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百二十. 1864年、堺町御門~早すぎた意思~

「1864年、堺町御門」



来島 又兵衛の死に因る天龍寺隊の潰走で、狩りの主戦場は堺町御門に移った。

劇的な死の演出を、この堺町御門内の鷹司(たかつかさ)邸勢、そして真木和泉等『天王山十七烈士』といった山崎隊が一手に担う事になる。

「撃て!!」

久坂の命令で大砲が堺町御門に向かって放たれる。越前兵は慌てて御門を退いた。大砲は御門に命中し、越前兵は一蹴された。

「本当に御門を攻撃しやがった・・・!」

「狂ってる・・・・・・!」

越前兵は見せかけと高を括っていたらしく、引く。久坂は間髪を容れずに

「 突 撃 」

と、命じた。越前兵は長州の狂気に()てられて戦闘の態勢さえ取り戻していない。西門の薩会がどれ程強兵であったかが分る。

誰も居ない御門に長州人が群る。

「門を開け!」

久坂の適確な指示の下、志士達が一丸となって堺町御門を開く。無論、左右に越前兵の妨害はあるが、久坂が視野広く戦況を観察し

「中岡さん!」

個別に呼ぶ。

「―――、了解(わか)ったぜよ!忠勇隊は兵の相手をするき!」

「頼む!」

隊長に対しては下知でなく判断を聞き出した方が隊の内外共に誤解や食い違いの無い動きが出来る。今や芋を洗う様な雑踏で意思の疎通すらし難い。

御門を開く事そのものは難しくなかった。(しか)し御門を開いた途端、凄まじい熱風が流れ込んで来る。久坂は思わず馬上で顔を覆った。

「!」



ゴオオオォォォォ・・・



―――御門を開いた志士達も熱風に顔を覆っている。(しばら)くして顔を上げると、緋い光景があり、現在進行形で此方に這い寄って来ているのが分った。


ドンッ!!

パアァンッ!!


先頭の志士達が突如撃たれ、命を落してゆく。下がれ!!久坂は即座に叫んだ。内部に別の兵が居る。兵や炎がすべて西側より流れて来る事から察するに、蛤御門で戦った者達が此方に及んでいるのだろう。

果して、そうであった。蛤御門で敗走した長州兵を薩摩が執拗に追い、銃火器を頻りと撃ちかける狩りの段階に進んでいた刻だった。久坂等には、丸に十字の家紋から薩摩の兵である事だけが判る。

「鉄砲隊が前へ!」

久坂は馬を下りる。数少なに馬上に身を曝していれば、撃ってくれと言っている様なものだ。其に、近く必ず白兵戦へと転じ、自身も指揮官である事に(かかわ)らず交らねばならぬ気がしていた。白兵の利点の一つは小回りが利く事だ。馬に乗っていては其も発揮しづらい。長州対薩摩の銃撃戦が交される。

(流石は薩摩―――・・・強い!!)

定広公の本隊が京に来ておられない事もあり、長州側の兵器は底が見えている。薩摩側の兵器の貯蔵が有るにせよ無いにせよ、弾切れ等の“()”の瞬間は必ず訪れる。久坂は自分達の武器が耐える事を祈り(なが)ら、瞳を凝らしてその瞬間の訪れを()っていた。

―――来た。

「抜刀隊第一陣!」

久坂が指示を出すと同時に抜刀隊が御所へ入る。薩摩兵は鮮やかに退いた。追っていると今度は東側より別の兵が出て来る。彦根兵だ。久坂は自身の長刀を抜き、燃える空の下に翳した。

「第二陣!」

切先が緋く光る。

「進めっ!!」

「おお!!」

久坂、入江 九一、寺島 忠三郎等松下村塾生も御所内に飛び込んでゆく。薩摩を追っていた第一陣の志士も戻って来て加勢し、御門の内外問わず乱戦状態になる。

―――薩摩兵は下立売(しもだちうり)御門より御所外に出て行っており、撤退しているのだと云う。

其と。―――


「・・・信じられん」


―――第一陣の志士の報告に、感想が先に立つ。

「在り得ん話だ。絶対に何か裏がある。御門の外から奇襲を仕掛けて来る可能性の方が大きい。済まないが、今の報告を中岡さん、堀さん、真木さん等各隊長にして来てくれないか。斥候の様に扱って悪いが」

薩摩の方がこの戦い、まだ分がある筈だ。併し、薩摩は本当に撤退した。兵を無駄遣いするなという島津 久光の(めい)を受けての西郷の抑制もあるが、余裕の有る内のこの引き際の良さは“退く事は武士の恥”とする大半の(くに)の人間には理解し難い前衛的な側面があった。

―――とまれ、薩摩のこの大様な態度に、長州はこの先幾度か救われる事になる。



ところで、この薩摩側の銃撃、西郷が命じたものでは特にない。西郷は。




「―――あれが久坂どんか。あん人が()っなら、(おい)は到底敵いもさんなぁ」




―――お喋りに興じていた。人斬り中村 半次郎、狙撃手川路 利良と共に、何をするでもない、御来光を見物し乍ら散歩をする様に、のんびりと門に向かって歩いている。

久坂は偶然にも、之を見た。


「―――――」


久坂は、西郷や川路などとは面識が無い。併し、中村 半次郎とは、一度だけ、間近に、人斬りの刀を用いての挨拶を交した。

八月十八日の政変―――・・・

「あ」

半次郎が此方を見る。にこにこして手を振ってきた。友達にでもなったかの様に気さくだが、胴や二の腕からは今も血が滴っている。

・・・・・・どく,ん、と胸が高鳴った。

中村 半次郎が、禁門(ここ)に居る。

天龍寺隊はまだ蛤御門で戦っているものだと思っていた。・・・心の何処かで期待していた。其が自身の望みに過ぎなかった事を、この男が下立売御門を出る、その一瞬の光景が久坂に知らしめる。

人斬り半次郎に敵う者は、はや誰も在ない。

―――・・・間に、合わなかったのか

蛤御門の戦いは、終った―――・・・?

其等の感情が刹那に駆け廻った。だが浸っている余裕は無い。川路 利良がカチャリと銃を(もた)げたのが視界に新たに入り、久坂は眼を瞠る。川路とも叉、視線が合った。



パァン!!



「――――――・・・・・・!?」



―――川路は発砲する事無く銃を肩に掛けた。其なのに激痛が久坂の全身を貫く。敵前であるにも拘らずドサリと地面に倒れ、起き上がる事が出来ない。


「・・・っ・・・・・・!」


何処を撃たれたのかなかなか気づけなかった。膝で立てない事に気づいて、再び地面に伏し乍ら久坂は後から脈打つ鈍い痛みに耐えた。

「久坂!?」

「久坂さん!!」

入江と寺島が駆けつける。久坂が倒れた!討ち取れい!敵方も久坂の首を狙ってどっと取り囲む。入江と寺島の部隊が応戦し、敵が接近して来るのを防いだ。

「久坂!大丈夫か!!」

入江が久坂を助け起す。刺激が加わる度に痛みが身体中を駆け廻った。久坂は半分、呻り乍ら

「あ・・・足が・・・・・・」

と、言った。そして、己の足を見る。―――左膝を撃ち貫かれている。川路の方向から撃っても在り得ない銃創のつき方をしていた。

―――川路は、牽制か




「川路どんも、結構えじ(エグい)事をしやる」

「俺じゃなか。西郷(せご)どんの御意向じゃ。(そい)にしても、たましき(聡い)人ほどこん手にはよう引っ掛りもすな」

「色々視えすぎるのも困りもんという事でごわす。久坂どんはよか若者(にせ)じゃ。今でも充分(おじ)い人だどん、将来ががっつい楽しみでもある。あん人が居ったら、薩摩が実権を握る日は永遠に来んごつある」

じゃっどん―――と、西郷は本作中の人物の中でも最も太い眉をぴくりと動かしつつ、続けた。

若者(にせ)若者(にせ)。今の内ならまだ芽も摘める。―――久坂どんは、意思を持つのが早すぎたんじゃ」




―――膝の皿を割られている。元より可能な状態ではないが、膝を無理に曲げようとすれば身体の方が激痛に悲鳴を上げ倒れて仕舞う。其なのに、膝から先は棒の様で一切の感覚がわからなかった。

「く・・・・っ・・・・・・!」

・・・・・・久坂は地面の土を握り締めた。最早、立てぬ。其は、禁門(ここ)で生き延びたとしても、この先二度と之迄の様に歩ける様にはならぬという意味でもある。




「若っか内は先師(おせ)に従っとる位が丁度よか。そげんなら、双璧のもう一方―――・・・高杉どん程度にはこっちも見逃すばってん」




―――仮に、禁門(ここ)で生き逃したとしても、ここ迄劣勢に追い込んでおけば後は所謂(いわゆる)討長戦に転がり込む。そこで三家老の首と共に久坂・真木和泉の身柄も要求する心算(つもり)だ。国司信濃の逃走を黙って見過したのも、その様な意図があっての事である。

逃がす心算は無かった。どうせ久坂はもう自力で動けまい。・・・その為に、川路と連携させ別の狙撃手に撃たせたのだから。



青二才(こにせ)は意思を持つべきでなか。学問は人に妙な意思を与うる。吉田 松陰先師は久坂どんの教育の仕方を間違うたごつ見ゆ」



・・・西郷はそう呟き、忠実な部下二人を引き連れて御所を出て()った。

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