目の、次は刀が、橋の欄干に突き刺さる。彦斎が瞬時に半身を捻って躱したからであり、三人目は、之も刀だが、自分から攫みにいった。
「―――っ!?」
当然、攫んだ手から血が噴き出す。親指が神経を断ちぶらんと重力で垂れ下がった。どうせ刀を握る事はもう無いのだから別によい。その刀で槍に縫い止められた布を裂き、再びの自由を得るも副長助勤複数を相手に素手でのその手は流石に通用しなかった。
四人目の斎藤 一の剣が、彦斎の胴を捕える。
斬ッ!!
彦斎の背が欄干にぶつかる。斎藤は更に追い撃ちを掛けようとした。だが、其よりも早く彦斎の身体は鴨川に吸い込まれていった。
水音が一つ激しく上がっただけで、後はいつもの夜と変らず鴨川は静かな闇であった。




