表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/134

百二十九. エピローグ四 1866年、京都~象山の倅・三浦 啓之助~

「1866年、京都」



「面倒な事になったな」

―――京の近藤 勇が肩を揉み(なが)ら言った。

「・・・ああ。面倒な事になった」

土方 歳三も紫煙を燻らせ乍ら呟く。



―――第二次長州征討真っ只中。新選組では伊東 甲子太郎一派の独断専行が目立つ様になっており、二度目の広島出張で別行動を取られた挙句未だ帰って来ない事にやきもきしている時期である。隊内の分裂が、芹沢 鴨一派以来再び繰り返されようとしていた。

只でさえ、だ。

「ったく佐倉が帰隊(かえ)って来るなりコレだ。山崎君、まさか佐倉(アイツ)が連れて来たんじゃねぇだろうな!?」

「トシ・・・;お前は最近何でもかんでも疑心暗鬼になりすぎだ・・・・・・;」

諸士取調役兼監察方・山崎 烝が両長の側に控えている。山崎は極めて真面目な表情で

「いえ、佐倉はんは確実に長州とは手を切っています。入隊時から実家も含めて調査をしてきましたが、長州派との接触は池田屋の変以来一度もありません」

と、答えた。

「吉田 稔麿を斬ったヤツと、其以前に裏切者として始末されそうになった時に総司が助けたヤツ・・・のみか」

「はい」

近藤はそこまで疑わんでもという顔をしている。

「長州は只今、戦争真っ只中―――」

「知っている」

と、土方が言った。

「その為、長州人や倒幕派は本来は今も長州に留まっているべきものと思われます。其が、此処京へ来ているという事は、奴も叉長州とは手を切った可能性があるのではないかと」

「―――尤もだ」

土方は煙管の灰を落し、納得した様に肯いた。

「だが、奴の事情を新選組(われわれ)が考える必要は無い。我々が考えるべくは、隊士の事だ。面倒なのはその事だ」

土方は隊士想いなのかそうでないのか判らない言い方をした。表情を見ても其は判らない。

「取り敢えず、佐倉君は当分巡察から外した方がいいな」

近藤が土方の科白(せりふ)の意味を方向づける。土方は知らず知らず其に乗せられ

「ああ。顔を合わさない様にするのが無難だ。何せ、相手が相手だからな」

と、続けた。・・・・・・山崎は内心ホッとする。


「―――後は、覚馬さんトコの預物(おにもつ)か」


ちっと土方が舌打ちをする。先程とは全く隊士に対する態度が違う気がするが。

「トシ。その言い方は流石にいかんだろう。会津藩直々の御依頼の様なものなんだぞ」

近藤が其を注意する。併し、そう言って改めるなら土方も最初から発言などしておらず

「要は厄介者の世話を押しつけられただけじゃねぇか。長のヤツらはビビらせたが、会津にとって新選組はまだまだ浪人の駆け込み寺みたいなもんなんだろ。大体、依頼自体がそんな内容じゃなかったか?」

と、更なる暴言を重ねた。

「・・・・・・お前といい総司といい、あの方の御子息だというのに随分な扱いだな」

・・・近藤が呆れた様に言う。もう少し大人な対応をと求める彼に、土方は

「関係ねぇさ」

と、酷く冷たい声で返した。・・・・・・近藤は、そこがだな・・・と言いたげであったが、溜息を吐いて閉口する。

「俺も総司も、之でも随分優遇してやってんだぜ?知ってんだろう?一番(アイツの)隊は仇討の練習と称して隊士が一人斬られてんだぞ?(しか)も武士にあるまじき事に背後からだ。父親は確かに天才だったかも知れねぇが、新選組は元来実力主義でそんなのは関係ねぇ筈だぜ。まだ新選組(ココ)で生きている。その時点で奴は充分恵まれていると思うが」

・・・・・・。余人がこの場に交っていれば必ずや震え上がっていた事だろう。近藤や山崎はその様な中で淡々としていた。



三浦 啓之助―――・・・山崎は監察方らしく情報から個人を特定する。そうと態々(わざわざ)確認せずに話についてゆく。



三浦は言う迄も無く佐久間 象山の息子である。新選組には、伯父である勝 海舟の手書に拠る紹介状を手に入隊してきた。あのおべっか屋の武田観柳斎でさえ仮同志(しけん)を受けて入隊しているが、この男は実力(それ)さえ無かったのだ。

其以来であろうか、仮同志(試用)期間を経ずに幹部に就く、所謂『特例』が増えたのは。

其はそうと、三浦 啓之助は「父の仇を討つ」という目的で新選組に入隊した。仇とは、即ち―――河上 彦斎、である。

「強くなる為に新選組に入った」「俺を鬼にしてください」―――・・・口先は後世の創作の素材になりそうな程立派だが、後世になって加害者である彦斎を弁護する声さえ出てきても三浦に其が無いのは、ある種「人斬り」以上に人間的に難があったと()ってよい。

逆に偉大ですらあるのは、この時十番隊まであった隊長の中でも温厚で滅多に怒らない(剣以外で)と定評の沖田 総司を本気で怒らせた稀有な人間という事で、部下が後ろ傷をつけられた際、沖田は三浦の胸倉を攫み上げて壬生寺まで引き摺り回し、真剣を抜いて今この場での決闘を申し込んだと云う。佐倉から聞いた話ではあるが、そんな沖田の珍しい姿を自身も見てみたかった気もする。


隊士の他にも、通りすがりの浪人の試し斬りや道端でぶつかった物売の女性の斬殺等、弱者に対する斬人経験ばかりあって妙な自信がついている。故に、父の仇・河上 彦斎の人相書が出回った時


「あんな男、すぐに討てる」


と、思ったらしい。以来


「パパを殺した言い訳でも聴いて遣るか」


と、隊務をさぼって街に繰り出し、挑発行為を繰り返している。無論、護衛の為の取り巻きと御目付役の監察も配備されてはいるが。だから“面倒な事になった”のである。



「―――人斬り彦斎に遭遇したら、返り討ちに遭うぜ。新選組の後ろ盾無しにはな」




―――河上 彦斎が、京に来ている。




「本当は物理的にも生れ変って人生をやり直した方がいいとは思うが、この上無い金ヅルだからな。勘定方が潤う迄は精々命を繋いでいて貰おう」

土方がこの上無く凶悪な顔つきで嗤う。流石は抜け目無い副長やと山崎は若干引きつつ感心する。大坂人以上や。

「トシは叉そんな事を・・・でもまぁ、確かに三浦君にも外出を控えて貰わねばなぁ」

近藤も土方の方策そのものには賛成しており、顎を摩りつつ唸った。


「・・・人斬り彦斎(ヤツ)の事情は無論如何でもいいが、目的は多少気になるな―――」


近藤が若干深刻な表情をする。土方はまさにきょとんといった顔をした。山崎は真面目な表情を崩さなかった。

「丁度いい。山崎君に少し相談したい事があるのだ」

「え?」

が、近藤のこの切り出しには山崎も眼を円くした。山崎は広島で河上 彦斎に遭遇している。故に相談相手として適任だと言うのだ。


「―――ぶつけてみる価値はあると思います」

山崎は近藤の話を聴くと、慎重な口ぶり乍ら斯う(こ)言った。近藤も土方も険しい表情で山崎を見る。

「・・・・・・人斬り彦斎と、か?」

「―――はい」

山崎は肯いた。

「・・・之は、新選組(われわれ)にとっても膿を出すいい機会になるかも知れまへん。伊東参謀が広島に残られた理由もそこから引き出せる可能性があります。伊東参謀が西国で既に動いているとするならば、人斬り彦斎と同様の倒幕派と通じるでしょうから」

「・・・併し、其は危険な賭けではないかね」

近藤が少し蒼褪めた顔色で訊いた。・・・・・・土方は無表情で煙管を吹かしている。山崎は更に肯いた。

「―――避けるに越した事は無いと思います。ですが、狙いが本当(ほんま)新選組(われわれ)である場合は、逆にそうした方が被害が大きくならずに済むかとも。どうなるかは蓋を開けてみらな分りまへん―――けど、完全に知らんぷりは恐らく無理です」

まぁ、君に相談する時点でそうだよなぁ、と近藤は呟いた。

「其に、多分巧く遣ります」

と、山崎は言った。近藤を気遣っての言葉の様だった。

「・・・・・・取り敢えず、其は切札として、佐倉君と三浦君を預りにして小姓班でも作らせるか。幸い、三浦君はあの事件で総司に懲らしめられて以来、一番隊の隊士には手を出さないしな。今は兎に角、彼等を人斬り彦斎に会わせない様にする事が重要だな」

「・・・・・・」

・・・・・・土方は無言で煙を吐いた。何か思う処がある様である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ